初めに伝えておきます。文章や日本語がおかしいです。
私は小さい頃に親に虐待まがいなことをされてました。ご飯が食べられなかったら外に出される。叩かれるのは当たり前。言葉の暴力。しかもそれが幼稚園生の時から。私はそこから何な親に伝える時躊躇するようになりました。ただ最近そういうのがないなって思いました。ないのはありがたいです。でもふと弟と妹を見ると何故か妬む自分がいました。「どうしてアイツらはあんなことをされないの?」等の最低なことを思うようになりました。そんな自分も大嫌いです。小二の時、親に「バカ娘。産まなきゃ良かった。」とそんなことを言われました。きっと当時の自分なりにどうにかしようと思ったんです。手紙を描きました。「バカ娘でごめんなさい。」泣きながら描きました。今でも鮮明に覚えています。そのあと泣きながら謝られました。でもその後もずっと続きました。人間ってやった側は忘れることはほんとらしいですね。小学生。いじられキャラでした。4年生の時に担任からのいじめで不登校になりました。ストレスで太りました。ものすごく。馬鹿にされました。肉まんとか太ってるジェスチャーをされた6年生。辛かった。自傷行為もしてしまった。ただ、そのことを相談してた友人にバラされた。広まった。跡は消えた。噂は残った。中学一年生、陽キャになりたかった。キラキラしてるあの子たちになりたかった。ぶりっ子って言われた。またデブって言われた。でも先輩に出会えた。幸せだった。でもその先輩はセクハラ、盗撮、一線を超えたことをしていた。尊敬してたのに一気に壊された。でも4人組のイツメンができた。それで、それだけで良かった。今、中学二年生。環境が変わった。小学生はいじられキャラ。1年生はぶりっ子。変えようと思いました。4人のうち私含め3人と1緒になった。嬉しかった。ハブられた。幸せはいつまでも続かないと悟った。結局全て上手くいかず現在不登校気味。それでも部活だけが唯一の救いでした。先輩たちと楽しく帰ることは家の事もクラスのことも思い出さず幸せでした。でも卒業してしまいました。「一期一会」確かにそうです。でもどうすればいいんですか。後輩も嫌。頼れる人もいない。死にたいが増えた。塾にも居場所はない。毎回悪い点数を取ってるのは私だけ。どこか、行ってないからを言い訳にしだした。そんな自分が嫌い。何回も死のうとした。死ねなかった。勇気がなかった。こんな自分でごめんなさい。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
残ったものは
感想2
経験談の投稿ありがとうございます。読みながら、ずっと“謝り続けてきた時間”があなたの中に流れているような印象を抱きました。幼い頃に「バカ娘でごめんなさい」と手紙を書いたこと、本来なら守られる側にいるはずの子どもが、自分の存在そのものを謝らなければならなかったのは取り巻いている関係が大きく歪んでしまっているのに、その歪みを自分の側の問題として引き受けるしかなかったのだろうと思いました。
親御さんから振りかざされてきた言葉や行動が続いたあとに、ふと今の弟や妹の様子を見て“どうして自分だけ”と感じてしまうことも、とても自然な反応だと私は感じます。理屈では「そんなこと思う自分は最低だ」と感じていても、過去に受けた扱いが消えるわけではないと思うからです。その差を目の前で見せられたときに、感情が動くのはむしろ当然なのではないでしょうか…。ただ、その感情すらも「いけないもの」として押し込めてしまうから、さらに自分を責める循環が生まれているようにも感じ、勝手ながらもどかしい気持ちになっている自分がいます。
学校での経験も、居場所を作ろうとするたびに、それが崩れていく流れが繰り返されてきたのだろうと想像し、いじられる立場から抜け出そうとしても別の形で否定され、やっと安心できる関係ができても、それが別の理由で壊れてしまう…そのたびに「やっぱりうまくいかない」という感覚が強くなっていったのだろうと感じます。特に、自傷のことを打ち明けた相手に広められてしまった出来事は、人に頼ること自体を難しくする経験だったのではないかな…と。
