経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

呼吸ができない

呼吸ができない。息苦しい。体が震えて力が入らない。
不安な感情に支配されると、私の体は昔から呼吸ができなくなる。

今日は将来のことをふと考えていたら不安が襲ってきた。
私は30代後半にして、今は非正規でパートを掛け持ちしている一人暮らしの独身。
そして、うつ病を患っている。

20代後半にうつ病を発症。仕事はどうしても辞めたくはなかったが、
病状がどんどんと悪化し仕方なく仕事を辞めることになってしまった。

そこから1年は働くことができず、一人で治療に専念していた。
苦手な親には頼ることはできず、一人で無理やり過ごしていたせいか
なかなか思うように回復しなかった。

貯金も底をつき、ようやく働く決心を決めて、正社員を目指して就活を始めてみた。
そのためにまず、自分のことを棚卸ししてみたら…

30代独身女性。専門卒。職歴も汚れていて、直近1年は空白。

そんな人間を採用してくれる会社は存在しなかった。
そりゃそうだ。自分が採用側だったとしても、そんな人間を採用しないだろう。

その事実を理解した時、どんどん自分が嫌いになってしまった。

とにかくお金がなく、生活するために働かなければならなかった。
だから、カフェでバイトを始めた。
このバイトも、本当はバリスタをやりたかったのだが、
未経験ゆえどこも受からず、諦めてカフェのキッチンの職に着いた。
店長からの「いずれバリスタの仕事もしてもらう」と言う言葉を信じて。

バイトしてしばらくして、何かおかしいことに気づいた。
私より後から入った人たちは、未経験でもバリスタの仕事を教えてもらっていることを。
私はずっとキッチンもやりながらバリスタもやりたいと常々店長に言っていた。
にも関わらず、その声は無視され続けた。

ああ、まただ。また私の声が届かなかった。そう思った。
私は昔から割と意見を言うタイプではあった。でも相手には絶対に届かない。
それがコンプレックスでネットで調べていろんな届け方を試してみたが届かない。
なんでだろう。ずっとそう思っていたが、最近私は自分に圧倒的に足りないことがあることに気づいた。

私には愛嬌が無い。全く。

愛想笑いもできない。
自分の意見を伝える時、相手の懐に入って愛想をつきながら意見を言うことができない。
どストレートに真面目にただ自分の希望を伝えることしかできない。
誰にも私の声は届かなくて、そして私はうつになった。

・・・

この文章を書いていた今気づいた。
人って自分にとってメリットがない限り、他人の希望を聞き入れることはあまりないのではってこと。

私は幼少期から親の機嫌を伺って生きてきたから、親に言われたことを嫌でも我慢して聞いてきた。
なぜならそうしないと殴られる、怒鳴られるからだ。

でも普通の人は違う。自分がやりたくないことは基本的にはやらないし、
やったとしても、ちゃんと納得した上でやったり、相手への信頼があって受け入れてから希望を聞いている。

私にはその経験がないから、親と同じように自分勝手に自分の希望を言っていただけだったようだ。
そりゃあ、私の希望なんて、聞きたくないし無視するよね。

しかも私は常に相手の機嫌を伺って、無駄に相手を助けたり手伝ったりするせいか
こんなに優しい私の話は聞いてくれるのではと、勝手に期待してしまう。

だから、今で誰も私の希望なんて聞いてくれなかったんだ。
今までその理由が分からなかったのに、今この文章を書いてわかってしまった。
40年近く生きてきてこんな単純なことさえわからなかったのか。

でもわからずにこのまま生きるより、
今わかったということ自体はいいことな気がする。
今後の生活に活かせるかどうかはわからないけど、
わからないまま暗闇の中を歩くよりは、マシなのかもしれない。

