経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

いつまで辛いのか

 1年程前に投稿した者です。
傷病手当も終わり現在無収入、頑張って働いて貯めた貯金をきり崩しながら実家で何とか生きています。『しにトリ』さんに始めて投稿して感想も拝見しました。有難う御座います。
 あれから、精神科と脳神経内科の通院も続けています。精神科では何度か入院も勧められましたが、入院したら普通の生活に戻れなくなりそうで断りました。主治医に鬱病や双極性障害の可能性を伺いましたが、「違う」とはっきり言われました。「貴方がその病気ならこの精神科に通院されている方皆そうなります。貴方は、女性ホルモンや更年期による、適応障害と抑うつ状態を繰り返しているだけですよ。大丈夫です。薬でコントロールしましょう。」と言われました。
 「鬱病」や「双極性障害」なら公的な支援があり『障害者年金』が給付される事を、市役所の障害福祉課に来所し知りました。私はもう無収入、生活に困ると思い主治医に相談したのですが診断書は書けないと断られました。年金事務所にも相談しましたが、給付の確定までに1年程かかり主治医が言うのであれば、申請書を書いて申請しても難しいと言われ諦めました。『障害者手帳』や『自立支援制度』の申請なら直ぐに出来るし、精神科の通院費や車の税金の控除、県の施設の利用支援が受けられると説明を受け、直ぐに精神科の主治医に相談し診断書を書いてもらい『障害者福祉手帳3級』『自立支援制度』を利用し取得しています。
 精神科の主治医からは『障害者手帳』について何の説明もなく『自立支援制度』についても全くの無知でしたが、市役所の障害福祉課や年金事務所や知人から教えてもらい、自己負担する医療費などの軽減にも繋がり助かりました。
 今の精神科の主治医に少し違和感を感じ、(転院した方がいいのかな…?)と思い、自宅の近くにあるメンタルクリニックに電話で問い合わせた所、「今通院されている精神科が入院病棟もある大きな病院なので、此方のクリニックに転院しても診断は変わらないし、診断書がまた必要なので転院されても費用がかさむだけですよ。」との事で転院も諦めました。
 始めて今の精神科に受診してもうすぐ10年経ちます。あの日から何も変わらず、抗うつ剤が増えたり減ったり。夜は眠れるようになりましたが、その点だけ良くなっただけ。脳神経内科も死ぬまで通院しないと、持病の「レム睡眠時行動障害」「手足ムズムズ病」の薬も処方されず、毎日夜が来るのが怖い。
 扁平足なので下肢の浮腫や重ダルさも毎日続くし、整形外科で自分用のインソールを作って使ってみたものの全く変わらず足が痛い。下肢静脈瘤も酷くなり進むので、いずれは保険適用外の手術が必要になる。
 背骨の側弯症もありいずれは体に痛みが走る、猫背にもなる。歯並びもガタガタで悪く噛み合わせが悪いので、虫歯や片頭痛にも悩まされ続ける。
 更に5年程前から目やにが出始め老眼も始まり、眼科にも受診してみました。3度目の受診の結果『ドライアイ』『結膜炎』『老眼』『白内障』の診断を受け、手術を検討した方が良いと先生からアドバイスされました。
 老眼はともかく『白内障』…小学生の頃から眼鏡が必要で、今は『ド近眼』『乱視』『老眼』『白内障』に。41歳で『白内障』なるなんて、、、本当にショックでした。そして手術も保険適用外。いくらお金があったらいいのか。手術自体は10分で終わるらしいけど、それに至るまで検査検査検査だらけ、失明のリスクもある。でもどうにかしないと車の運転もできなくなる。
 世の中は、先行き不透明。物価高騰ばかりで安くはならない。電気代ガス代下水道代も上がりに上がる…まともな生活なんてできるわけない。
 とりあえず『白内障』だけは治さないと目が見えない生活なんて真っ暗なだけ。『白内障』が治ったら、障害者枠を含めた就職活動をしようと思っています。ハローワークにも担当して下さる職員の方に出逢えました。
 1年に3〜4回は風邪をひくので、免疫力を付けようと運動や食事にも気をつけていましたが、私はもう病気の塊です。生きてる意味なんてない。辛い苦しい痛い悲しいだけ。貯金もいずれ底をつく、、、気分の落ち込みやテンション爆上がりの繰り返しも続く。何にも楽しめない毎日なら消えてなくなりたい。今も変わらず、日本の戸籍から私の名前が無くなれば良いのにと思ってしまいます。
 母と弟と愛犬(弟が勝手に連れてきた)は元気です。母は老いと猫背が進行しているのが見て分かるようになりました。弟とは、価値観や気が全く合わず話さないです。
 希死願望は変わらない。家族には話せない。弟は「働けば?」と嫌みを言われ母からは「いつかよくなるが…」と。
 きえたいです。

