経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

明日を迎えるのが怖い

元虐待サバイバーです。今年で社会人四年目になり、仕事もいい環境にやっと巡り会えて人間関係も社内外、友達、恋人含め以前と比べたらずっと充実してきています。以前はアルコール依存症の父からのDVに耐えながら、精神が不安定で頼りない母の間との間で長女として家族の形を守るように、自分の感情を後回しにして、なんとか自分が生き延びることを優先して必死に立ち回っていたからです。弟や自分が学校を卒業するまで家族が形を保っていられるのか、私は地獄みたいな家から、家族から逃げて自由になれるのか、とっても不安でした。その不安に家族の誰もが無関心でした。自分のことで手一杯で、それどころか幼稚で自分勝手な父の言動から不安になってそれを対処できなかった母のケアラー役を押し付けられてしまってる状態でした。父の理不尽な言動から守られるどころか母は私を盾にしてきました。一方で父がいなくなった途端に自分は悪くないと言い訳をする情けなくて弱い人でした。都合が悪くなれば平気でこちらに責任を押し付けてくるような、尊敬できる要素が見当たらない人たち。私はそういう環境でなんとか生き残ってきました。側から見たらそうは言われませんが、昔から不安で不安で自分が壊れてしまいそうでした。誰にも言えなかった、外から見たらまともそうに見える家族だから、下手したら気づいてももらえない。悪口を言った私が悪者にされることだってザラにある。気づいたとしても周りは見て見ぬ振りするばかりで何もしてくれない。とにかく不安でした。明日を無事迎えられる保証なんてどこにも無かったから。そんな環境で辛うじて生き延びた私は一時期は感情が無くなり、5年前にカウンセラーとの出会いを機に取り戻しましたが、いまだに感情がブレやすいです。親元から離れて環境が変わって、充実してると表面的には感じられるようになってきた思います。でも今になって、フラッシュバックが出てくるようになりました。
今でも夢にみます。薬も手放せないです。過去の親子関係と重なる状態になるとすぐに過去の自分に戻ってしまいます。こんな自分が辛くて、たまらなくて、生きていくのが苦しいと感じてしまいます。元気な時は輝いて見える自分が、落ちた瞬間に別人みたいになっていく。このギャップがどんどん大きくなっていくようで苦しいです。なんで普通に生きてくことがこんなに難しいんだろう。そして何でいつも私は1人で泣いてるんだろう、結局友達がいくらできても恋人ができても、私は昔から変わらず泣く時は1人。フラッシュバックなんて説明したって分かってもらえない、そもそも私自身も自分が何故泣いてるのか分からない、これはいつの感情なのかも分からないから。

明日を迎えることが怖いし不安になります。こんなに傷ついた自分のまま明日が無事迎えられるのか。迎えられたとして、少しでも楽にいられるのか、平穏がいつかは訪れるのか、フラッシュバックが来ない日が訪れるのか、弱った自分を人にさらけ出せる日が来るのか、何もやらかさずに明日を生き延びられるのか。人生が何もかも嫌になって消えたくなる衝動に打ち勝てるのか。…

こんな私が、少しでも前に進める様に人生の先輩方にアドバイスをいただきたいです。

感想1

投稿を読みました。あなたが逆境的な環境の中でなんとか生き延びてきた人だということを感じました。そして親元から離れたりカウンセリングを受けたりする中で、物理的・精神的に距離を置いてきたのはとても大事だけど、同時にとても大変なことだっただろうと思いました。
自分なりに落ち着けて充実している環境をすこしずつ築いてきた中にもたくさん苦労はあったのではないかと思います。それでもなんとかやっているという実感も持ちはじめたころなのかな?とも想像しました。その中で、「今になって、フラッシュバックが出てくるように」なったことは青天の霹靂のような事態だったのかもしれないと考えています。
ただ私自身の経験や、私の周りの人たちの経験から考えると、むしろすこし落ち着けるようになったからこそ、フラッシュバックを起こせるようになった、あるいはフラッシュバックを受け取れるようになったというような状況なのかもしれない、と私は文章から感じました。リアルタイムに緊張を強いられている中よりも、そこから逃げ延び、すこし安全な場所を確保できたときに、ひどいうつ状態になったり、フラッシュバックがひどくなったり、感情の蓋が開いたようになることがあるのを私は知っています。もちろん、みな事情は同じではないし、一緒くたにできることではないですが、危機モードでの対処から、少しずつそうではないあり方に切り替えていく過程で、起こりやすいことなのかもしれないと私は感じています。
個人的な話をすると、私も家庭環境などと距離を置き、トラウマから回復する過程で、感情が前よりもむずかしくなったり、前は平気だったことで苦しんだり、記憶が蘇ってきたりして耐えがたいと感じる時期がしばらくありました。回復ってなんで直線的でないんだろうと思います。そうやって、すこしずつ自分を切り替え、作り替えているような作業なのでしょうか。

