経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

良い先生になりたかった

教員採用試験に合格したとき、私は笑っていなかったと思う。その時の気持ちを表現するなら、浅ましい安堵と、大いなる不安。これで就職活動をしなくて済む、でも、教師なんてできるわけない。
 教師を志したのは、中学一年生のとき。私はいじめられていた。今思えばいじめの原因はいくらでも思いつく。私は見た目が良くなかったし、何より性格に難アリだった。人の気持ちが分からないくせに、目立ったり褒められたりすることが何よりも好きだった。小学校入学前に、ASD(自閉スペクトラム症)の傾向があると言われたけれど、診断が付く前に通院をやめてしまった。
 どうしていじめられていたのかも知らぬまま、私は教師を志した。「学校は楽しくないから、もっと面白い場所にしよう」 
 高校に進学しても、夢は変わらなかった。周りも私の夢を応援してくれた。中学生のときは勉強ができなかったけど、高校は同じくらいの学力の子が集まるから、二年の後期にはクラスで一番になった。部活でも活躍して、学校内で二人しかなれない奨学生にもなった。友だちもいて、みんなから尊敬され、信頼されていた。思えば今までの人生で、一番充実していたと思う。ただ、一方で当時の私は、劣等感の塊でもあった。見た目を異常に気にしていて、見た目に関する言葉に酷く敏感だった。それは、見た目をからかわれ、いじめの標的にされた中学時代のトラウマが原因だった。
 しかし、大学に進学し、化粧を覚えると、見た目に対する劣等感は薄れた。同時に、自分の劣等感のために、傷つけるようなことを言ってしまった人たちに、申し訳ないと思った。
 大学時代、学力はそこまで良くなかったが、かといって低くもなかった。他県での一人暮らしは楽しかったし、友だちも一緒だった。けれどこの時から、自分の発達特性に、なんとなく気が付き始めていた。
 友だちに言われた。「距離、近くない?」
 何も意識していなかった。ただ、私は友だちと話すとき、一緒に歩くとき、無意識に距離を詰めていたらしい。パーソナルスペースというものが、私にはどうやら分からないらしかった。
 それから、私は他の人に比べて、忘れ物や失くしものが異常に多いことも分かった。思えば子どもの頃から、学校から上靴のまま帰ったり、家族旅行中にリュックを失くしたりなどしていて、その傾向はあった。子どもだからだと思っていたのに、大人になってもなおらなかった。
 この特性に気がついた私は、将来への不安も相まって、次第に心を病んでいった。私は普通じゃない。どこかおかしい。そんな人間が、本当に教師になれるのか。
 その頃から、人の視線が気になるようになった。みんなが私を笑っている気がする。頭がおかしいと思っているに違いない。私はおかしい。見た目も、中身も。
 教師になりたい。その夢は、信念から惰性に変わった。心が病んで、他の進路に目が向かなかった。インターンに行かず、教育実習に行った。面接練習は、教員採用試験に特化したフォーマットで行っていた。もう後戻りはできない。今更、進路を変えることはできない。
 死のうと思った。それしかない。いつも、死ぬことしか考えられなくなった。
 教員採用試験を受けるか悩んだが、受けることにした。私に期待してくれていた母を悲しませたくなかったからだ。合格したら教師になる。不合格なら諦める。それで納得してもらった。
 だが、冒頭にあるように、私は合格してしまった。試験は一応、真面目に受けた。途中で勉強を辞めてしまったし、アルバイトの面接もパスできないようじゃ、どうせ合格しないと思っていたからだ。
 じゃあお前は惰性で教師になったのか、と言われれば、そうでもないと言い訳はしたい。「教師になる」と言ったら、周りの人たちが、また私を認めてくれるようになった。見た目も中身もおかしい、生きる価値のない人間だと思っていた私には、これがいい薬になった。
 気持ちを持ち直した私は、なったからには良い教師になろうと努めた。学校を面白くしたい。授業を面白くしたい。
 結果は、大失敗。私には、基礎が無かった。一年目なので当然ではあるが、私には、同じ教科の指導員がつかなかった。私に、私の担当する教科のノウハウを教えられる人間は、誰もいなかった。私は教育大の出身ではない。だから、教わらなかったことが沢山あるんだろうか。そう思ってからは、自分が教育大の出身者でないことに、劣等感を抱くようになった。
 それから、ここに来て、自分がおかしい人間だということを、嫌という程思い知らされた。
 コミュニケーション能力が低すぎる。生徒とは話せたし、歳が近いのもあって、話題には困らなかった。だが、職場の先輩たちとの会話はどうも苦手だった。雑談に入っていけば、的外れなことを言って周りを困惑させ、自分を注意する先輩の言葉には、必要以上に傷ついた。
 そのうち、ほかの先生と会話をするのが怖くなった。
 教師の責任は重い。人間の人生そのものを背負っている仕事だと言ってもいい。それは、中学時代いじめにあい、そのトラウマを抱えたまま大人になった自分がいちばんよく分かっている。
 ただ、そのプレッシャーは重くのしかかってくるのに、周りに頼ったり、相談したりすることができなかった。もちろん、生徒のことで気になることがあれば相談した。私の人柄を信用して私だけに悩みを打ち明ける生徒もいたからだ。
 だが、自分のことは上手く相談できなかった。
 授業が上手くできない。それでも上手くやろうと努力し続けなければ。生徒の人生に関わることだ。でも、誰も教えてくれない。他の学校に授業を見に行ったこともあったし、研修にも参加した。だけど、決定的な基盤にはなってくれない。授業のやり方が分かるだけじゃ意味が無い。成績の付け方、テストの作り方、採点の仕方。勇気を出して、他教科の先生に教えを乞うた。それでも、上手くできない。
 授業だけではない。電話や来客の対応、出前授業の手配、文書や報告書の作成……仕事は沢山押し寄せてくる。それでも、他の先生に比べればほんの少しの仕事だ。全部覚えなくてはならない。一年目で既に一人前にならなければならない。二年目からはちゃんと学校の戦力にならなくてはならない。教師にとっては生徒が入れ替わるだけでも、生徒にとって中学校生活は一度しかない。
 周りの歳の近い先生はしっかり自分の仕事をこなしている。それなのにどうして私はできないんだろう。
 そのうち、学校を休みがちになった。やる気はあるのに、体が動かなかった。出勤しても、ぼんやりして仕事ができなかった。
 授業中、誰よりも時計を気にするようになった。生徒よりも、教師である私が、終わりのチャイムを待つようになってしまった。
 