中学に入ってから「変わりたい」と思ったことも、ただ周りに合わせたいというより、“別の自分になればうまくいくかもしれない”という試みだったように私には映りました。
文章の最後にある「こんな自分でごめんなさい」という言葉が印象的で、これまで何度も自分に向けてきたものなのだと思います。(違っていたらすみません)でも、その「ごめんなさい」は本来向ける先が違っていたのではないかとも考えてしまいました。環境や周囲の出来事の中で起きてきたことを、自分ひとりの責任として抱え込んできた結果として、その言葉が“残っている”ように感じ、あなたが悪いわけではないよと伝えたい気持ちです。(本当は誰かや何かのせいにできたらいいのにな…とも感じつつ)
うまくいかなかった経験や否定された記憶が重なって、“どうすればいいのか分からない”という状態が続いていることの苦しさは、私も似通ったところがあるので共感を覚えながら、それでもあなたはその中で何度も変わろうとしてきたことや、どこかに居場所を見つけようとしてきたのは紛れもない事実で、そこにあなたの地力の強さを感じているところもあります。そう簡単に整理できるものではないかもしれませんが、こうして自分の言葉で心の内にあるものを外に取り出すことがあなたにとって少しでも心持ちが違うようであれば、またいつでも死にトリを訪れてほしいですし、そのままの声を私は受け止めたいと思いました。
感想1
読ませていただきました。あなたの文章の端端に、人やこちらのことを思いやるような気持ちを感じています。人の顔色を伺ったり、人に謝ることが当たり前になる程、親御さんの顔色を伺って生きてこられたのではないだろうかとそう思わずにはいられませんでした。
虐待と呼べるほど行きすぎた厳しすぎるしつけと、続いた暴言にあなたの親御さんの不安定さを感じています。あなたが書いた手紙で心を通わし泣きあった時間を思えば、再度親御さんの暴言が始まった時のショックは(特に子どもにとっては)とても大きいものだったと思います。
「人間ってやった側は忘れる」とあなたが冷静に言葉にできるほどに、親御さんが同じことを繰り返してきたことを想像しています。とても激情的な親御さんから、その時に抱えていたストレスや不満をあなたにぶつけているようにも感じました。一番上の子に対して初めての子育てで親は厳しくなりがちだと言うことも聞いたことがありますが、そうした親の態度の変化には、子どもは敏感に察知しますし、比べたくなくても兄弟姉妹と比べてしまうことはよく起こると思います。しかしながら、あなたの受けてきた理不尽を思えば、なぜあなたに対してはあんなに厳しかったのか、なぜ今はそこまで子供達に対して厳しくないのか、直接聞いてみたい気持ちになりました。
辛い小学校時代を経て、出会った先輩、4人のイツメン、また部活のことなど良いことも辛いことも経験しながらの今があると思います。小学校の頃も、中学のこれまでもあなたなりに一生懸命やってきたのではないでしょうか。尊敬する人や、友人や、先輩たちと出会えたことは紛れもなくあなたの力だとわたしは思いました。一期一会、或いは幸せはずっとは続かないとはよく言ったものですが、あなたにとってはそんな人間関係の変化や裏切りの苦しさが人一倍大きいもののように思えます。
もしかしたら、先輩や友人に対して家族のような安心や安らぎを求めているのかもしれないなと、そんなことを感じたのですがどうでしょうか(違っていたらすみません)。もしかしたら、今でも家族にはどこか安心しきれないものがあって、いつもどこかで自分の居場所を探されているようにも感じられます。今、その居場所を失って、どこにもないように感じておられることも・・。
どんなに完璧に見える人も欠点があるものですが、それでも、あなたが仲良くなれた人がいること、尊敬する人ができたことは、あなたの力です。そう思える人が今、あなたの身近にいなくなっても、そう思える人に出会える力はあなたにあるからこそ、諦めずにアンテナを持っていてほしいと思う気持ちです。