感想1

再度、経験談の投稿ありがとうございます。「いつまで続くのか分からない苦しさ」に対する、疲労感が切実に伝わってきました。何か一つの出来事で崩れたというよりも、前回の投稿にもあったように幼い頃からのこと含めて長い時間をかけて少しずつ積み重なった負荷や体調の不調、制度の壁や、生活の不安などが重なって、出口の見えないところにいるような、そんな印象を抱いています。
通院を続けているのに一向に楽にはならず、診断名ひとつで受けられる支援も変わってしまう現実…相当大きな負担になっていると思いますし、自分では違和感を抱いていても医師からは違う診断を下され、なんだか曖昧な位置に置かれ続けることが、じわじわと消耗に繋がっているのではないでしょうか。
身体の不調がいくつも重なっていて、抱いている苦しさをより現実的なものにしているというのか…。精神的な落ち込みだけでなく、足の痛みや視力の問題、睡眠の異常といった日常そのものに関わる部分が崩れていくと、ただ“生きる”ということ自体が苦痛に感じてしまうものだと感じました。そこに医療費や手術費用、将来の生活の見通しが重なり、不安は単なる気持ちの問題とかではなくて、生活の根幹を揺るがすものとしてあなたの日常に横たわっているのだと感じました。
あなたの文章を読みながら制度についてあれこれ考えていましたが、本来であれば支えになるための仕組みであるはずなのに、診断や手続きの違いによって線引きされ、その線の外側にいる人ほど助けられにくい構造をあらためて痛感させられています。役所や制度を自分で調べて動かないといけない状況も、すでに余裕のない人たちにとってはかなりの負担になるものですし、諦めてしまう人も少なくないと思います。その中であなたが使える支援に繋がれたことは少しホッとしたと同時に、必ずしも誰もが同じように辿り着けるわけではない現実もあるのだよなと思うと本当にこの社会は生きづらいな…と強く思ってしまいます。
「消えてなくなりたい」という感覚も、衝動的に思ってというよりは、長く続いた疲労の先にある願いのように私は感じています。もうこれ以上は背負えないよという限界のサインなのかもしれないとも思うのです。それでも、白内障の手術を考えていることや、その先に就職を見据えていること、ハローワークで担当者と出会えたことは、大きな希望とまではいかないかもしれませんが、あなたの中に、ほんのわずかだとしても生きようとする力が働いているようにも私は感じました。
劇的な回復というのは難しいことかもしれませんし、変わらないまま続いていく苦しさはどうしてもあるのだとは思いますが、こうして取り巻く苦しさや心の内を言葉にすることがあなたの心をちょっとでも軽くするのであれば、また書きにきてほしいです。

感想2

経験談へ投稿いただき、ありがとうございます。

「いつまで辛いのか」というタイトルでしたが、そう考えてしまうほど、子どもの頃から今に至るまで「辛い」の連続だったのかなと思いました。そして、個人的には、自身の心身の不調もですし、自分の生活のこと、親のことなど、あなたにとって不安要素が増え続けているような印象を受けました。だからこそ、過去の傾向と今の状況からいい未来を想像しづらいことも自然なような気がしましたし、それにより希死願望もあり、消えたい、終わらせたい、感覚がでてくるのも個人的にはわかりたい気持ちにさせられました。

今は、傷病手当の受給も終了し、自身の貯金を切り崩しながら、生活しているとのこと。あなた自身の不調が改善されないからこそ、収入を得るために働くということもできないのに、物価は上がっていく、そして、心身の不調のための治療費がかさむ…。だからこそ、あなたの中で、不安や焦りが生じているように感じられました。そして、それを対処すべく、診断名を出してもらって、障害年金を受給したい、もしくは、きちんとした診断を元に、適切に治療してもらうことで、また仕事をできるようにしたい…そんな想いから、今回、主治医に対してアクションを起こされたのだろうと私は感じました。

それにも関わらず、主治医は「貴方がその病気ならこの精神科に通院されている方皆そうなります。貴方は、女性ホルモンや更年期による、適応障害と抑うつ状態を繰り返しているだけですよ。大丈夫です。薬でコントロールしましょう。」と話されたとのこと。私自身はそういった言葉や他の対応から、どこか親身になってもらっている感覚を感じづらく、あなた自身が不信感を抱くのも自然な気はしましたし、私自身もなんだかそんな言葉や対応されたら「嫌だな」、「そうじゃないのかもしれないけど、軽んじられている?」と感じてしまうかもしれないと思いました。

一方で、あなたの相談に対し、親身に障害福祉課や年金事務所の方、ハローワークの方が親身に対応してくださったとのこと。そして、無事、障害者福祉手帳3級と自立支援制度を無事利用する事ができたとのこと、私自身もあなたの身近で何かをすることができないからこそ、あなたの大変さを少しは理解しようとしてくださっている方が身近にいて、実際に利用することもできたようなので、少し安心するような気持ちにさえられました。(主治医とのこともあり、一層そう感じたのかもしれません。)
そして、こうやってアクションを起こすことや受診をし続けることもそう簡単なことではないように思えたので、そういった部分があなたの強みでもあるのかもしれないと思うと同時に、今までの歩みを労いたい気持ちになりました。

今は、自身の不調もあるし、生活もあるし、今後のことを考えると母親のこともあるしで、不安要素は尽きないのだろうと思います。加えて、その不安はもしかしたら、症状からのものもあるとすれば、私の思う以上に不安は大きいのかもしれないと感じました。

不安は自分の中に溜め込むと私自身もどんどん気持ちが落ちていくことが私にはあるのと、あなた自身の環境を読み取らせていただく中で、ただ聴いてくれるそんな状況がとても少ないようにも思えたので、ただ吐き出して、ただ聞いてもらえる、そんな場所として今後も活用していただけたらと勝手ながら感じました。

またよろしければ、書きにきてみてください。
改めて、経験談へ投稿いただき、ありがとうございました。

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