私の母は外国籍で、私が生まれてからすぐに離婚した。日本人の父親は酒、たばこ、ギャンブルに溺れ、母に対して人種差別的な発言を繰り返していたようだった。私が小学生になった時、父親が養育費を払っていないことを知ったので、電話で養育費を払う義務があることを説明したが、話をそらしたり、「うるさいな」の一点張りであった。結局養育費は2ヶ月程しか貰えなかったようだ。経済的に安定しない中、私は父を反面教師に育った。本当にお金がなかった。幼い頃、母に「明日のご飯どうしよう」「お金無いな」と言われていたのを覚えている。電気が止まったこともあった。私は「母が困っているのは稼げない子供である私がいるせいでは?」と冷静に考えていた。当然ながら働ける訳もないので、出来るだけお金がかからないように、また、手のかかる子供になると、周りの大人から母のせいにされ、排除されかねないと思った。当時の自分にできるのは勉強だけだと考え、一生懸命勉強した。クラスの問題児の世話役もやった。委員長もやった。生徒会もやった。部活動にも励み結果を出した。目指していた高校に入学できた。進学校で自由な校風、風変わりな人が多いと聞き楽しみにしていたが、そんなことはなくがっかりした。高校に通うのは苦痛だった。先生は型にはめられるような発言が多く窮屈な生活だった。それまで母のために努力してきたつもりだったが、何も楽しめなくなった。偏差値しか判断基準が分からず、大学選びに困った。高校の先生からみたら大学受験に失敗した生徒に映っただろう。まさに入学当初は失敗した、こんな大学、などと考えていた。しかし、大学が私の人生を変えた。友達は少なかったが信頼の出来る友人ができた。そして、尊敬するゼミの先生に出会えた。型にはめない、肩書きや成績で判断しない、ただ素の私と接しようとしてくれる先生方、環境が心地良かった。授業全部が楽しかった。初めてゼミの先生の授業を受講した時、一番心が躍った。「私の興味のある分野はこれだ。この人みたいになりたい」と強く惹かれた。それからは、空き時間は研究室に遊びに行き、何気ない話から悩み事、自分の過去の話をしたり、先生の経験談を聞かせてもらった。先生は自信を失くした私に色々挑戦させてくれた。暖かく期待してくれた。これまでの人生で一番好きな場所で、そこにいる自分が大好きであった。この時間は私の一番の宝物だ。今でも人生のロールモデルは先生だ。
やっと社会人になり、自分で稼げるようになったため、生活は安定すると思っていた。しかし、派遣のため雇用が安定しない母に何十万とお金を請求されるようになった。住宅ローン、教育ローン、他人から借りたお金、どれも借りるという選択をしたのは母だ。大学も無理しなくて良いと母に言ったが、母は大丈夫だと言ったのだ。また、生活費が足りなかったため、消費者金融でこれ以上借りれない母の代わりにお金を借りたこともあった。母にお金を渡せないときは断った。母は「お前の大学の金だぞ、お前の責任だ」と私を責めるようになった。お金を渡すまでお金を請求されるようになった。埒が明かないと思い、福祉に頼ったが、母に「お前が解決しないと意味がないだろ」と言われた。お金を借りるために、親ぐるみで付き合いのあった友人の母親の連絡先を教えろ!と言われたこともあった。母に対して諦めた瞬間であった。母といることが苦痛になったのが顔に出ていたのか、「なんだその顔は!悪い顔をしている!どうせ男がいるんだろ!」等と言われた。当時、入社したての会社で、「給料泥棒」等言われ、休職し異動させてもらったものの、異動先でも質問しただけで「使えない」と言われ、もうぼろぼろだった。異動を打診した時、人事にも「苦労したことが無いから」と言われた。私のことを一切知らないくせに、この文章も読んでも同じ言葉を吐けるのか聞きたいものだ。家にも会社にも居場所が無かった。唯一の救いは、友人、恋人に恵まれたことである。彼らは親身に寄り添ってくれた。本当に有難かった。希望だった。何も持っていない私を救ったのは、過去の私が築いてきた信頼であった。信じられるのは自分しかいないのだと分かった。現在の母との関係は、福祉の介入によって改善された。しかし、心から信頼することはできない。これから信頼できなくてもいい。ただ、私の母親だという事実があるだけだ。それでいいと思っている。今本当に苦しいのは、再び休職してしまったことだ。お金のためだと耐えていたが、明らかな嫌がらせがあり、耳や体調に影響があるほどになり、ある日起き上がれなくなった。せっかく、せっかく立て直せると思ったのに。もう少し我慢してから転職しようと思っていたのに。転職する気力すら奪われてしまった。頑張って応募した企業にも落ちてしまった。体調はどんどん悪化する。気付いたら涙が止まらなくなる。しかし、生活もお金も待ってくれない。そんな今日、まだ頑張らなければならないのか、これまで頑張ってきたのに、私の25年間は何だったんだという気持ちになった。周りが羨ましかった。私のように家庭環境が悪かった子もいるが、仕事は続いている。仕事が上手くいかなかった子は、家庭環境が良好だ。