経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

レールなんてなかった

私は学生時代いじめられていました。小学校では足を踏まれたり、列を作って歩く時には踵の上あたり?足首の後ろというんでしょうか、靴擦れができるところです。そこを踏まれたり、「腕を振るな」と親指の付け根の水かき部分を爪でつねられたりしました。
でもそれはまだマシでした。中学ではイニシャルと出席番号でおかしなあだ名を勝手につけられ、授業中、休み時間問わずずっとあだ名をネタにからかわれ続けました。わざとらしいあくびや咳払いに紛れさせるように「ンンッ○○」みたいに言われることもあり、その学年の終わりの学年文集に「私を○○と呼ばないでください」と書いたほどです。
高校は流石にみんな成熟しているので何もなかったですが、小中と不登校で社会性のない私が馴染めるはずもなく、孤立して孤独な3年間でした。
一番つらかったのは専門学校で、女性のみの学科だったこともあり、女性同士ならではのドロドロがありました。二年制で、一年の時は何もなかったんですが、二年になってから彼女達は牙を剥きました。
まず席替えは必ず教卓の前にされるし、後ろの席の人が机を前に寄せすぎてその人の後ろに不自然な空間ができるほどでした。そのせいで授業ごとの挨拶に立ち上がるのもやっと(椅子がぶつかるので)というありさまでした。
また、検定試験の面接時にヒールのあるパンプスが必要だったのですが、私は踵の高いものを履き慣れていなかったので低いものしか持っておらずクラスメイトが貸してくれた……のはいいのですが、そのクラスメイトは常に数人で「つるんでいる」人で、不登校ゆえに社交性のない私は「今話しかけていいのかな」「迷惑に思われないかな」と考え込んでしまい、靴を借りたお礼を言えないまま過ごしていました。すると昼休み、その人は友人と共に私を取り囲んで靴を借りたお礼を言わなかったことを延々と詰ってきました。恐怖の中どうにか謝罪しましたが涙が出るのに耐えきれずトイレに逃げる間際、わざと聞こえるように「私何か悪いことしたかなー?」「してないしてない(笑)」という声が聞こえたのは今でもはっきり覚えています。
そして卒業制作の時。私はその時期ひどい風邪をひいてしまい、あまり制作に携われず班の人たちに迷惑をかけてしまいました。発表後、感想文のようなものを提出する必要があったので、母に夜遅くまで付き合ってもらって二人してうんうん悩みながら迷惑をかけて申し訳なかったという旨を盛り込んだ文を作りました。ですがそれは「あのさ言っていい?私これ嫌だから」の一言で一蹴されました。
そんないじめを受けてきた結果出来上がったのは、基礎学力も社会性も社交性もない人間モドキ。専門学校から紹介された会社は正社員で通えていたのに学生気分が抜けず好き放題して新卒と正社員という貴重な2枚のカードをあっという間にゴミにして、面接でもうまく話せずなかなか次が決まらず、決まってもすぐクビになってあちこちを転々として、今はパートで働いていますが社内ニートなのでいつまで置いてもらえるか……という状況です。
昨今SNSが発達していじめが明るみに出やすい時代ですが、あの頃にも今のようなSNSがあれば……と思わずにはいられません。
ただ漫然と大人になってしまったものの、人生のレールなんてとっくになかった。そのことに気付くのが遅すぎました。社会が求める「社会人」という人間のハードルは上がる一方。普通に働けない人達は透明化されるか「甘えだ」と叩かれる。毎日毎日生きづらいばかりです。あの頃遺書でも残して飛び降りていたら……とか、そんな想像ばかりしてしまいます。
また、直近では一昨年冬から昨年春にかけての前に住んでいた家の大家さんとのやりとりが堪えました。そもそも家賃を滞納したこちらが悪いという話ではあるのですが、「そもそも」の話をすると父が亡くなった時に母が家賃交渉に行ったのに向こうが突っぱねたのも悪かったと思います。その時私は中学生でしたし、素人に「法律のプロに頼む」という選択肢はありませんでした。あの時一万でも下げてくれていたら違ったかもしれないのに、早く出て行け未納家賃を一括で払えと繰り返しせっついてきていました。家なんて簡単に見つかるものでもないし、審査もあるし、約30年住んだ家の中を空にして出ろという無理難題まで押し付けられて、家探しと片付けと引っ越し作業を並行することになり、仕事も半月以上休むはめになりました。
約30年ですからゴミもそれなりに出ます。収集日だって決まっています。軽自動車に乗せられる量も限界があり、ゴミステーションと何度も往復をしました。それでもまだ片付かなかったので、少しずつ片付けますという約束と共に母が鍵を一個返しに行きました。
その日は妹の手術があり、電車の時間もあるので出かけなければならなかったのですが、ギリギリまで作業をしていました。ですが鍵を返しに行った母がなかなか戻って来ないので心配で様子を見に行くと、未納家賃のことで大家さんに詰められていました。溜まってる分は一括で払え、親戚に借りてでも返せの繰り返しで、私が「すみません妹の手術があって出ないといけないので」と言っても「あらそう」みたいな態度で「未納家賃どうするんですか?」と……その時は絶望感というか、得体の知れない生物と話している心地になったというか……「え……?」と思考が止まりました。手術があるって言ってるのにこの人なに言ってるの……?と。100万もの大金、すぐ用意できるならしてますし、そもそもそんなお金があったら滞納なんてしてないです。今は破産申請をしているので弁護士さんが間に入ってくれてはいますが、この大家さんとはこの先どうなるかとても不安です。
また、中学時代に父を亡くし、女手一つで育ててくれた母も認知症になり、歳とともに色々衰え、昔はヨイショと持ち上げられていたもの(水のペットボトルが入った段ボールなど)も持ち上げられず、インスタントなどの個包装すら開けられないというありさまで、日に日に罪悪感が募るものの、やはり認知症なので同じことを繰り返したり「やったよ」と言っても「やってないよ」と返してきたりするんですよね。私も余裕がないのでそれにイライラして叩いてしまって、あとで罪悪感に苛まれる……という悪循環です。ケアマネさんや社協とも連携していますが、優しい声音と言葉で突きつけられる現実の数々。話すたび心が重くなり、近隣の騒音に悩まされる毎日なので、「やっぱり前の家を追い出された時に一家心中しておけば良かった(老朽化で取り壊すつもりだったようなので。前の家があったところは更地になっています)」と思うばかりです。
ケアマネさんからは障害年金の話も出ていますがきっととんとん拍子にはいかないでしょうし、色々締め付けが厳しくなっている現在、認可されたとして2級は厳しいと思います。ドライブが好きだったのですが車検代が工面できず車も手放し、料理を作って家族に「美味しい」と言ってもらうのが好きだったのに気力がなくなってそれもできず、趣味(推し活)も母の状態によってはおそらくできなくなるでしょう。趣味も持てず死んだように生きるぐらいなら死にたいと、毎日思いながらただ息をしています。推し活のほうで楽しみなことはあるにはあるのですが、それより現実があまりにも終わりすぎていて希望がもてません。返せていない借金も多いので、クレジットもおそらく更新はないでしょう。暴走車や通り魔、闇バイトのニュースを見聞きするたび「代わってあげたい」と強く思います。なぜ生きたい人が死んで生きづらい人が死ねないのか……安楽死制度が早く制定されることを願ってやみません。

