経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

生きているだけ辛い

何をするのが辛いとかではなく、生きているだけでずっとうっすら辛い。持病か体質か肌が痒くなりがちなのも一因だろうか。今は痒くなくてもまた痒くなったらどうしようと思う。それを置いても何かするのはだいたいもっと辛い。少し楽しめたり気が紛れたりすることもある。でもずっとは続かない。そのうちどうでもよくなるか飽きるかかえって嫌になる。

昔はもう少しは色んな願望とかがあった。最近は興味が無くなった。やりたいこともない。

生きてる意味は無くていいとかそういう問題じゃない、私にとって生きている意味がないのが問題なのである。うまいこと死ぬ方法さえよく分からない。検索したってひとりで悩まないで相談して🥹とか出てくるばかりだ。それで仕事した気になっているのだろうか。うるさい。相談して解決するものとは思えない。解決したいとも思わない。
明日目が覚めないならそれが1番いい。

推しでもなんでもいい生きる活力か、生きてて辛くなくなるか、なにかに夢中になるか、苦痛なく後腐れなく死ぬか、どれかがほしい。

感想1

読んでいて、生きていることそのものにずっと薄く痛みがついているような感覚なのかなと想像しました。何か大きな出来事があって苦しいというわけでもなく、何かをしている時だけが辛いわけでもなく、ただ毎日を生きていること自体が少しずつしんどい。それがずっと続いているのだとしたら、何か一つの原因を取り除けば楽になるというものでもなくて、とても途方もない苦しさなのだろうなと思いました。
社会では「死にたい」と言葉にすると、「生きて」と極端な言葉が返ってきたり、「死にたい」ということがタブーな言葉であるような風潮があるように思います。あなたもそう言った社会の反応に疲れてしまったのではないかなと思いを馳せました。相談するでもなく、解決もしないけれど、「今はただ生きていることがしんどい」と言える場所があなたにあって欲しいと思いました。
「明日目が覚めないならそれが一番いい」と思うほど疲れている今のあなたに「生きて」と簡単には言えない私がいます。でも、ここに書いてくれた文章を読んで、少なくとも今のあなたの苦しさ、思いは届きました。投稿ありがとうございます。

感想2

「生きてるだけ」って言っても本当はその中にはけっこう「だけ」といえないくらいたくさんが入ってる気がします。ご飯を食べたり、睡眠をとったりがあって、もっといったら体は痛みや痒みもだしさまざまなものを感じて、いろいろなことを考えて、外部の刺激をたくさん受け取って。とくになにかしんどさがあるときには、一つ一つが重労働だったりするのに、そのつらさは人にも自分にもあまりわかりにくいものなのかなとも思います。この文章を読んでいて、体力か気力かわからないですが、疲弊しているような感じもあるのかなと思いました。
生きる意味は、生きるのがつらいからこそ求めてしまうなぁと私は思います。しんどいときには目標みたいななにかがほしいし、つらさ自体に意味を与えてほしくなる。「私にとって生きている意味がないのが問題」というのはそれと近い感覚なのかなと思いました。推しはたしかにその意味で、ひとときつらさを忘れて意味を与えてくれるものなのかなと思いますが、それも「好きになろう」と思ってなるものじゃないのかなと思うし……。
私も生きる意味はよくわからず希死念慮の中で生きてきていて、過食したりして一時つらさを忘れてもあとで後悔しがちなので、後悔しない感じの夢中になれることは常に求め続けている気がします。そう考えると私も「少し楽しめたり気が紛れたり」の時間を探しつつ、その合間のしんどさの波をすこし落ち着けるために、生活を試行錯誤しているところのような気がしました。
私は自律神経がバグりっぱなしな感じなのですが、もしかしたらあなたもそのタイプだったりするのかな?とも想像しています。緊張ぎみだと頭が落ち着かないので、あなたの身体がゆるむような時間があったらいいなと思いました。

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