経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

絶望

この間カウンセリングを受けた。

私の中のカウンセリングのゴールは、
性被害、性的虐待のトラウマから解放されて普通の恋愛をしてみたいという事だった。
それを伝えたら、
傷が深過ぎてカウンセリングじゃ治らないって言われた。

ガッカリした。

久々にODしたくなった。

子ども残して死のうかなって思った。

けど、冷静になってGeminiに相談したら励まされた。

クリニックも早めの予約に変更したけど、予約の1週間前になっただけ。

ODしたい。
どうせ主治医に話しても大した事言われないし、1分で診察終わるし。

死にたい。
消えたい。

何でこんな人生なんだろう。

高校生の時、兄と弟に暴行され、裸にされて写真撮られたり、小学生の時から兄、兄の友達、父親、母親、祖父から性的虐待にあった。

ストレスで抜毛症になって頭のてっぺん薄い。

AGAにも通った事ある。
効果なかったけど。

息子からハゲてるって言われた。

リスカもした事ある。

傷が見えないしODならって2年前からODして、去年の11月までしてた。

おかしくなる程飲んで大変な事になってからは量を減らして飲んだりしてた。

クラクラするのが心地よかった。

小学生の時、母親に暴言吐かれて頭がクラクラしてた。

その時のクラクラしてる感覚に似てる。

頭が空っぽになる感覚。

それを今求めてる。

母親には小学生時、あんたは自分の事買い被ってると言われてた。

今、何もしてないのに頭が空っぽになりつつある。

限界なんかな。

感想1

自分はカウンセリングに高校生の頃から通っているのですが、まさに私も「性被害、性的虐待のトラウマから解放されて普通の恋愛をしてみたい」とカウンセラーさんに伝えていたので、読んでいてびっくりしました。つい感想を書きたくなってしまいました。

トラウマから解放されたいって気持ちに関して、本当に分かるなと勝手ながら思いました。また、「普通の恋愛」とは何ぞや…と思いつつも、「普通の恋愛」らしきもの?に憧れる気持ちも勝手に共感していました。「信頼し合える人と付き合って、大事にし合う」というものを私としては「普通の恋愛」らしきもの?として認識しているのですが、あなたはどうなんだろうって思いました。月並みかもしれませんが、そういうことを「普通」という言葉で言い表すものというより、「享受したい人が安心して享受できるもの」であってほしいなって私は思います。
カウンセリングじゃ治らないって言われて大きなショックを受けたが故の、「絶望」という経験談のタイトルなのかなと感じました。カウンセラーの方の言葉を受けて、理想としているものがあるのに、それを実現するための道のりは果てしないかもしれないという苦しさや、「じゃあどうしたらいいの」という困惑するような気持ちをあなたは感じたのかなと、私は経験談を読んでいて思いました。
カウンセラーとか話をできる相手はいつつも、実際に思い出してしまう記憶や精神的なしんどさと付き合って生きているのはあなた自身だからこその苦しさもあるのかなと感じるところでした。

クリニックの予約をも早めにするなど、あなたから冷静さや行動力を感じる一方で、生きるので精一杯なあなたの様子も感じ取りました。クラクラして頭が空っぽになるというのは、ストレスから逃れるためのあなたなりの(無意識に身に着けざるを得なかった?)処世術なのかなと思いました。いろんな人から嫌なことをされた記憶があなたの中にあって、そこから逃れるために昔のあなたが見つけた方法だと思うと、「そもそもその過程の中であなたを助ける人はいなかったのだろうか」という不甲斐ないような気持ちにもなりました。

感想2

経験談から、あなた自身が心理的虐待にはじまり、心理的虐待、性的虐待など、様々な加害行為を受けてきたことが伝わってきました。そして、心に負った傷の痛みをまぎらわすために、リスカしたり、ODしたり、抜毛したりして、その場を生き抜いて来たのかなと思いました。(本当に具体的に語られた被害から情景を想像して私自身も胸が痛くなりました…。)そんな中で、今回のカウンセリングは、その場しのぎの方法ではなく、あなたなりに自分の人生を取り戻すためにトライし、勇気を期待を持って望んだことだったのではないかと思いました。だからこそ、そうやって勇気や期待を持ってトライしてみたにも関わらず、「治らない」と言われたことが、あなたを一層絶望させてしまったのかなと思いました。そして、私自身がそんな風に言われたら、「治らない=今の現状とどうやっても変わらない」と思ってしまう、突き放された感覚に陥ってしまうかもしれないと思いました。

しかしながら、個人的には、カウンセラーさんの「傷が深すぎてカウンセリングじゃ治らない」という言葉には、「あなたの過去を聞いて、それは確かに、大きな傷つきだったと思う」という労い的な意味と「それだけの大きな傷つきだとしたら、カウンセリングだけでなく、他のケアも必要かもしれない…」という意味が含まれているのか…?と思う自分もいました。そして、最近自分自身も自分のトラウマについて考えたり、勉強していることもあって、「そもそもトラウマは治るものなのか…」と思ったのと、「トラウマはなくなるというよりかはケアの中で向き合って付き合い方を知る上で、和らいでいくに近いのか」と考えてみました。

とはいえ、、
そもそもカウンセラーの言い方や表情によって含まれる意味合いも変わりますし、トラウマによって、かなり日常の負荷が重いとすれば、「気長に向き合う気力なんてないよ~!即効性が高い何かはないのか~!どうして被害を受けて既に傷ついているのに、被害者だけにこんなに負荷がかかってしまうのか!」と思わずにいられませんでした。そして、これまで、病院に通って、AGA治療も受けて、あなたがトライしてきたことがことごとく、自分の思うような結果にならなかったからこそ、今回の一件を経て、あなた自身も「絶望」という表現をされたのかなと思いました。

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