経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
中学生の頃から、自分の容姿にコンプレックスを抱いてきました。
そんな自分を少しでもカバーできればと思い、勉強に打ち込み、志望していた高校や大学に進学することができました。
しかし大学には、勉強もできて容姿も整っている人が多くいて、自分と比べてしまい、次第に通うことがつらくなりました。優しい友人の支えのおかげで、どうにか卒業することはできましたが、その後、整形に手を出しました。
最初は二重整形でした。これまで一度も彼氏ができたことがなかったのに、整形後に彼氏ができ、舞い上がってしまいました。そこから整形はエスカレートし、借金をしながら何度も繰り返すようになりました。昼のOLの仕事だけでは返済が追いつかず、風俗も経験しました。この出来事は、今も私の人生に大きな影を落としています。
ある日、このままではいけないと思い、心理学の本を読み漁りました。少しずつ自分と向き合い、整形を繰り返す癖はなくなり、借金もすべて返済しました。
それでも、親から「顔が変わってショックだった」と言われたことは、今も心に残っています。
年齢的に結婚を考えることもあります。彼氏が一時的にできても、整形のことを打ち明けたら嫌われるのではないかと不安になり、深い関係になる前に自分から身を引いてしまいます。
これまで恥ずかしいと思っている経験をしてきた私は、愛される価値があるのだろうか、と考えてしまうのです。
それでも、いつかはありのままの自分を誰かに受け入れてもらい、自分自身も自分を愛せるようになりたいと思っています。学歴や容姿で自信のなさを埋めようとしてきたけれど、ありのままの自分を愛することの大切さに、ようやく気づきました。
いつか、誰かに整形のことをカミングアウトできる日は来るのでしょうか。
昔からの友人たちは、きっと気づいているのに何も言わずにいてくれる。その優しさに、救われている自分もいます。今後の人生をかんがえると、ぐるぐるしてしまいます。
感想1
投稿ありがとうございます。
整形に対する社会の目というのは、いまだ強く反感をあらわにしているように感じますね。個人的には、当人のコンプレックスはそれ以外の人には推し量れないものだと思いますし、それを改善しようと前向きな気持ちでいること、また行動を起こせることは果たして悪いことなのか…?という気持ちもありますが、一方で親族の方々の気持ち等々も理解できる…という感じです。あなた自身もそういったことが分かったうえで悩みに悩んで、悩みぬいた果てに整形という選択をされたのでしょうか?それほどあなたにとって大きなコンプレックスだったんだなと感じました。
韓国では整形がかなり一般化してきているように私には見えていますが、まだ日本ではそれほど良く思われていないように思います。日本の文化的な側面があるのでしょうか…いずれにせよ「ありのままの、自然な姿であるべき」という、今までの社会が作り上げたイメージが強く根付いていることは個人的にはとても生きづらい事だと感じています。
人と比べ、コンプレックスだと感じることはおそらく多くの方が通る道だと思います(私もそのうちの一人です)。そのコンプレックスを克服しようとする動きが社会のイメージによって抑制されること、その抑制を振り切ってコンプレックスを克服できたとしてもまた社会のイメージによって抑圧されてしまう…まるでその人がよくあろうとすることが悪であるかのように見えてしまう現状には個人的に大きな疑念があるように感じています。
整形を打ち明けること、現代においては勇気のいることだと感じます。深い仲になる前にあなたから身をひいてしまう気持ちも、もし私があなたと同じ立場にいたとしたら、なんとなくですが頷ける部分はあると感じます。ただ、整形を打ち明けたことで、あなたとのかかわり方が曇ってしまうくらいのパートナーさんがもしいたとしたら、それはあなたにとって将来的に幸せを感じることはできない相手なのではないかと、私はどうしても感じてしまいます。整形が社会にとってあまり良くないものと映っているとしても、美しくあろうとした事はもっと胸を張っていいことではないかと、私は感じました。
感想2
ぐるぐるしてしまうとありましたがかなり整理された文章だという印象を受けました。あなたがこのように解析して文章にするまでに、途方もない自己理解の道があったのではないかと想像しました。
