今年の1月末に在宅介護していた父が亡くなりました。口からご飯が食べられなくなり点滴のみで日に日に痩せていく父を介護するのはいっそ私が父と代わってあげられたらと思う日々でした。入院は最後まで首を縦に振りませんでした。私も胃ろうつけられて寝たきりになってそこまでして生きているのは父も辛いと思いました。去年の夏までは自転車で買い物したり散歩もしていた父が11月からは歩けなくなりトイレも壁につかまりながらヨタヨタしている姿を見てなんで急にとショックでした。それから在宅介護が始まり12月に余命宣告1月末まで持つか持たないかぐらいだと主治医に言われました。余命宣告通り1月末にこの世を去りました。私はひとりっ子で独身50代後半無職でした。生前父は俺が死んだらお前はひとりになるそれを思うと夜も寝られず涙が出ると言ってました。毎晩泣いてるとも言ってました。私も短期派遣や契約社員アルバイトパート正社員としていろんな仕事してきたので全く働いたことがないわけではありません。リーマンショックコロナ精神面の弱さで結局無職でした。父は非課税の年金所得者です。預貯金も財産もありません。私も多少の借金もあり父亡きあと今年3月からまた派遣で働いています。が緊急連絡先がない身元保証人もいないのでこれから先は働くことも難しくなるかも知れません。今の派遣先も2ヶ月更新なのでいらないと判断されれば簡単に切られてしまいます。いっそ死ねたらとも思いますが、生かされています。父が亡くなり私には守ってくれる人はいなくなりました。母親も再婚先で亡くなりました。父を介護中に生活保護の相談したのですが私が12月までアルバイトしていたのでその給料が1月に入ると父の年金とあわせても保護費の金額をこえるから今申請しても通らないと言われました。家賃光熱費父の病院代金など多少の貯金数万円と自分のバイト代のために保護も受けられない毎日寝ずに父に付き添いもしかしたら2月まで持つかも知れないと言われてオムツバット介護用品レンタル代金など訪問診療訪問看護代金など福祉は福祉じゃないんだなぁと思いました。直葬で父の葬儀を済ませ遺骨を拾い人間ってこんなにあっけないんだと思いました。毎日泣いてはやく迎えに来てとお骨に手を合わせています。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
父親を看取り生きていくのが辛い
感想2
介護から看取りまでを一人で担ってきたことの身体的、精神的、経済的な負担を想像し、胸が詰まりました。心身を十分に休める暇もなかったのではないかと思いますが、それでも自分の日々の生活も維持していかなくてはならないこと、避けられない毎日というものがまるで津波のように押し迫ってくる感じがしました。
お父さんを看取ったことの喪失感や孤独、悲しみなどの上に、経済的な不安が容赦なくのしかかっている現状を生きていくのは、しんどい・辛いどころではない切迫感があると思います。この状態で不安定な労働をこなしていくのは、なお体力もメンタルも削られるのではないかと心配になります。あなたの感じた「福祉は福祉じゃないんだなぁ」というのと同じ思いになりました。相談や手続きにも時間や体力などのある種の余裕が要りますし、いよいよ本格的に危機的な状況になってからでは全く意味が無いのに、と思いました。
今月から働いているということですが、心身の調子はいかがだろうかと思っています。辛さ、苦しさを感じたら、いっぱいいっぱいになる前にぜひまたここに書き込みに来てほしいです。
感想1
昨年から自分の意思には関わらず、辛い場面や判断しなければならないこと、そして父親の気持ちを汲み取ることや変わりゆく姿を受け入れなければならないことなど、目まぐるしく心休まる日々が無かったと思います。誰かのための生活から自分一人の生活への切り替わりは寂しさを感じやすく、父親の残した言葉が拍車をかけ孤独の真っただ中にいることを想像します。個人の頑張りだけで生活をすることが前提となっている世の中は、必要な時に手の届かない福祉になってしまっているのかもしれません。公的扶助は就労可否で判断され、その就労には契約が必要となり緊急連絡先や身元保証人が必須となる。ぐるぐるとたらい回しのような世の中の仕組みに、個人の人生が翻弄されてしまっている、あなたの経験談を読み憤りを感じます。守ってと宣言しないと守ってもらえない世の中に納得はしていませんが、そう宣言し行政に駆け込むための体力はどうか残しておいて欲しいと祈るような気持ちです。