感想1

現在に至るまでのたくさんの出来ごとと、そのときどきのやりきれないような気持ち、今の苦しい状況が伝わってくる感じがしました。
痛い思いをしたこと、不本意なあだ名をつけられたこと、孤立したこと、集団のドロドロを被ったこと、仕事を転々としたこと、そして最近の、大家さんやお母さんとのやり取り……。
その都度、行き場のない拳を握りしめているような、投稿者さんの姿が浮かびました。

お母さんとのやり取りの様子など、最近の出来ごとも書いてくれましたが、変化を迫られるようなことも多いように受け取っていたので、これが届く頃にはどのような時間を過ごしているのだろうか?と思いながら読みました。

ひとつ、「昨今SNSが発達していじめが明るみに出やすい時代ですが、あの頃にも今のようなSNSがあれば……と思わずにはいられません。」と書かれているのが目にとまって、不思議な気持ちになりました。
私もいじめられた経験があるのですが、振り返って考えたときに、私自身は、「もし私の学生時代にSNSがあったら、インターネットも巻き込んだ、もっとひどいいじめにあっていたかもしれない」という想像をしていたのだと気づきました。

投稿者さんは、いじめが明るみに出た先に、どんな未来を想像していたのでしょうか。
私が想定していなかった未来を想像していたのであろうあなたの話を、もっと聞いてみたいと思いました。

そして、もしかしたら、ここに至るまで、ひとつひとつの出来事について、あなた自身が考えて、意味づけして、進んできたのかなと感じました。(勘違いだったらすみません。)
適切なときに適切な助けがあったら、あなたにとって「一緒に考えてくれた」と思えるようななにかがあったら、また違ったのだろうかと想像しました。

私自身コミュニケーションが苦手で、伝えたいようには受け取ってもらいにくい私たちの声を、相手や社会に適切に届けていくにはどうしたらいいのだろうと、日々頭を悩ませています。
「受け取ってもらえた」「届いた」となるには、届けたいその相手に対して、届きやすい言葉を想像し、選んで使うことが必要そうだ、とは思うのですが……。

それから、「趣味も持てず死んだように生きるぐらいなら死にたい」という言葉に、そうですよね、と思った私がいました。
ドライブや料理など、楽しめていた過去についても書いていたので、そのときと比べて、それまで動いていた「好き」という気持ちが動かなくなった現在は、味気ないものに感じるだろうなと想像しました。
投稿者さんの日々に、ごはんがおいしいと感じられるような時間が、少しでもあったらいいなと願います。