私は整形は全然ダメではないし、当然誰にでもその自由があるように思います。ただ現実問題、整形に駆り立てられ続ける背景には苦しさがある場合もあり、それによって思考の自由が奪われていることも少なくないように感じます。そして、それを掻き立てるようなルッキズムや商業主義には大きな課題があるように思います。
文章から、あなたはきっと真面目で努力家なのだと思いました。だからこそ心が擦り切れてしまうような心地になることもあるのかなと想像しています。
この世の中には「成長すべき」「よりよくなるべき」という呪縛があるように思います。その中では、勉強で成果を出すことも整形で容姿を変えることも、とても真正面から「課題」を見つけ克服するような出来事といえるのかなと感じました。もちろんそれらの出来事が否定されるべきだとは私は思いません。ただ、この構図があまりに強い社会では、その中に人を置く限り、人には一過性ではない「自己受容」がむずかしくなるという構造的欠陥があるように私は感じています。なぜならこの構造は、他者との局所的な比較を促し、理想のゴールを更新させ続けることで成り立っていると思うからです。
あなたが「このままではいけない」と思い心理学を学んだことも真正面からの対処とはいえそうですが、これまでの努力とはすこし違い、「理想」ではなくあなた自身のことをわかろうとするアプローチだったのかなと思いました。私自身も精神疾患や依存症などの課題を抱えて生きてきて、心理学や精神医学の本を読み漁り自己理解を深めようとしてきたので、勝手に仲間意識を感じています。
私は整形の経験はないのですが、たとえば街に出るときには色々とアクセサリーをつけていくと少し防御力が上がる気がするし、ただそこにいるだけで「見た目」による影響を感じることはよくあります。その背景に、私たちの社会には勝手に人をジャッジする圧力があると思います。そして、残念ながらまだ世の中には整形への偏見が残っているようにも感じます。だから「秘密」になってしまい、隠す/カミングアウトの二択に狭められやすいと思うのですが、個人的には無理にカミングアウトをする必要もないと思います。ただいつか、あなたが言ってもいいなと思う相手がいたときに、伝えられるような状況や関係やあなたの心があるといいなと思いました。それまでのあいだにも、あなたが自分をジャッジする眼差しを気にせず、すこしでも気を抜ける瞬間があるといいなと勝手ながら思っています。
感想1
投稿ありがとうございます。
整形に対する社会の目というのは、いまだ強く反感をあらわにしているように感じますね。個人的には、当人のコンプレックスはそれ以外の人には推し量れないものだと思いますし、それを改善しようと前向きな気持ちでいること、また行動を起こせることは果たして悪いことなのか…?という気持ちもありますが、一方で親族の方々の気持ち等々も理解できる…という感じです。あなた自身もそういったことが分かったうえで悩みに悩んで、悩みぬいた果てに整形という選択をされたのでしょうか?それほどあなたにとって大きなコンプレックスだったんだなと感じました。
韓国では整形がかなり一般化してきているように私には見えていますが、まだ日本ではそれほど良く思われていないように思います。日本の文化的な側面があるのでしょうか…いずれにせよ「ありのままの、自然な姿であるべき」という、今までの社会が作り上げたイメージが強く根付いていることは個人的にはとても生きづらい事だと感じています。
人と比べ、コンプレックスだと感じることはおそらく多くの方が通る道だと思います(私もそのうちの一人です)。そのコンプレックスを克服しようとする動きが社会のイメージによって抑制されること、その抑制を振り切ってコンプレックスを克服できたとしてもまた社会のイメージによって抑圧されてしまう…まるでその人がよくあろうとすることが悪であるかのように見えてしまう現状には個人的に大きな疑念があるように感じています。
整形を打ち明けること、現代においては勇気のいることだと感じます。深い仲になる前にあなたから身をひいてしまう気持ちも、もし私があなたと同じ立場にいたとしたら、なんとなくですが頷ける部分はあると感じます。ただ、整形を打ち明けたことで、あなたとのかかわり方が曇ってしまうくらいのパートナーさんがもしいたとしたら、それはあなたにとって将来的に幸せを感じることはできない相手なのではないかと、私はどうしても感じてしまいます。整形が社会にとってあまり良くないものと映っているとしても、美しくあろうとした事はもっと胸を張っていいことではないかと、私は感じました。