せめて、せめてせめて、私もどちらかは欲しかった。頑張るから。基盤を2つも奪われてしまったら本当に苦しい、問題がぐるぐるループする。なんで私だけ?どうして一気に苦しいことが起きる?どこから間違えた?大学に行かなければ良かった?頑張らなければ良かった?親ガチャ失敗した?ああ、生まれてきたことが間違いだったんだと、そう感じました。ただでさえ何もないのに、奪われる。何度苦しいことがあっても、きっと今後同じように辛い思いを抱えている人に寄り添える、寄り添える人が増える、と考え耐えて耐えて耐えてきた。まだ耐えないといけないのだろうか?神がいるなら私に何を求めているんだろうか?どん底だと思っても、更に果てしない底がある。私にとっては普通の生活でさえ高望みなのだ。毎日安心してご飯を食べて寝たいだけだ。ただただ泣いていた数日間だった。しかし分かったこともある。立て直そうと考えるから苦しいのだ。明日死ぬかもしれないからどうでもいいや、と考えると楽になった。それならちゃんとした職でなくても、日雇いでもなんでもお金を稼ぐ手段はあるか、どうせならリゾバでもやってみようかな、と思えた。世の中の普通の基準が高いのだ。履歴書に傷がつくのが怖いと思ったが、死ぬよりはまだ良いか、と思った。
転職の相談に乗ってくださっているカウンセラーの方に苦しい気持ちを打ち明けると「絶対輝けるから、もう少しだけ一緒に頑張ろう」と言われた。だからもう少しだけ頑張る。私が今目指している仕事は、不安や苦しい思いを抱えている人に寄り添う仕事だ。寂しくてたまらない日、死にたくてたまらない日は、他の方の経験談を読んで気持ちを紛らわせていた。自分が辛い思いをしたからこそ、辛い人を支えたい。他の人がこんな苦しい思いをする必要はない。
まとまらなくなってしまいましたが、なんとか明日からも生きていきます。辛い苦しいと何度も思ったが、これらの傷が私のアイデンティティや強みになっていると感じているのも事実である。いつか傷が勲章になりますように。遠い未来の私が今のこの苦しみを愛せるようになりますように。今同じように苦しい気持ちを抱えている方が、なんとかやり過ごせますように。頑張らなくていいから、美味しいご飯を食べて穏やかな気持ちで眠れますように。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
生きてきた頑張りは報われる?
感想2
頑張りは無条件で報われてほしいし、だれでも生きているだけでどうにでも生きられてほしい。けれど、世の中にはそうじゃないことがあまりにも多すぎて、立ちすくむような気持ちになります。読んでいると、あなたはきっと学力や物事を整理したり遂行したりする能力が高い人なんだろうなぁと思いました。それらの力を使いながら、さまざまな苦境をぎりぎりのトライアンドエラーの中で潜り抜けてきたのかなと想像しています。逆に言えば、持てる能力を駆使して無理を重ねても、しんどい状況がたくさんあったということだとも感じました。
日本国籍がない状態で日本で生きることは母親さんにとって大変なことだっただろうし、夫も頼れず暴言もある中で、頼れる人もあまりいない状況だったのかなと想像しています。そんな状況を見て育てば、幼いあなたが迷惑をかけてはいけないと自分に言い聞かせることも自然なことなのだろうと思いました。でも母だけではなく、誰から見ても真っ当でなければ排除されてしまうかもしれないという感覚が強くあれば、それはあなたから長期的に安全の土台を奪ってしまったひとつかもしれないと思いました。もちろん、あなたのせいではないし、その心象はさまざまなマイノリティ性など、弱い立場に置かれた人が押し付けられやすいものなのだと思います。ただ、そうやって気を張ってきた中では、本来ならあなたが日々の生活の回復に充てるリソースまでを努力に充てなければいけない時期が長かったのではないかと思ったのでした。
そんな中で、大学での友人や先生、学びへの出会いがあったことは、本当によかったことだと思いました。私自身も自由さを願って開放的な校風の高校に行って(中学までよりはマシだったものの)結局は窮屈な場所だと感じてがっかりし、大学ではじめてハッとするような授業をする先生に出会って自分の人生への大きな影響になった経験があり、自分と重ねながら読んでいました。宝物だけでは生きていけないけれど、宝物があることで、しんどい状況でもすこしだけ苦しさを和らげてくれることがあるように思います。
母との関係では福祉を頼ったとあり、それもまたとても大事なことだと思いました。親が頼れる存在だったら、しんどさを押し付けてこない関係だったらよかったとしても、実際にはそうじゃないことがとても多くあると思います。私自身もあなたと状況は違うけれど、親との関係で絶望した経験はあり、距離を置けるようになって思うのは、問題は親との相性というより、親を頼れないと他に頼れる人がいないことが世の中に多いことだと感じています。それは世の中に家族主義みたいなのが強いからなのかもしれませんが……、制度や団体、医療、友達やパートナー、隣人など、さまざまな人を気軽に頼れるような社会だったらいいのにと思う日々です。