感想2

あなたの経験談を受け取りました。小中学生のころのいじめの経験は、人と関わることへのハードルを高くしたことだろうと思います。私自身も30代でかつて不登校経験があり、不登校でも、学校以外に安心して過ごしてさまざまな経験を安心してできるような仕組みが複数あればいいのに…と思うのですが、現実的には学校に行かないなら家にいる以外の方法はあまり多くなく、当時はとくに今よりも選択肢が限られたことを思います。高校のところでは「孤立して孤独な3年間」とあったので、あなた自身はできるならだれかと仲良くしたり、おしゃべりをしたり、関わりたい気持ちがあったのでしょうか。それとも、自分としてはそうでなくても寂しくはないけれど、周りが集団前提な感じの中で、疎外感を感じていたということなのでしょうか。

パンプスの件では、あなた自身が貸してくれた人にお礼を言いたいと思っていたものの、言えないまま、相手から見たらお礼を言われていないという現実が残ってしまったこと。とても残念だったと思うし、そのことを数人から責められたらパニックになってしまって余計になにも言えなくなってしまったのではないかと想像しました。
私も学生時代に挨拶をしなければと思う場面で緊張して声がでなくて不審がられたりしたこともあり、確かに相手からみたら「挨拶をしないでかたまっていた」にすぎなくても、こちらからするといっぱいいっぱいだった、ということはあるなと思っています。もしかしたら、あなたはもともと緊張しやすかったり、ぱっと対応するよりも慎重に考えやすいタイプだったりというのともあったのかなと想像しています。その上さらにうまくいかなかった経験が積み重なってしまうと、身動きが取れないような感覚にもなるのではないかと思いました。
その後の仕事の中で「学生気分が抜けず好き放題して」といった記述から、あなたがそのときは問題ないと思ってやっていたことが、あとで社会人としては問題になってしまうことがわかって、振り返って後悔するような感覚もあるのかなと想像しました。私は元々マイノリティの性質が強いタイプで、大人になって職場でうまくいかなすぎてうつになった末、発達障害の診断も受けています。診断を受けてからは、自分の性質がどのようなもので、周りはどうなのかどう違うのかということを考えるようになりました。周りの当たり前と自分の当たり前が自然に重なるわけではない中で、自分のペースで動いたらだれかを困らせてしまったり、怒られて傷ついたりすることばかりで、考えることも対応することも簡単ではないなと思っています。

生まれてから死ぬまで、ある種いやおうなしに社会には組み込まれているのですから、赤ちゃんでも働いていなくても、社会人ではないかと私は思うのですが、世の中では「社会人」に求められるものはたくさんあるような気がします。私はいまもまだ、自分の得意不得意や、自分がやりやすい生活や、どうしたら日々を過ごしていけるのかを試行錯誤している途中のように思います。私も多人数は苦手なのですが、比較的少人数の当事者研究とか、カウンセリングとかの中でだと話せるということもありました。(相手や状況にもよりますが……)通院して主治医に困っていることのメモを見せて、フィードバックをもらったりというこど続けているうちに、自分がなにに困っていたのか、自分でも解像度がすこし上がった部分もあります。

家賃滞納については、事情を詳しく知らない外野の立場でしかありませんが、もしかしたら、家賃滞納で大家さんの方も予定と違ってしまって困っていた部分もあったかもしれないと思うのと、おそらく一度めの家賃滞納で突然退去を迫られたわけではなく、段階があったのかなと想像とも想像しました。そうだとすると、たんに大家さんを責めたらいい問題でもないだろうなと個人的には思いました。ただ、あなたの視点から見たら、いろいろなことが積み重なってどうしたらいいのかわからない状況で、大家さんと冷静に交渉して対処するとか、お金をどのように工面するかとか、一つ一つのことのハードルが高かっただろうと思い、あなた一人だけでどうにかするのは本当にむずかしい局面だっただろうと思いました。弁護士さんと破産申請をしているということで、金銭面で一人きりで対処しなくてよい状況になったのは本当によかったと思いました。一方で、それだけですべての問題が解決するわけではないから、あなたの中にもたくさんの不安があるのだろうと思います。いま世の中の不況や物価上昇も相まって、私自身もこれからどうしていけばいいのだろうと思うことも多く、町中でもどこでも、そういう話がたくさんある気がします。

文章の後半に推し活や料理、ドライブなどの趣味があなたにあったことを読んで、あなたは自分軸で生きることができる人なんだろうなと思います。でも、それらも気力が減ってしまうと取り組めなくなるのも頷けるし、お金がないときには趣味も簡単じゃないと自分の経験からも感じます。またお母さんがの認知症などもあるなかでは、なおのこと心配は多い日々なのだろうと思いました。私自身も今の世の中で、普通に働けない障害者として不安を感じつつ生きています。それでも不安や心配からひととき気持ちを逸らしてくれるようなものが、あなたの生活も、私の生活にもあるといいなと思います。

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