 転職を考えてエージェントに相談したこともあった。だけど、そのうち、
責任の伴わない仕事なんてないんだと気づいた。ここで責任から逃げてしまったら、他の場所に行っても逃げるだろうと。
 生徒の前では笑い、誰も見ていないところで泣く日々が始まった。そのうち、生徒の前で笑っているのも限界になった。だからできるだけ生徒と顔を合わせないようにした。授業のときだけ現れて、フラフラになりながら授業をする先生。
 ここまで私の視点から書いたから、私を可哀想に思うかもしれない。だけど、私は、周りから見ればやはりおかしい存在だ。ろくにコミュニケーションも取らず、辛い辛いと学校を休み、周りに迷惑をかける。些細なことで泣き出して、授業に行かないこともあった。そして生徒から見ても、私はおかしい。授業の内容は必要最低限の薄っぺらで面白みもない。フラフラになりながら教壇に立って、何度も噛みながらたどたどしい授業をする。簡単な漢字も書けない。
 私は学校にとってなんだろう。学校にとって邪魔者以外の何者でもないんじゃないか。
 思い返せば私は楽ばかりしてきた。高校は偏差値の低いところ選び、大学も合格できればどこでもいいと、惰性で決めた。教師になったのも……
 自分の気分に振り回されて、怠けて、甘えて、何一つ考えなかった。
 発達特性を言い訳にしたくはない。だけど、この特性がもっと早く分かっていれば、無駄に傷つかず、無駄に高い理想を抱くことも無かったと思う。
 職員室で、数名の生徒の名前が上がる。「〇〇は自閉症の傾向がある。でも、あの振る舞いは無いんじゃないか?」「○○は今日も暗い顔をしていた。悲劇のヒロインか?」「不登校の○○は学校に来ないくせに漫画をを読んでいるらしい。じゃあ学校に来ればいいのに」
 全部、自分に言っているように聞こえた。生徒にそんなことを言うなら、私も同じことを言われているんだろう。同時に、その子たちを誰かが庇ってあげないと、分かってあげないと、なんて思ったりもする。何にもできないくせに。
 分厚い本で頭を殴る。自分は生きていてはいけない。学校の先生でいてはいけない。でも、学校の先生でないならなんの価値もない。自傷行為がやめられなくなった。「教師の責任は重い」自分を鼓舞し続けた言葉が、物理的に自分を殴っている。どう考えても、教育者のあるべき姿ではない。
 休職を考えた。一度心と体を休ませなくてはいけないと思った。けれど、それは現実的ではない。「この忙しい時期に休まれると困る。拒否はできないけど、人間だからみんなモヤモヤしてしまう」「今踏ん張れないならどこに行ってもやっていけないよ。多少の無理はしてもらわないと困る」それが、管理職の意見。
 学校に行けば自傷行為をしたい衝動に駆られる。だけど、出勤している限り、私は「普通に働ける先生」「普通に働ける社会人」として見なされる。ぼんやりして仕事ができなければ「この時間空いてたよね?何やってたの?」「今日そんなに忙しくなかったよね?何してたの?」と言われる。誰も、私が泣きながら首を絞めているなんて知らないし、言えるはずもない。思考は停止して、動けない日は本当に何もできない。ベッドから起き上がることができるのは、トイレの時だけ。
 よく周りから言われる。「辛い思いをした先生が、学校には必要」「繊細な気持ちが分かる先生が、学校には必要」
 その言葉だけが、唯一の希望のように遠くで小さく光っている。
 この危機から脱するための時間さえあればなぁと切に思う。でも、それは現実的じゃない。だから、死にたい気持ちを抱え続ける。
 これを読んだ人の中には「そんな先生が学校に居ると不安だから早く辞めて欲しい」と思う人もいるかもしれない。それは本当にその通りだと思う。だけど、教師からは逃げられないし、逃げた先には「死」しかない。
 本当は、良い先生で居たい。弱い立場にいる子たちを守ってあげたい。信頼される教員になりたい。だけど「多少の無理」ができない私に、希望はないのかもしれない。

