学校に行けなくなり、それを母に伝えるとどこかへ行くよう言われました。私は甘えている、私より辛い人などこの世にたくさんいるのだとも言われました。私はその自覚があるので何も言い返せませんでした。
母は自分の気持ちを真っ直ぐに伝えてくれます。私が休むことで母の今までやってきた私に関することが全て無駄になるからやめてくれ、と言われました。申し訳ない気持ちでいっぱいです。ここまで養ってもらっているというのに私は母が望む子供像からはるか遠い場所にいます。
学校に行けなくなった理由ははっきりとわからないのですが、進学校へと進学し、毎日頭のいいクラスメイトに囲まれながら、自分の成績の悪さ、未熟さ、情けなさに直面していることが関係しているように思います。私の通う学校は、まず勉強を頑張ろう!というストイックな校風で、それを理解した上で入学したはずなのですが、それを辛くないと思ったことはなくて、ここでも自分の未熟さに打ちのめされています。みんな優しくて最高の環境なのに行けません。だから母の言葉は正しいように感じます。
今日は昼まで家にいることを許可されましたが、それからはどこかに行かなければなりません。私の住んでいるところは学生が1人で行ける所が少なく、どこに行けばいいのかわかりません。あてもありません。私はどうすればよかったのでしょうか。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
どこへ行けばいいのか
感想2
学校に行けなくなったということにあなた自身も打ちのめされている最中に、追い打ちをかけるような母親からの言葉は内心ショックで傷ついたのではないでしょうか。真っすぐな言葉が手裏剣のようにあなたにぶつかり、痛いと立ち尽くしているあなたを想像します。どこかってどこだよと、あなたに重ねてつぶやきたくなりました。あなたはその後、どこで過ごしたのでしょうか。
頭での理解と、体験としてその時に感じる様々な感情はいつでも一致するとは限らないように思います。どんな人でも、良いとか悪いとか、嫌だとか心地良いだとか、曖昧な感情が出てきたり消えたりしながら、色んな自分と出会いなんとなく暮らしている。一筋縄ではいかないのが、人間の本当のような気もします。そんなことを書かれても、親に養われている以上は選択肢が無いというあなたの声も聞こえてきそうな気もしますが。
子どもでも大人でも、本当は自由でどこにいたっていいはずなのに、強制される言葉が子ども時代には溢れています。どこにも行かず、そこにいることもあなたが選べることとも思います。また気持ちを書きに来てください。投稿、ありがとうございました。
感想1
経験談を読ませていただきました。進学校へ進学し、クラスメイトと自分を比べてしまっていること、ストイックな校風が辛くなっている様子が伝わってきました。そして学校に行けなくなった投稿者さんに対しての母の言葉も読んで、その言葉もまた投稿者さんを追い詰めているように私は感じました。文章の中で気になったのは、投稿者さんは誰のことも悪く言っておらず、ご自身のことを責めていることです。人から言われたことをそのまま深く受け止めている様子が伝わってきました。投稿者さんの母は、誰かの辛さと投稿者さんの辛さを比べているように思いましたが、一人一人の辛さは別であって、誰かと比べるものではないと私は思います。
「私は母が望む子供像~」という言葉がありました。養ってもらっているから母の思うような人間にならなければならない、と投稿者さんがなんだか無理をしているように私は感じてしまいました。その後の「母の言葉は正しいように感じます」という一文からも、投稿者さんにとって、母の言葉で自分の本心を押し殺しているように私は感じました。文章全体から、投稿者さんとって「母の言葉」が自分を測る定規のようになっているような気がしています。もしその定規がなかった時にあなたがどう感じるのか、どこに行きたいのか私は聞いてみたいと思いました。