経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

大好きな猫が亡くなり自分を責めてます

1月11日に20年以上家族として暮らしていた猫が亡くなりました。2ヶ月位前から具合が悪いのは分かっていました。でも私は10年前まで母の介護をやってきて働くこともままならず貯金を崩しながら暮らしていました。その貯金も無くなり生活保護を現在も受給しています。

亡くなった猫はその前からうちにいました。母が亡くなり猫と私の二人暮らしになりましたが猫好きなのに私は愛情表現が下手なのかあまり構ってあげられませんでした。具合が悪くなった時も病院に連れて行くべきなのは分かっていました。でも本当にお金が無くて…。それでもその子は一生懸命に頑張ってくれました。

亡くなって涙が止まらず色々と考えていると土下座してでも病院に頼み込み診て貰うべきだったと気づきました。私が死なせたようなものだと、亡くなってそろそろ2週間経ちますがますます自分を責めてます。東日本大震災の時も引っ越しを余儀なくされた時も母が亡くなった時もいつも着いてきてくれました。普段は冷たい私ですが亡くなって本当に可愛かったし大好きだったと実感しました。

私は母の介護が原因で鬱病になったのですがしばらくは気持ちも楽になり通院はしていませんでしたが、去年11月頃から症状が出始めて今は通院しています。そのせいもあるのかは分かりませんが毎日死にたいと思っています。

思えば介護中の母に対しても優しく出来なかった。猫にも優しくしなかった。なんて自分は酷い人間なんだと改めて気づかされました。人間のプライドなど捨てて病院に連れて行って助けるべきでした。それが動物を飼っている者の責任ですよね。

母にも猫にも申し訳なくて毎日ごめんねと言葉にして(時には心の中で)詫びています。辛くて辛くてそして一人ぼっちになってもうどうして良いのか分からなくなりました。友達もおりません。親戚も母が亡くなった時に縁を切られました。このままでは薬を飲んでしまいそうです。糖尿病なので血糖降下薬もインシュリン注射も持ってます。今すぐにでもODをしそうです。

感想1

20年以上共に暮らした家族を亡くされたこと、本当にお辛いと思います。一緒に生活した空間のそこかしこに猫さんがいた風景が残っているのではないかと想像します。
相手が生きている内にもっと何かできたのではないかと後悔を感じるお気持ち、自分にも覚えがあります。私も、何年も前に旅だった犬・猫たちに、未だにもっとちゃんとお世話できたんじゃないかと思うことがあります。特に最後に見送った犬に関しては、シニアだったこともあり、あまり豊かでない懐を事情を気にして行き渋っていた病院にかかったときにはもう手術に耐えられる体力もなく、治療は難しいと言われ、日々弱っていく姿を見守ることしかできませんでした。よくある言い回しになりますが、私が生きるのが辛いときも変わらずそばにいてくれたあの子に何もできなかった、こちらがもらった幸せに比べ、あの子に返せたものがいくらあるのか、今も申し訳ない気持ちでいます。なんだかあの子達と暮らしていたこと自体が申し訳なく思えてしまうので、できるだけ幸せだった気持ちを思い返すようにしていますが、もう今後生き物を飼うのは難しいなと思ったりします。
投稿者さんの猫さんはとても長生きだったんですね。20年以上一緒に暮らすことができたのは、投稿者さんのところが猫さんにとって居心地の良い環境だったからかなと勝手に想像しています。「優しくできなかった」と書かれていますが、とても大切にされていたのではないでしょうか。飼い始めた頃と生活状況が変わり、共に暮らす家族に対してできることできないことが出てくるのは仕方のないことかなと思います。それは相手が人であっても動物であっても違いはないのかもしれません。共に生きるということは、時に相手に対して「最善の行い」が思うようにできないこと、またそんな自分も、受け入れて共に過ごすということなのかもしれないなと、投稿者さんの経験談を読ませていただいて考えました。そうであれば、投稿者さんも私も、その時にできることは十分にやったと言えるのかもしれません。
一緒に暮らした時間の中で見せてくれた猫さんの可愛い姿、大好きと思える気持ち、持っているのは投稿者さんだけです。どうかその姿や気持ちを、これからも思い出してあげてほしいと勝手ながらに思います。
経験談の投稿、ありがとうございました。

感想2

投稿者さんのこれまでの暮らしを想像しながら読みました。目の前の1日1日を必死に乗り切るような日々だったのではないかと感じています。後悔したり立ち止まったりする余力もなかったのかなと…。抑え込んでいたものが今、猫とのお別れによってどっと心に流れ込んできて、1人の時間に自分の行動や判断が際限なく頭をよぎり、自分を責めるしかない状態なのかなとイメージしています。

金銭状況や、介護、自然災害、やむを得ない引越しなど、詳しい背景はわからないものの、そのどれもが投稿者さんのコントロールできる範囲を超えていたり、本来であれば社会の力を借りて負担を減らせるべきもののようにも推測しています。現状の余裕のない枠組みや社会の価値観のなかで、目の前の命や生活を繋ぐことをし続けてきた投稿者さんのことを「酷い人間」とは思えませんでした。そして、もし投稿者さんが身近な存在にゆとりをもって対応できなかったのだとしたら、それは投稿者さんだけのせいではないんじゃないかなと私は思いました。

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