経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

40代独身女性 株で大損して貯金もない ギャンブル中毒

親が貯めてくれたなけなしの650万のうち、400万を溶かし、さらに現物に100万を含み損で抱えています。
株を始めたのは去年の12月で、40万の損をしたときに母に謝ったら「もっと株の勉強しなよ」と言われて激怒してしまい、そのまま母と縁を切り、貯金を全部突っ込んで信用取引に手を出してしまいました。友達にも信用取引はやめとけと言われてたのに。どうしようもないですね。

手元の貯金は2万円。年収は350万ほど。正社員で働けてボーナスを貰えて、大学を出られて、恵まれているとは思います。しかし仕事がAIの台頭によって不安定になり、両親は年金をもらえない立場にいて、貯金もなく、業務委託先には朝の株価チェックによる遅刻が連続しているためにそろそろクビを切られそうです。
心療内科のお医者さんに「何者かになりたいんだね」と言われて、そのとおりだと思い、その通りだとはわかっていても、信用取引を続けてしまいました。一発逆転を狙って破滅する話や経験談などをたくさん読んできたのに。そしてその大半は失敗すると知っていたのに、やめられませんでした。その結果がこれです。買い物依存症から抜け出すきっかけにと株を始めたのです。何かを変えたい、という方向性を自分の成長ではなく外部に依存してしまったことが良くないのだと思います。でも自発的に勉強しようといろいろ資格を取ろうとしてみても、集中できませんでした。せめて何かうまくなりたいとゲー厶などをやってみても駄目です。
自業自得、無能、空っぽの人間。そんな言葉が頭をぐるげる回ります。
後場が始まります。また、多分、信用取引をします。

感想1

去年の12月、やってしまったという愕然とした気持ちの中で、あなたはまずは親に謝らなきゃとなんとかかんとか言葉をしぼり出した。そのタイミングでわざわざ口にして欲しくない言葉を向けられ、逆なでされた気持ちのやりどころは親に対する激怒となった。泣きっ面に蜂の状態は、見返してやるという気持ちに拍車をかけ、そうするしかないと四面楚歌にも似た孤独に覆われたのかと想像しました。

何者かになりたく無い人はいるのでしょうか。多くの人が、不幸せじゃない自分を望んでいるように思い、お医者さんの言葉を苦々しく思う私がいました。大学や正社員雇用、自分の得てきた環境を恵まれていると表現するあなた、そしてそれなのにと今の自分を卑下するあなた。自分と自分、誰かと自分、何かと自分と比較しながら今の自分を評価しているあなたがいることを感じます。

「何かを変えたい、という方向性を自分の成長ではなく外部に依存してしまった」と、冷たく自身の思考の癖を突き放すような言葉が印象的でした。自分の損失と他を一緒にするなというあなたの声も聞こえてきそうな気もしますが、自分に期待をしたり、簡単に何かをつかみたいと思っている人は、星の数ほどいるような気もします。特別な何かになりたいと思う心は自由です、ただそこに少しだけ加減を設けておくだけでいいような気もします。だから自分は嫌いだと、無理に言うことはないように思います。投稿いただき、ありがとうございました。

感想2

「また、多分、信用取引をします。」で締めくくられた文章に、どれだけの思考力も理性も飛び越えてくる、それが依存なのだと感じてしまいました。あなたがこれまで時間や手間をかけて内省を繰り返してきたのが伝わると同時に、信用取引をするということは「選択」ではなく「状態」を表しているように伝わってきました。思考や感情、心の動きなどが脳という臓器で行われる神経伝達のひとつにすぎないと捉えると、まるで自分の選択や意思決定であるように見えたとしても、やはり症状であるほかないと思います。

株について、いくら勉強して知識をつけたとしても、リアルタイムで動いていく経済状況を攻略するのは難しいし、リスクはつきものです。誰も予想できない、世界がひっくり返るような展開もあり、その意味では一発逆転を狙えるという希望も膨らんでしまうのかもしれないと思いました。追いつめられ、原点からの距離が遠くなればなるほど、その場にとどまっていてはいけないと焦るのかもしれないと思いました。そんなときに、何者かになれそうな術が目の前にあれば飛びついてしまうのではないだろうかとも感じます。

環境に恵まれていると思いつつ、埋まらない心の溝を埋めるための何かを探し続けてしまうのは、与えられたものと、欲しかったものあるいは必要だったものに、ギャップが生じていたからなのかもしれない、と思いました。すごく困っているわけではないけれど、真に満ち足りた気持ちにはならないし、何も与えられていない訳ではないからこそ不足に気づきにくい。何が必要なのか、穴にはまるピースをひとつひとつ確かめている最中なのだろうか…と想像しました。

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