それから、あなたの周りにいるのは仕事か家庭環境のどちらかは順調な人ばかりと書いてあって、個人的に自分の体感と違ってそうなんだ!と驚きました。私自身もどちらも△と×を行き来してきたような人生だし(フルタイムで働くのは諦めているし、履歴書に傷という概念が存在するなら私のはだいぶ傷だらけだと思います)、周りの人たちも両方で苦労してきた人がかなり多いなぁと思います。
でも考えてみれば、そういう状況はものすごく孤立しやすいし、隠さなければと思わせる圧力も大きいので、社会にはたくさん存在しても可視化されずつながれないことも多いのかなと思ったりもしました。
長く続く不況の時代を生きていて、平等はまだ遠く、社会全体で「基盤」は安定せず、もがくように生きている人はたしかにここにいます。それが孤立につながるのではなく、支え合えるような形を、私はずっと探し求めています。あなたは友人と恋人に恵まれたと書いていましたが、その人たちと良好な関わりがあるとしても、あなたのしんどさや基盤の不確かさなどを「わかる」と共有できるような感じでもないのでしょうか。
私たちの経験はみな違うけれど、とくに困窮なども含めたマイノリティ性を持っていると、他者としんどさを「あるある」として分かち合ったり、共通項を前提にして個別の話をできたりする機会が得にくいと思っています。だからこそ、どこか気を張っている時間や、一人で焦ってしまう時間もあるのではないかと、勝手に想像していました。(違っていたらすみません。)
あなたの最後の文章は、祈りのようだと思いました。あなた自身への祈りでもあるし、まだ見ぬ、なにか苦しさを抱えるだれかへの祈りでもあると思います。私もいつも祈るしかなくて、でも祈ることにはなにか意味があるようにも感じて、祈りを言葉にしたいと思っています。それは自分への宣言でしかないかもしれないけれど、自分を超えて他者とつながれる感覚のようにも思っています。あなたの人生に穏やかな時間が増えてゆきますように。頑張らなくてもいい過ごし方が無数に見つかっていきますように。そういうふうに生きていける世の中に変わっていきますように。
感想1
この経験談を読んで、私は、幼い頃から家庭のお金の問題や学校、仕事など、いくつもの困難を抱えながら、その時々で自分にできることを考えて生きてきた方なのだと感じました。その中で、大学の先生や友人、恋人、福祉、カウンセラーなど、さまざまな人との出会いが支えになっていたことも印象に残りました。一つの出来事だけではなく、長い時間の中でいろいろなことが重なっていたのだと感じました。
私が特に心に残ったのは、子どもの頃に「母が困っているのは稼げない子どもである私がいるせいでは?」と考えていたという部分です。私は、子どもが家庭のお金の問題まで自分の責任として考えなくてもいいのではと思いましたが、そう思ってしまうほど子どもの頃のあなたは、追い詰められていたのだろうと思います。子どもには、安心して眠り、ご飯を食べ、遊んだり笑ったり泣いたりしながら、自分らしく成長して欲しいと私は思います。勉強などを頑張ることも大切ですが、それ以上に誰かに大切にされる経験を通じて、自分自身を大切にする土台を培うことも大事なのではないかと感じました。
また、「これまで頑張ってきたのに、まだ頑張らなければならないのか」という言葉も心に残りました。私は、これだけ頑張ってきたからこそ、何度も苦しいことが続いたときに「自分の何がいけなかったのだろう」と考えてしまうのも無理のないことなのではないかと感じました。それでも、大学の先生や友人、恋人など、自分のことを受け止めてくれる人と出会えたことは、大きな支えになったのだと感じました。私は、誰かに自分のことを分かってもらえたり、安心して話せたりする場所があることは、苦しい時に生きていくための支えにの一つになるのだと思いました。
こうした経験を通して、私は「どこから間違えたのだろう」と考えるだけではなく、別の見方もできるのではないかと思いました。家庭の経済状況や職場での環境など、自分一人の努力だけでは変えることが難しいこともあると思います。そのため、苦しい状況になった時に、それをすべて自分の責任として背負わなくてもいいのではないかと私は感じました。誰か一人の責任でけとして捉えるのではなく、その人を取り巻く環境にも目を向けてみることが大切なのだと思います。
そして私は、家庭だけでなく、学校や地域、福祉、職場など、社会のさまざまな場所で人を支えられる環境があればいいなと感じました。「頑張れば報われる」ということだけではなく、頑張れない時にも安心してご飯を食べ、眠り、生活できることも大切だと思います。個人の努力だけに目を向けるのではなく、その人が安心して生きられる環境を社会全体で考えていくことも必要なのではないかと、私は感じました。
また不安や苦しいことがあった時に、ここが気持ちを書ける場所であってほしいと思います。