感想1

経験談読みました。あなたが今までの人生を振り返りつつ、教師という仕事をしている現状の生活について詳しく綴られている印象でした。まず私が強く印象に残ったこととしては、あなたが周囲の人からどう見られるかという部分で苦しんでいることです。それには中学時代のいじめも関係しているかもしれません。また、劣等感によって自分に自信が持てないために、周囲の人の言動に振り回されているのかなと思いました。「『教師になる』と言ったら、周りの人たちが、また私を認めてくれるようになった。見た目も中身もおかしい、生きる価値のない人間だと思っていた私には、これがいい薬になった」という部分を読んで、誰かに認めてもらえることで生きる糧になったりやる気が出たりすることは、すごく大切なことだと思いました。一方で、あなた自身が抱いている無価値感を埋めるために、他者からの評価を求めている部分もあるように見えました。それが悪いことと言うつもりはなくて、でも無価値感があまりにも大きすぎると、それだけ他者の言動にも振り回されやすくなるように私には思えます。職場の先輩方に何を話せば良いのか分からなかったり、注意をされて傷ついたりすることも、そういった部分が関係しているのだろうか…と感じました。職場の先輩たちは距離が遠くて、何を話せばいいのか分からないという部分もあると思います。
何はともあれ、教師でなくてもあなたはあなたですし、「多少」以上の無理をして学校現場に向かっているのではないかと私は思いました。あなたのいる教育現場で、あなたの担当教科のノウハウを教えられる人がいなかったり、子どもたちが心にしんどさを抱えているのに「じゃあ学校に来ればいいのに」と言ったりしていて、あなたの場合はより孤独感が増しているのかなと思います。あなたが自分の発達特性(と思われるもの)に後ろめたさを感じているからこそ、余計にしんどいものがあるのかなと思います。人間だからこそ休みたくもなるし、相性もあるんじゃないかなと思います。

