外に出れば他人が私の顔をジロジロ見てくる。一瞬目が合っただけであからさまに目を背けられることもある。私の顔そんなに変?私がいるだけで周りを不快な気持ちにさせてる気がする。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。その現象が年々酷くなってる。外に出たら一瞬たりとも安心ができない。常に周りの目が気になり、体が強ばり、ゆっくり歩くことができずいつも早足。本当はもっと気を楽にして歩きたいのに。
何が不快にさせてるんだろう?
マスクしてるからやっぱり目元?
私の目がキツいのかな?自己嫌悪。
何度も何度も気にしないようにと思った、慣れるかもとも思った。
でも、慣れない。
これから暑い季節が来る、汗っかきですぐに顔が赤くなる体質だから更に人の目に晒されるようになる。最悪。
私だって普通の人間なんです。
こんなに色々な人がいるのに、何故私はこんなにも人に見られなきゃいけないの?
自信なんて持てるわけない、別に美人に生まれたかったとか、可愛い子になりたいなんて望まない、ただ普通の人間でいたかった。
生きずらい、、
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
存在したらいけない存在
感想2
視線って見えないはずなのにすごく感じる、不思議なものだと思います。あなたは外出するときにそれをずっと感じていて、それはとてつもない負荷だろうと思いました。また、そのことを意識すればするほど、人の視線が気になって、目も合ってしまいやすくなったりという悪循環もある気がしていて、どうしたらいいのかな……と考えています。私は知らない人の顔をジロジロみるということ自体をする機会がない気がしていて、虫が止まってる…とかなにか気になることがあってもジロジロは見ないようにしていると思います。逆に、ふいに目が合ってしまったら急いでそらすことは、相手に関わらずする気がします。(「人をじっと見ていることは失礼」という認識?常識?が私の中にはあるのかなとこれを書きながら考えていました。)だから、その周囲の状況ってどういうことなんだろう?となんだか気になっています。でもどういう状況としても、見られているからといって、あなたが悪いということではないのかなと私は思いました。あなたが存在したらいけないから見られているわけではないし、あなたが抱える必要は本来はないと感じています。でも気にしないようにしたって、気になってしまうものは気になってしまいますよね。私は苦手な感覚があるときはイヤホンで好きな音楽やラジオ番組を聞いたりして、思考を別の場所に持っていくことがあります。あとは、おまもりとして自分の好きなアイテムを持っていったり。対策も簡単じゃないと思うのですが、あなたが視線や自己嫌悪以外の感覚やなにか心地いいものに意識を向けられる瞬間がすこしでも増えていったらいいなと思っています。
感想1
投稿ありがとうございます。
周囲の目が気になる気持ち…私にも覚えがあるなぁと思いつつ、けれどあなたが感じているつらさはきっと私のそれ以上のものなのだろう、だとしたらそれは果たして耐えられるものなのだろうか…と私の体験を交えてそう感じました。
常に周囲を気にして生活することは、周囲が思っている以上に精神をすり減らすものだと感じます。外を歩けば人の近くを通るたびに自己嫌悪と猛省…(があるのでしょうか。私はそんな想像をしました。)その言葉だけでもつらいことがわかりそうですが、実際は文字や言葉では表せない、感覚的なつらさの比重が大きい気がしています。これまであなたがそれをずっと繰り返してきたのだと思うと、それは私には想像しがたいものだと感じます…。
人に見られること、それがポジティブな視線(悪意ではなく好意によるもの)だとすれば、あなたにとってその視線はどう映るのでしょうか。純粋に気になりました。
「見方を変える」「周囲は思っているより見ていない」耳が痛いほど聞いたことだと思います。一理あると思う反面、「見方を変えられていたらこんなに苦労していないし、周囲が見ていなかろうと私がそう感じているんだからつらいものはつらい」という思いが私の体験を思い返すとあったため、あなたも近い思いがあったりするのかなと想像しました。どうせ視線を感じるのなら、全部ポジティブなものであってほしいと感じます。
最悪生きやすくなくたっていい、ただ生きづらくなければいいのに、という想いもあるのかなと感じました。あなたの思い描く「普通」が社会にとっての「普通」に近づくといいなと思いました。