生きていて面倒だと思った経験が普通はそれなりにあると思うけども、私は比にならないくらいの面倒くさがりだと思う。それは生きる事さえもめんどくさいと感じる程に。
小学校の時1番面倒だったのは宿題。やらなければ怒られる。やるのも面倒だし、怒られるのも面倒。学校に行くのも面倒で半分くらい不登校で小学校は終わった。中学はそれなりに部活が楽しかったけど勉強は面倒だった。課題もやってないし怒られるのも面倒だから休んだ。怠惰な人間だ。高校はあまり苦がなく優等生になれたと思うが、アルバイトは面倒だった。面接で自分をよく見せるのも面倒で嘘をつくのが面倒だった。受かったとてそこにある責任を負うのが面倒だったのでやめた。就職も面接が嫌すぎてうまく行かずに変な会社に入ったら関わるのが面倒な人間に会ったのでやめた。
あれもこれも面倒で怠惰だ
こんな人間が社会で生きていけるわけがないだろう。そんな人間の人権をどう守ってくれるというんだ。
見せてくれよその人権の力を。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
総じて面倒だ
感想2
同じく面倒くさがり人間です。ここで仲間に会えてとっても嬉しいです。
私はやりたくないことのやる気は出ません。心を殺して無理できないこともないですが、爆速でHPがゼロになり、直ちに活動を停止します。復旧には無理した時間の何倍もの時間を要します。生きるのって、なんでこんなに体力を使うんだろう、逆になんでみんなはそんなに動けるんだろう、と人々を横目にグテっとしているのが常です。
あなたからしてみれば、自身の言動のすべてが面倒・怠惰ゆえかもしれませんが、無理やり力を入れることなく、しなやかに生きているように私は感じました。面倒面倒と言いながらも、学校を卒業しているし、バイトもしているし、就活もやってるし、就職もしているし、快適でない職場から退職する行動力もあるんだなあと思いながら読んでいました。自分が面倒と感じない範囲のことはこなせるし、楽しいと感じることは結構取り組める人なのかなという印象を抱いています。
家庭で、学校で、職場で、メディアで、社会のありとあらゆるところで「頑張らなくてはいけない」というメッセージが常に発信されていると感じます。書かれていませんがもしかしたら、今まであなたの行動に対して周りからネガティブな言葉をかけられたことが何度もあったのではないかと思いました。そんな社会のなかでは、面倒くさがりはまるで罪人のようだと思います。怠惰でも勤勉でも人権は必ず守られるべきだし、どんな人間でも社会から疎外・隔離されることは絶対にあってはならないはずです。けれども、今のあなたが社会で生きていく自信を無くしてしまっているように、そう思うことができないのが現状だと感じざるをえません。
しかし、怠惰は七つの大罪に数えられる悪徳でもありますが、本当に悪いことなのでしょうか。逆に、そもそも「頑張る」ってどういう状態なんでしょうか。とても曖昧で、際限がないものだと私は感じています。はっきりと定義されないし誰も定義を持たないから、時には自分の疲労や不快さに蓋をして無理をしてしまうこと、自分のキャパシティを遥かに超えた「頑張り」を要求されて心身が壊れてしまう人も少なくないのかなと考えました。
それに比べて我々面倒くさがり屋は、やりたくないこと・不快な状態から可及的速やかに身を引くことを大事にしている者たちではないかと思います(あるいは、やる気の生産がすぐに停止してしまうので自ずとそうなる)。すべての人に頑張らせることでギリギリ回している社会より、各人が余力を持って生きている社会の方が安全で、より持続可能性が高いのではないかと私は考えています。そのために、面倒くさがり屋メソッドは有用だと思われるのです。
感想1
読ませていただき、「たしかに」と思える部分がいくつもあり、うなずける部分と「面倒」とは何だろうと目の前の事から目をそらしたい、他責思考になってもしょうがない様なと感じる部分もありました。それらを踏まえて、私なりに解釈して感想を書きたいと思います。
幼少期から何かを挑戦しては「面倒」と感じてやめてしまうことを繰り返してきたとしたら、「どうせ自分にはできない」「頑張っても意味がない」と思うようになってしまうこともあるのかも知れません。気づかないうちに、自分を守るために距離を取ってることが当たり前になっていた可能性もあるのかなと私は思いました。
そして最後の「こんな人間が社会で生きていけるわけがないだろう。そんな人間の人権をどう守ってくれるというんだ。見せてくれよその人権の力を。」という問いについてですが、私自身、明確な答えは出せません。この答えの出ない問いだからこそ、簡単に否定したり綺麗事で終わらせたりせず、考え続けていくことが大切なのかもしれません。
貴重な経験談をありがとうございました。