経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

希死念慮とともにある人生

気づいた時には、希死念慮という言葉とともに過ごしていた。
社会人一年目、仕事が辛すぎて、実家に帰った時に、涙が止まらなくなった。それでも、自分に任された仕事は自分にしか出来ないから、と家族に言われ、やり遂げた1年目の終わり、突発性難聴で、右耳の聴力を失った。
原因は不明、多分ストレスだろうと言われた。
初めて自分を傷つけたのは22の時で、仕事を辞めたいという気持ち、口では伝えられないSOSを、誰かに気づいてもらいたいと思う気持ちからだった。
仕事が辛い。一人暮らしで、家族には言えない。言ったとしても、「みんなそうだ」とあまり寄り添って貰えないと分かっているから、余計に言えなくなり、5年がすぎた時、鬱病を患っていた母が自死した。頭の中が真っ白になった。周りからは、父を助けてやれ、私より随分幼い弟を支えてやれ、そんな言葉ばかり。母に代われるわけはないけれど、受験生の弟を、できるだけ支えた。そうして、無事に大学入学を見届けた時、ぷつんと、何かが途切れた。
4月。仕事に行こうとすると、涙が止まらなくなった。2日休んで、なんとか出勤した。食欲もなく、周りには「胃が弱ってて」と嘘をついた。「(仕事について)色々と気にしすぎだよ」と言われて、ですよね、と頑張って笑い飛ばした。
五月病と、言われるだけあって、絵に書いたように、5月の連休明け。また、涙が止まらなくなって、仕事に行けなくなった。3日休んで、もうどうしたらいいか分からなくなって、奇跡のようなタイミングで父から連絡が来て、今の自分の様子を伝えると、実家に強制帰還。軽度鬱と、パニック障害の診断がおり、すぐに退職し、今はパート勤務で実家に過ごしている。
仕事の辛さについて、ほとんど家族に言ってなかった分、今の私の状況について、まるで理解がない家族に、たまにしんどくなってしまう。母にしか伝えてなかったことも多く、そんな母はもう傍にいてくれない。だからといって、ひとりで生き抜く自信もない。
希死念慮は、今も私にまとわりつく。

感想1

投稿を読みました。社会人一年目からのあなたの日々を書いてくれていましたが、あなたの背に乗せられた重みはもしかしたらその前から少しずつたまっていたものだったのだろうか、ということを考えていました。強いストレスの中あなたは社会人として緊張しながら、無理をしながら日々を過ごしてきたのだろうと思います。それはとても大変なことで、よくここまで生き延びてきてくれたと、言いたい気持ちになりました。途方もない苦労を認められないことは、本当にとても苦しい。実家で涙が止まらなくなったのは、そこが少なからずあなたにとって力を抜ける空間という意識もあったからなのかなと想像しています。母親さんには話していたこともあったと書いてあったので、なにか心のつながりの意識もあったのかもしれません。もしそうだとしたら、その場所で「休んでいいよ」「頑張ったね」と言ってもらえるわけではなく、むしろもっと頑張るように言われてしまったことは、あなたをさらに追い詰めてしまった出来事のように感じました。もしかしたら、あなたの家族や環境の文化的には、人に甘えてはいけない、責任を果たさなければいけないという、ある種の自己責任論的な感覚が強かったのかなと思います。それらは十分なケアや頼り合いが成立した上で、ひとときだけ頑張るようなときには有効な言葉だと思うのですが、その論理だけではうまく回るものではなく、人は自他を切り詰めるように苦しくなってしまう気がします。

あなたの母親さんにどんなことがあったのかわかりませんが、あなたのショックはどれほどだっただろうと思います。さらにあなたに責任を押し付けるような言葉がかけられて、もともと身を削ぐように生きていたあなたをがんじがらめにするようなものだと思いました。なんだかもうやり切れない気持ちになってしまい、その瞬間のあなたのそばにいって、その言葉を言った人になにか言い返したい気持ちです。あなたはよく頑張ってきたし、これから100年くらい頑張らなくていいくらい頑張ったと思うので、これからはあなたに心地いいことだけ起きたらいいのにって思います。

最初にこの経験談を見た時に、タイトルの表現わかる…とすごくシンパシーを感じました。私自身も希死念慮がともにあり、希死念慮とともにある人生を送ってきたなと思っています。私の場合は、希死念慮は逃げたいけどどこにも逃げられない、どうにもならないって気持ちの中で膨れ上がることが多いように思います。それは本当なら逃げてもいいしやめてもいいのに、逃げてはいけない、頑張らなければいけないという副音声がずっと鳴り響いている中で深まっていく感覚のように思います。
あなたはきっと真面目な人だからこそ、さまざまな副音声(これまで言われてきたことや示された価値観の積み重ね)の中でたくさん苦しい思いをしてきただろうなと思います。私には希死念慮を持つ人が周りに多く、希死念慮があることを前提に、つらい気持ちや頑張れない感覚があることを当たり前に安心して話せることがすごく大事だけど、この世の中ではすごくむずかしいことだと感じます。そういう安全な場所が増えていくといいなと思いつつ、私は日々経験談を読ませてもらい、感想を書いています。私はこれからもまたあなたと言葉を交わしたいです。気が向いたときがあれば、またアクセスしてください。

感想2

最初の一文にとても共感しました。私もまったくその通りに日々を生きています。今まで何度となくこの希死念慮はどこから出てくるのかと考えましたが、その出所となっている辛さが地層のように累積していることに気づき、毎回取り返しのつかなさだけを感じて終わるのみでした。あなたも同様に、ここに書いてあること以外にも、今まで途方もないくらいの辛さの蓄積があったのではないかと思っています。
多大なストレスを抱えながら仕事をこなすことに加えて、母親役さえも肩代わりせねばならなかったあなたの心身の疲労は、非常に重々しいものだったと想像しています。それをお母さん以外のだれにも、どこにも吐き出せず、長年一人で抱えてきて、限界を迎えるのは時間の問題だっただろうな…と率直に思いました。あなた本人にしてみれば戸惑いにほかならないだろうと思いつつ、身体がSOSを出して緊急停止しなければ、あなたは完全に潰れ切ってしまっていたような気がしました。
限界の状態にある人に対して、その辛さを軽く見たり、逆に「頑張れ」と声掛けてして鞭打つような真似をする風潮は、本当に危険なものだと思います。周りの人があなたが仕事で辛い思いをしているのが分かっていたのかはさておき、ただでさえお母さんを失って打ちひしがれているあなたに、どうしてあんなことばかり言ったのだと特に憤りを感じてしまいました。しかも、今もご家族があなたの辛さに理解が無いということ、さらに追い詰められたように感じてしまうのも無理もないと思いました。

生きていて、辛さや苦しさを、外に出してはダメなことのように扱う雰囲気に孤独を感じます。辛い気持ちを一人で抱え込まないことで、少しでも生きづらさを軽減させることができるし、個人にとって辛いことがあると認識されなければ、その発生源に対処する機会も逸してしまうのに…と、もどかしい気持ちです。人間が一人で生き抜こうとすること、それはほぼ不可能に近いような困難な道のりに思います。頼り頼られながら、お互いの辛さを共有しながら、共に生きていける社会になったらいいのになと日々思います。

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