経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

過去に支配される

私の母親は、3回かわりました。

自分を産んだ母は、当時5才前後の私のことをベランダから突き落とそうとしたり、ストーブに押し当てたり、包丁を持って追いかけたりしました。

2人目の母は、面倒をみるのを拒みました。
ご飯も洗濯も掃除も全て自分でする。風邪をひいても病院には連れて行ってくれない。自分で薬を買って自分で治す。なのに、勝手に宝物を捨てられたり、学校で必要な道具も捨てられた。悪くなくても罰金を取られ、反省文をかかされた。
小学校では、それをきっかけに仲間はずれや無視をされるようになった。
独りだった。初めて、9才にして死にたいと思ってリストカットした。

疑問だった。
仕事ばかりの父はこの状況をなんとも思わないのか。

しばらくは、祖母と父と兄と暮らした。

父への違和感は、次第に確実になっていった。塾代、部費、大学受験の費用、時間、全て私に使うのはもったいないらしく気に食わなければ殴られた。暴言を吐かれた。「お前なんか体でも売って金を稼ぐしかないんだ。」「馬鹿に価値なんかない」その言葉を私はどう受け止めたら良いか分からなかった。
単純に、父は私越しに父親という社会的立場のある自分を見ているんだと思うようになった。

私は、この状況で何も感じたくなくて、自分の意思を持つことも意見を言うことも、人と語り合うことも、この環境がおかしいということを知られることも全部、全部嫌で、どんどん自分を殺して息を潜めて生きていくしかなかった。

みんなそれぞれの事情があってそうせざるを得なかったのかもしれないけど、そのせいで私は愛されている自信が持てない。私が私を肯定する力が持てない。

みんなは、大人で愛されて育ってから、ちょっとした感情の揺れでした行動で、あんなことしてごめんねですむとおもってる。
まだ、精神も未熟な子供に対してした事は忘れて。

私には、許すという選択肢しかない。そうじゃなきゃ私がみんなのいい子でいることはできない。

でも、今でも生きるのが怖くて怖くて仕方ない。
孤独を理解してもらうのは怖くて、信頼していても死にたい気持ちや、生きづらさを話すことはできない。

社会人になって、3人目の母ができた。
その母は、あなたのお父さんは不器用なだけでちゃんと想っているよと言ってくれた。
どうしたらいいのかわからない。
私は、いつまで立っても家族と連絡を取るだけでも1週間は時間がいる、息が苦しいのにどうやってフランクな関係になれると?

もう、色んな気持ちがぐちゃぐちゃになる。

社会人になって、これまでの経験は色んなところでフラッシュバックするようになった。
電話が鳴った時、ミスをした時、お客様とのコミュニケーションをとる時、上司と話をする時、プレゼンをする時、色んな時に不安な気持ちがよぎる。息が苦しくなる。もっと愛されていたらこんな風に、あの人みたいに、好かれる人になれたのかな。上手に会話ができたのかな。そんな劣等感ばかりの気持ちに支配される。

時間が経って、物理的に距離ができて、それでもどうしても、過去に支配されていている。
切り離したくても離れてくれない。
もういっそ初めから産まれたくなんかなかった。
殺しておいてくれてよかった。

生きるのに心底疲れた。

感想1

過酷な幼少期を過ごして社会人になるまでそれぞれの母親との過酷な日常、そして母親が変わって関係を築くまで、父親からの暴力…そのどの瞬間を想像してみてもあなたを強く揺さぶるダメージと影響を与えてきたのだと私は感じました。あなたはそれを非常に客観的に投稿文としてかいてくれました。違和感や疑問をもってきたこと、その都度の判断や対処などから考えるとあなたは元々地力がある方なのだと私は感じました。特にあなたが父親を見る視点や徐々に自分を殺して息を潜めて生きてきた経過を想像するとかなり色々なことが親よりも広く深く見えていたのかもしれません。子ども時代のどこかの時点で大人を追い越していたといってもいいのかもしれません。かなりのことを理解しながらもそれを押し殺して大人に合わせて子どもを振舞いながら生きてきたのかなと。勝手な想像だったらすみません。
ただ、子どもは本来尊重され安全を保障されながら大人になるための土台を築く必要があります。それにも関わらずあなたは否定や暴力を受けてきたのですから、社会人になった今もふとした様々な刺激で感情が引き出され、固まるような反応が出てくることは無理もありません。以前にトラウマ関連の本で読んだ「出来事はいくら過去になっても感情は“今”のままだ」という言葉を思い出します。
ただ、不思議とあなたはあなた自身を手離していないと感じる私がいます。あなたが客観視できているからそう思う部分もありますが、自身を守る力や自分はもう安全なんだと認識し回復しようとする人間本来の力が残っている…そんな風に私は感じたのだと思います。
支配はまだ続くかもしれません。切り離せないことにどうしたらいいのかこれからもわからなくなるかもしれません。でもここに書いてくれたあなたの内面には本来のあなたが垣間見えました。言葉にすることで人は力を得たり、疲れている心が充電されるのだと私は感じています。今は安全にお話できる電話やSNS相談もあります。あなたの言葉を“話す”ことは心から一時でも苦しさを“離す”ことにもつながります。一時でも支配から解放されると表現してもいいかもしれません。
あなたの投稿は過酷なものだけれど、少なくても私はあなたとこうやって言葉を交わせたことは貴重な時間でした。
ありがとうございました。

感想2

あなたを産んだ母親の、不安定さやヒステリックさ、その荒波の中で5歳のあなたがどれだけ怯えながら生きていただろうと想像しています。母を怒らせないために、母が怒らないように幼いながらに立ち回っていたのではないだろうか。3〜5歳くらいの経験が、記憶として残り始めると言われているそうですが、つまり物心ついた頃のあなたの記憶はそこから始まっているのではないかなと思っています。

母親に子育てする能力がないと判断されたのか、父親があなたを引き取った時、そしてあなたが母と離れることを決意した時、あなたはどういう気持ちだったのでしょう。母から離れられるという思いか、母を見捨てるような思いか。もしかしたら寝てる間に運ばれて、あなたが自分で決断する前に母と離れた暮らしが始まっていたのかもしれません。

「父は私越しに父親という社会的立場のある自分を見ているんだと思うようになった。」まだ成人もしていないヒトがこんな風に感じ取ることができることがいかに凄いことか、何度読み返してみてもそう思います。2人目の母はあなたを拒んだというよりは、前妻との関係とその部分を持つ父への拒絶感のようにも感じられたり、父の暴言や暴力も父の人生のうまくいかなさを、あなたに当てつけているようにも感じました。

そう考えると3者の大人があなたに対してしてきた行動は、どこか自分自身が抱える課題や問題やストレスをどこかあなたへ責任転嫁もするようなことでもあるのではないかなと思います。それも自分より弱い人間へ、抵抗する力もほとんど持てない小さなあなたへ。

ちょっとした感情の揺れでした行動、あんなことしてごめんねで済むことではないし簡単に許せることでもないし。みんなそれぞれの事情があったって、それはそれぞれの大人が、それぞれの力で解決すべき課題や問題があったのではないかなと私はそう思いました。

故意的な嫌がらせや、他意のある暴言暴力は「自分は必要とされていない、自分には価値がない」と思わされてしまうのに簡単な材料です。「そのせいで」と語られるあなたの言葉がどれだけ本当は、家族に伝えたいことなんだろうなとも思いました。

あなたがあなたの言葉で語ること、いい子なあなたでなくてもいいから、本当のあなたの気持ちに耳を傾けて、受け止めたい気持ちです。

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