経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

何もできない自分

まず初めに今から書く文は所々おかしい箇所があると思いますがそこは許してください。
私、何もできないんです。一人で行動する事も、勉強も運動も何一つまともにこなす事ができないんです。少し遠くに行く用事があると一人で行く事ができず何かと理由をつけて誰かと一緒に行くようにしてしまいます。一人で行こうと、電車に乗るんですが心臓がバクバクして喉がつっかえる感じがしてしまい怖いです。勉強も小学生レベルの暗算、漢字の読み書きも苦手なんです。友達にちょっとした問題を出される時もなるべく避けて違う話題に変えるようにしています。ただ、どうしても避けられないと友達に”え、こんな事も出来ないの?(笑)”みたいに言われます。もちろん本気で言ってるよりか、少し冗談交じりに言ってると思うし、友達が悪い訳じゃないです。むしろ、小学生レベルの問題が解けない私がおかしいと理解してます。
バイトも半年以上続いた試しがなく、辞めては次のバイトを探すふりをして結局数ヶ月空いてしまう……。応募するのも怖いんです。私よりもっと辛い人は居るのはわかっています。私は親から虐待を受けもないし、友達も少なからずいるし、そこまでお金にも困ってる訳でもないです。こんなしょうもない事を言ってる自分がばかばかしく思えます。
色んな人の経験談を読んで…………私の経験は石ころのように小さいんだなと改めて思いました。私の経験談ただのゴミじゃん。こんなゴミ経験談を書いてごめんなさい

感想1

あなたが今どのようなことに困っていて、どんな気持ちでいるのかが伝わってくるような文章だと私は思いました。「普段の生活の中で、他にも『しんどいな』『疲れちゃうな』と感じる場面もあったりするのだろうか…」と、私なりに色々と想像しながら、読んでいました。

一人で行動するのが苦手…と思うときがあるのですね。誰かと一緒に行動しているときは、心が少しホッと落ち着いたりもするのでしょうか。
私は、得意なことや苦手なこと、何が嫌で何が嬉しいかなどは、人それぞれ違うものだと思っています。だからこそ、話題を変えようとしてもどうしても避けられなかった時は、心の中が一気にモヤモヤとした気持ちになっていったんじゃないか…と想像していました。
そして、その「苦手かもな」と思う気持ちは、私は自然な気持ちだとも感じていました。

「アルバイトはどんなところでしんどく感じたのかな…?」とか、「あなたの苦手だと思うことは、他に誰か知っていたりするのかな」など、勝手ながら聞いてみたい気持ちにもなったり、一緒に考えてみたい気持ちにもなっています。
あなたの苦手だなと思う気持ちも、日常生活でモヤッとしたことでも、よければまた書きに来てくれたらと思います。投稿ありがとうございました。

感想2

読んでいて、あなたの中には周りからは見えづらいつらさや不安や苦手さがあって、その中で自分でも自分がわからなくなってしまうような否定感がぐるぐるしている感じを想像しました。私も一時期電車に本当に乗れなくて、乗っただけで冷や汗を書いて怖い感じになるので、なるべく電車に乗らないようにしてすごし、必要な時はだれかと一緒に行ったり車で送ってもらったりということをしていました。「何かと理由をつけて誰かと一緒に行くように」することはあなたなりの対処方法で、大事なスキルのようにも感じました。物事をできるかどうかで判断する必要もないとはおもいつつ、これだけ読んでも「何もできない」とは全然違うなと個人的には思いました。
暗算や漢字の読み書きが苦手とあり、もしかしたら小さい時から学校でも困ることがあったのかな……と想像しています。友達に笑われてしまったら追い詰められた気持ちになりそうです。あなたの友達に悪気がないとしても、あなたが傷ついていることは否定する必要ないと思いました。
私は発達障害があることもあり、周りの子たちが当たり前にできることが全然できないってことがたくさんあって、自分は本当に本当にダメなんだと思っていました。高校のときはバイトでもものすごい失敗をしまくって、怒られまくって逃げるようにやめたりしていました。今では笑い話になっていますが、そう思えるまでは時間がかかったなぁと思います。ので、あなたの経験談にすごく共感する気持ちになっています。
そもそも「できる」「できない」はみんな違っていいはずなのに、自分でもよくわからないまま「できない」と決めつけられてしまうことも多い気がします。そういう中で、周りと違うと、自己否定感が降り積もってしまう状況があるように思いました。
あなたの経験が「石ころのように小さい」というなら、人間は全員、いろんな石ころなんだと思います。いろんな形や色の、いろんな材質の、いろんな場所に置かれた石ころは、それだけでいいはずなのに「大きい」「小さい」「重い」「軽い」「つやつや」「さらさら」とか、その時々の基準で勝手に決めつけられてしまう。そんな評価じゃなくて、そこに思うままに転がっていられたらいいのにな……と思いました。
あなたの率直な感覚を言葉にして投稿してくれてありがとうございました。

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