「教師の責任」という言葉も私としてはとても気になりました。私は教師になったことはないのですが、教育学部で教職課程をとり、教育実習に行き、教員免許を取得した身だからです。教育実習で上手く授業ができず、帰宅して泣いたことを覚えています。子どもの人生に対する責任を考えるとしんどくなるのは分かるなぁ…と勝手ながら思いました。私の場合は教師にならない選択をしました。
私が最近思うのは、親や教師に対して向けられる責任を問うまなざしが大きすぎることです。親も教師も人間なので、初めから完璧にできるわけではないですし、そもそも完璧ってとても難しくて、誰にもできないんじゃないかなと思います。一人ひとりに合う接し方は違うし、人間だからできないこともあると思います。あなたは「一年目で既に一人前にならなければならない」と追い詰められているように見えますが、すぐに一人前にならなくてもいいと思います。むしろ、人間って一生一人前にはなれないのかもしれません。私も実習に行って授業をしましたが、私は一生子どもたち一人ひとりのことを理解しきないし、完璧な授業はできないだろうなって思いました。それに、教師は特に授業時間内は一人で授業をしているわけですから、その責任が重くのしかかってくるのかなと感じます。学年担任制の制度なんかはそれを軽減する仕組みにもなり得るのかなぁと考えるところです。あなたが今いる現場の方針とはもしかしたら異なるかもしれませんが、力を抜きつつできる限りあなたの人生を生きてみるというのもアリなのかなと思うところです。あなたはこの経験を通して、あなたの人生を振り返り、あなた自身と向き合っているのかなと思いました。

感想2

経験談へ投稿いただき、ありがとうございます。

自身が経験したからこそ生徒への想い、良い先生になりたいという想いがあなたの中に強くあることが伝わってきました。
ただ、その強い想いもあって、あなたの中で、「先生として授業を面白くしなきゃ」「先生としてしっかりと生徒に向き合わなきゃ」「先生として〇〇も△△もできなきゃ」というようにねばならないという想いや押しかかる責任、プレッシャーが必要以上にどんどん大きくなっていき、あなたがそれに押しつぶされそう、または疲弊してしまった印象を受けました。

ですが、一方でそうやってあなたの中で教師としての想いが強くなるほど、中学時代の経験があなたの中で傷ついた出来事だったのだろうし、「過去の経験を経て教師になる」ということが、自身で感じていた「見た目も中身もおかしい」「生きる価値のない人間だ」という考えを「そうではない」と自分の価値を裏付ける心の支えのようなものになっていたのではないかと考えました。そして、「教師になると言ったら、周りの人たちが、また私を認めてくれるようになった」という経験から、あなたの中で一層、自分の存在する価値が「教師であることだ」と一層自分の価値についての考えを強化したように思えました。

だからこそ、そんな経験もして、唯一自分が存在してもいいと思える理由だったのにも関わらず、自分自身が理想としていた「先生」にはなれていないと今感じているからこそ、自分に対して、どうしても許せない気持ちになってしまったり、嫌悪感だったり、自身の価値を感じられなくなってしまっているのかなと思いました。

ですが、今回、客観的に読ませていただいて、私は教職員としての経験がないのでわからないことも多いのですが、あなたが書かれた業務はとても私には膨大に思えましたし、同じ教科の指導員がつかなかったということなので、その膨大な業務をわからないなりにやるというのは、「良い先生」として正しさを求めるあなたにとってはとても苦痛や不安、恐怖を伴うものだったのではないかと思いました。(正直、そんな1年目からそんなにできるものなのか…という気持ちです。)そして、「こんなにも生徒のことを想う先生がいるのか…」や「先生だからといってこんなに責任を負わないといけないのか…」と思わずにはいられませんでした。

今、休んだほうがいいとは思いつつも、休みづらい環境、仕事にいっても周りの先生は理解してくれない環境で、あなたもどうしたらいいだろうか、と思う環境かもしれません。

とにかく私自身は、あなたの想いが伝わってきた、そう伝えたくなりました。

改めて、経験談へ投稿いただき、ありがとうございました。

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