フラッシュバックがいつ訪れるともしれない状態は生々しい痛みや苦しみで耐えがたいものだと思いますし、それを友人や恋人に伝えられない、あまりわかってもらえると思えない中では、一人だけ別の世界にいるような
孤独もあるのかなと思います。薬を無理に手放す必要もないし、必要に応じて使っていけばいいと思います。私自身もいまも薬を飲み、調子が悪くなればさらに頓服を飲みつつ、ほどほどに生きているものなので、アドバイスはなにもできないのですが……。私は以前『その後の不自由』という当事者研究の本を読んでから、私の現在の状態も「その後の不自由」だなと思って生きています。私にはあなたもその仲間のように感じられ、そんなあなたが死にトリに経験談を送ってくれたことをうれしく、心強く思いました。フラッシュバックでつらいときや、そうではないどんなときでも、よかったらこのサイトをまた活用してください。ここに言葉を寄せて、あなたの感じていることを届けてくれてありがとうございます。

感想2

あなたのこれまでの経験や今の苦しみ、共感するところが多く、しっかりと受け止めました。自分の生存のために家族を崩壊寸前のところでなんとか取り持つ役割を担わざるを得ず、不安でいっぱいの子ども時代を乗り越えてきたことをまずは労いたくなりました。そして現在の生活は充実しつつあるとのことで、少し安堵しています。

子どもとして享受すべきものを受け取れず、それどころか感情を押し殺してケア役を引き受けていたこと、さぞあなたの負担になったことだろうと感じました。それらが落ち着いた今になって表に出てきてしまっている状態なんだと思っています。
私もやっと落ち着いたと思った矢先にフラッシュバックが頻発するようになり、現在進行形で大変困っています。やっとマシな環境に身を置くことができて、「よし、これから!」と思いたい本人としては甚だ迷惑な話です。しかし、フリーズしていた感情が溶け出すほどの暖かさを感じられているということだと、やや強引かもしれませんが私は思うようにしています。にしたって、感情を抑圧せざるを得なかったことがしっかりツケとなって、それを後々払わされるのは非常に理不尽だという思いも全然あります。

過去の自分と現在の自分、調子の悪い自分と調子の良い自分を勝手に行き来してしまうのも、本当にしんどいことだと思います。自分の軸がブレブレで、自分を操縦するハンドルがグラグラだと私はしょっちゅう感じています。他人には本当に辛いことを打ち明けられないのに、そのくせ突発的なフラッシュバックや衝動的な行動が止められずに周囲を困惑させてしまうのもイヤだなあと思っています。
しかし、これもまた私は、子供時代に出来なかったことの「やり直し」だとして納得しようとしています。当時はそれどころではなくて学べなかった感情のコントロールの仕方や、他者とのかかわり方を大急ぎで修得している最中なんだという気がしています。と言ったって、完全に納得できているかというとそうではありません。全然理不尽だと思って度々憤慨しています。
本来得るはずだったものを得られず、得なくてもよかった傷に苦しむ理不尽、傷つきが癒えるのかという不安、ありのままの自分で生きられるのかという戸惑い、色んな思いがあなたの胸を交錯していると思います。私も同じように、ぐちゃぐちゃの思いを抱えてまた今日を生き延びていきます。アドバイスなんて大それたことは言えませんが、この世界のどこかにいる私と似たところのあるあなたと、一日一日を生きていけたらいいなと思いました。またお話を聞かせてくれたら嬉しいです。

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