経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

普通に生まれてたら

普通の人、わたし以外の人みんなに聞いてみたいことがあって書きました。
汚い話です汚い人の話。

記憶にある限りずっと性的虐待みたいなことを受けていました。
うちは毎日、お父さんがお風呂場に一緒に来て、身体チェックというものがありました。
ひとしきり上から下まで何でもされていました。今日もありました。
お父さんが家にいる時はほぼ必ず身体チェックがあります。

んで、正直それは問題ではなくて。
1番の問題は、私がそれを嫌だとか気持ち悪いとか、思ったことが無かったことなのです。
大人になって、それがどういう行為か分かってからも、別に、何も思ってないのです。

中絶は2回しています。
看護師さんに、これも命だから…とか言われてもぴんと来ないのです。
しょうがないじゃんと、うちのデフォルトこれなんだからと。

そんでもって、今私は風俗嬢です。
週に1.2回出て、たまに出稼ぎに行って、そしたらうちの大黒柱にはなれてます。

なんか分かんないんですけど
普通、そういうことされたら嫌じゃないですか。
それで逃げる人がいたり、男性が無理になったりするのが普通じゃないですか。

もし全く同じ環境だったとしても
私以外の人が、私の人生を辿ったら、やっぱおかしいなって思えますよね。
どのタイミングで思うのでしょうか。
身体チェックなんぞ、小さい子だって、行為の名前を知らなくたって気持ち悪いのでしょうか。
それか、それがそういうことだとわかった途端に何か感じるのでしょうか。

この親にしてこの子ありとか言いますけど
私はそういうことが好きなのでしょうか…
知らんがなですわね。すみません。

更生するタイミングを失ったまま、結構な大人になってきてしまいました。
生まれた時から汚ないと、こんなんなっちゃうらしいです。
小綺麗な人に生まれたかったです。

まぁ別に明日も働くし、全然お風呂に誰入ってきても何とも思わないけど。

おわり。

感想1

こんにちは。一応「女性」という扱いで、あなたとは違う人生を送ってきた人として、読んで思ったことを書いてみたいと思っています。
まず「嫌だとか気持ち悪いとか、思ったことが無かった」ということについて、あなたがいまも父から性的な加害行為を受けていたら、嫌だと思えないのも無理はないのではないかと思いました。むしろ感じないこと・麻痺させることで自分を守ってきた面もある気がします。
私自身の経験として、身近な人の暴力や支配の中にいたときよりも、物理的に距離を置いて、だいぶ時間を置いて、はじめて嫌悪や怒りが感じられるようになった経験があります。
とくに性虐待は力関係に基づくもので、支配する側、される側の構造の中では、弱い立場の人も強い人に従うことが当たり前にさせられてしまうことが多いと思います。(それは加害する側と、それが放置されてしまうことの問題で、あなたのせいではないです。)
渦中にいるからこそ心を自動的に麻痺させることはあるし、それは、あなたの苦しみを少しでも遠ざけるための、あなたの心身の機能のようなところもあるのかなと想像しました。それはあなたがあなたの持てるものを駆使して、なんとか生き延びてきたということだとも思いました。

それから、私も……と言っていいかわからないですが、私はいわゆる「貞操観念」みたいなものがイマイチわからないでいます。性的な行為を特別なことだと思うのがむずかしいという感じがあります。ちなみに性風俗で働いていたこともあります。でも、どのようなあり方でも「汚い」とか「おかしい」ということはなくない?と私は思っています。もしかしたら、「汚い」ってこれまで言われたことがあったのでしょうか。もしそうなら、その相手全員に、私がかわりに言い返したい気持ちになってしまいました。(勝手にすみません……。) 世の中で、とくに女性に対して「性的なことに抵抗しないほうが悪い」とか「普通は好きな人としかしたくないもの(だから普通じゃない)」とかいういっそ不気味な価値観が、21世紀にもなって残っているのが、この社会の一員として恥ずかしく思います。もちろんそういう人もいるし、違う人もいるのだから、どんなふうに感じてもいいはずです。

ただ、同時に、あなたが幼少期から日常的に性暴力の中にあり、暴力や虐待を拒む力を奪われてきたという側面もやっぱりあるんじゃないかな……と文章からは感じました。そう考えると、私は暴力や性虐待からあなた物理的に離れられる道はないかなと勝手に考えてしまうのですが、それもそんなに簡単なことではないのかな、とも感じます。なんだかとても悔しいです。死にトリにこの経験談を送ってくれたとき、あなたがどんな気持ちだったのかなぁと思いを巡らせていました。投稿ありがとうございます。

感想2

私は多分あなたとちょっと似ている人で、幼少期に父や親戚から性的虐待と取れる行為を受けていました。感触が気持ち悪いとか、臭いとか五感の気持ち悪さはあったものの、嫌だという気持ちはとても薄かったか、無かったと思います。とにかく何をされているのか理解できなかったですし、逃げることもありませんでした。むしろ「構ってもらえているんだから喜ばなきゃ」という気持ちさえあったと記憶しています。
成長してそれがどうも普通のことではないらしいと気が付いてからも、ややしばらくは何とも思えませんでした。いま、家族からひとり離れ、落ち着いた環境に身を置いて、人の話を聞いたり色々な本を読んだりして、やっと「あれは不当なことだった」という実感が植えつけられたという感じです。しかし、世間一般にそれがおかしいとされていなければ、そのことを知らないままでいたら、そのことについて深く考えなければ、何とも思わないままだったのではないかという気がします。

よそからの言葉を取り込んだのか、自分の中にその感覚があるのか、何回も「汚い」という言葉が出てきて、胸がキュっとしました。なんにも汚くないです。
この社会には、性暴力を受けた人に対して恥の感覚を刷り込む雰囲気が蔓延していると思います。被害者は必ずと言っていいほど相手に抵抗したかどうかを気にされ、抵抗できる状態なのにしなかったのならそれは落ち度・恥と見做され、自己責任の問題に転嫁されてしまう現状があると感じます。でも、上手く体が動かないこともあるし、その場では何が起きているのか分からなかったり、抵抗する気が起きない場合もあります。小さい頃からそれがデフォルト・普通のことだったあなたには、疑問は差しはさむ余地も、抵抗する選択肢もなかったのではないかと想像しています。そうだとしても、それはとても自然な心の動きでこそあれ、おかしいと言われることではないと思います。
でも、今、成長するにつれて知った「普通」とされている感覚とあなた自身の感覚との齟齬、葛藤があるのではないかなと思っています。「普通」とされていることに無理に合わせるのではなく、何を嬉しいと思うのか、何を嫌だと思うのか、何がしたいのか、今のあなた自身の感覚や気持ちを大事にしていったらよいのではないかと考えました。と簡単に言いますが、これは結構難易度が高いことだと自分の経験からも思っています。
ただひとつだけ、行為や中絶の身体への負担が心配になりました。やはり、多少なりとも身体へ負荷がかかっていると思うので、どうか無理はしないでほしいと強く願っています。

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