毎日でなくてもいい。
時々は相手に伝わるように、意見を言って生きていきたい。

この文章を書いてたら呼吸が少しずつできるようになった。
体のこわばりもちょっとだけ和らいだ。
この調子だ。

感想1

経験談を読んで、これまで一人で多くのことを抱えながら、それでも自分自身と向き合って生きてきたことが伝わってきました。文章の最初にある「呼吸ができない」という言葉からも、不安や苦しさが身体にまで表れるほど、さまざまな思いを抱えて生きて来きているのだと思いました。
読んでいて、特に心に残ったのは、「ああ、まただ。また私の声が届かなかった。」という部分です。自分の希望を伝えているのに、それが受け止めてもらえないことが何度も続くと、「どうして自分の声は届かないのだろう」と苦しくなってしまうのではないのかと考えてしまいました。カフェで働きながら、「バリスタの仕事をしたい」という希望を何度も伝えていたにもかかわらず、後から入った人にはその仕事を教えていたという出来事には、私自身も不公平さを感じ、「何とも言えない」不完全燃焼感が残りました。
また、幼少期から親の機嫌を伺い、怒鳴られたり殴られたりしないように、自分の気持ちを抑えて過ごしてきたことにも胸が痛みました。本来なら安心できるはずの家庭で、自分を守るために相手の機嫌を気にし続けなければならなかったことは、とても苦しい経験だったのだと思います。そうした経験があるからこそ、大人になってからも「相手の希望を聞くこと」と「自分の希望を聞いてもらうこと」の関係を、同じように考えてしまっていたのかもしれないと私は感じました。
それでも、この文章を書きながら「今わかった」と気づけたことは、とても大きなことだと思います。今まで分からなかったことが分かったからといって、すぐに生き方を変える必要はないのではと感じました。これから少しずつ、自分の気持ちや希望も大切にしながら、人との関わり方を探していけたらいいのだと思いました。
最後に、「文章を書いているうちに少しずつ呼吸ができるようになり、体のこわばりも和らいだ」という部分が印象に残りました。苦しさを言葉にすることで、ほんの少しでも自分自身を楽にできたのなら、それは大切な一歩なのではと感じました。これからも無理をせず、ご自身の声を大切にしながら歩んでいけることを遠くからを願っています。
長くなりましたが、読んでくださりありがとうございます。また、苦しい時は経験談を書きにきてください。

感想2

日々、こうやって不安に襲われることも多いのでしょうか。私はあなたの経験談を読んで、「また」と表現されることも多かったことから、これまで、自分の声が届かないことが多く、その都度、こうやって落ち込むこと、不安になることが多かったのではないかと思いました。そして、書き始めから書き終わりまでの流れを見て、自分で気持ちや事柄を整理しながら歩んでいる様子(自分で自分をケアしているような様子)がとても印象的で、それほど人に頼りづらい、転んでも一人で立ち上がるしかない環境なのだろうと感じました。

そんな中で、私はあなたの経験談から、自分が思い描く未来を自分でつかんでいくために、人に伝えるということに果敢に挑んできたように思えたので、まずそこを労りたい気持ちになりました。そして、幼少期に親の機嫌を伺って生きて、親に言われたことも我慢して聞いてきたからこそ、あなた自身が諦めなければならないことも多かったでしょうし、これまであなた自身が心の底から望んで選択できたことはどれほどのものなんだろうかと気になりました。他にも、あなた自身は親さんの伝え方(人のコントロールの仕方)を見て学ぶしかなかっただろうし、それが長年の経験から沁みついたものだとしたら、人に伝わりやすい伝え方を会得することにはとても難しさがあるのかもしれないと思いました。

私自身は「自分の声が届かない、それは子どもの頃の両親からの対応が相まって人に伝わる伝え方ができていなかったからだ」というようにあなたの言葉を解釈したのですが、私にはちょっと異なった見え方の部分がありました。それは、「愛嬌がない」という部分と、「あなた自身の伝え方が問題なのか」という部分でした。

そもそも愛嬌ってなんだろうと思って調べてみると、私が調べた辞典には「人間の魅力的な性質や振舞を指す言葉」「他人に好意を持たれやすい、親しみやすい態度や表情、行動などを指すことが多い」と書かれてありました。あなた自身は愛想笑いもできないと話があったので、それは本当のことだろうと思うのですが、「常に相手の機嫌を伺って、無駄に相手を助けたり手伝ったりする」という話から、私だったらそんな人がいたら助かるな、ありがたい存在だな、そんな人の要望は私はききたくなるけどな…と思いました。
だからこそ、あなた自身の伝え方に原因があるというよりかは、もしかしたら周りにいる人がたまたま気まぐれな人だった、人の優しさに漬け込むような人だった可能性もあるのかなと思ったので、ちょっと違う見え方になったのかもしれません。

ただ、あなた自身が感じていることがリアルだとは思うので、もしかしたら、あなたが今回発見した気づきによって、人への伝わり方が変化するかもしれませんし、今後また一人で抱えることがしんどくなってきた時にはここを活用してもらいたい…そんな風に私は思いました。声を届けにきてくれて、ありがとうございました。

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