経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
私は長期の引きこもりです。
子供の頃から様々な場面で、生きづらさというか居心地の悪さを漠然と感じていました。
「人と会話が噛み合わない、適切な距離感が分からない」「同年代の人間と興味関心の対象が著しくズレている」「体の使い方が下手で運動全般が苦手」「服装や髪型、身だしなみなど外見に無頓着」「目的意識や計画性が希薄で、場当たり的にしか物事を考えられない」
などなどの特徴があり、今から振り返ると典型的な発達障害、もしくは境界知能だったのだと思います。
現代であれば発達障害というものも認知され、子供のうちにケアを受け必要な社会スキルを身につけることも出来るかもしれませんが、私の時代にはまだそういった概念は一般的ではありませんでした。
また私は座学テストの学力、特に言語処理能力に関しては人並み以上に高かったこともあって、障害児であることを見過ごされてきたのでしょう。
思春期になると流石に「自分は人とは違う」という自覚を持つようになりました。
どうにかして「普通」になろうとして自分なりに努力もしましたが、見当外れの空回りだったみたいです。
どれだけ新しいことに挑戦したり苦手なものを克服したりしても、結局のところ根っこの部分はほとんど何も変わらなかったと思います。
自分は生まれついての欠陥品なのでしょう。
家庭環境に特に問題はありませんし、むしろ恵まれていた方だと思います。
両親とは衝突したこともあったけど、十分すぎるほどに愛情を注いでもらっていたと今なら理解できます。それに何ひとつ報いることが出来ず、本当に申し訳ないです。
学校や職場でも(今から考えれば)露骨に馬鹿にしたり嫌悪感を見せてくる人間もいましたが、直接的なイジメに遭うような場面はほとんどありませんでした。
それどころか(これも今から考えれば)気を遣って私に優しく接してくれたり、遊びに誘ってくれたりする人間の方がずっと多かったと感じています。
なので私の場合は「社会を恨む」「環境を呪う」といった気持ちはほぼありません。
私の現状は全て、なるべくしてなったものだと思っています。
さて、私はある時期から酒を覚え、生きづらさから目を逸らすためにどんどんのめり込んで行きました。
長い時間をかけてじわじわと肉体と精神がボロボロになり、今では仕事も人付き合いもできず実家に引きこもっている状態です。もはやまともな社会生活を送るのは無理だと思います。
これも完全に自業自得なので不平不満を言うつもりはありませんが、このまま生きられるだけ静かに生きて、苦しまず静かに死んで消えてゆければいいなと思っています。
希望も絶望もない、穏やかな諦めの気持ちの中でどうか死ねますように。
それが私の最後の願いです。
感想1
経験談への投稿ありがとうございます。読ませていただきました。丁寧に書かれた文章から、あなたの言語能力の高さというのを伺えます。だからこそ他のあなたの特徴とのギャップが大きく、自分でも理解に苦しんだり、周囲から理解されない場面も多かったのではないかなと想像しています。
わたしも引きこもっていたことがあるので、どことなく引きこもりである時の感覚(人と会うことがどんどん怖くなったり、自分に自信がなくなったり)を思い出しているのですが、あなたは今どんなお気持ちで日々を過ごしているのだろうとも思います。
これだけご自身のことを理解し、今の社会と当時の社会のあり方を冷静に分析したりされているところを思うと、「自分の何が生きづらくさせているのか」調べたり相談したり何かを変えようとされてきたのではないだろうかとそう感じています。原因が分かっていても、アドバイスをもらってもそれができないから辛いんだよなあと勝手に想像を広げていますが(違っていたらすみません)、他者から言われることは、多分あなた自身が一番分かっているんではないかなと思うんです。
頭では分かっているのに、怖くて足が一歩も動かない、それがわたしが引きこもっていた頃に起こった現象でした。「怖くてたまらない」と言うこともなかなかできず、素直になれなかったなあ、と今では思います。でも怖くてたまらないと、誰かに話したとしても「それでもやらなきゃ」と解決を提案されるだけかもしれないと考えが脳裏をよぎり、余計に言えなくなっていたのだと思います。
「環境や社会を呪うことはしない」と書かれていました。わたしもどちらかと言うと自分のことについては自分に対する矢印が大きいタイプなのですが、「なかなか弱音を吐きにくい、素直になりにくい社会」はあるなあ、と怖くてたまらないと素直に言えなかった時の自分のことを思うと実感したりはします。人も、本当は自分も望むその一歩が、あまりにも大きい。
そういうわけで、「希望も絶望もない、穏やかな諦めの気持ちの中で死ねますように」というあなたの文才にきらりと光るものを感じながら、わたしも引きこもっていた頃にそんな言葉を思いつきたかったなあという悔しい気持ちにもなりました(勝手に悔しくなってすみません)。わたしは八木重吉という詩人の「あの雨のようにそっと世のために働いていよう、雨があがるように静かに死んでいこう」という詩(雨)を心のよりどころにして生きていました。(よかったら調べてみてください。)
世のためというのは、別に働いているとか、お金を稼いでいるとかそういうことだけではありません。経験談にこうして生きづらさを言葉にしてくれる人がいることも、その一つだとわたしは思います。
あなたもわたしも誰だとか何をしているとかそんなものは捨てて、安心感と穏やかさがある空間で、お酒を飲みながら、あるいはボードゲームをやりながら一緒に時間を過ごせたらなあとそんなことをぼんやり思いました。
感想2
経験談の投稿ありがとうございます。
自分事として、切実な感覚になりながら読みました。というのも、私も学力や言語処理能力は人並み以上に高い一方で他の分野に苦手があるタイプで(ちなみにASDの診断を受けています)、支援級の子どもたちの教育に関わる仕事をしていたこともあるので、発達特性や能力の凸凹について、これまで知る機会や考える機会をたくさん持ってきたからです。当事者と支援者両方の立場で、自分の特徴に合った学びの機会が奪われることの罪深さ、そのことによって自信をなくし「欠陥品」と思ってしまうことの苦しさを体感してみた身としては、経験が重なる部分が多くありました。
ただ、重ねてしまう部分の多さあまりに、あなたの気持ちを想像しようにも自分の気持ちと混ぜて書いてしまう気がして、ちょっと不安な気持ちにもなっています。だからあえて、自分語りになって申し訳ないですが、あなたにとって何か共感できる部分があればいいなと願いつつ、自分の話を書こうと思います。
私も自分の子ども時代は、発達障がいの概念がまだ広まっておらず、当然自分も診断されていませんでした。小学校の集団生活で一部危ういところもありましたが先生に恵まれ、大人しく勉強ができる子だったので心配もされず、困り始めたのは思春期(中学生)からです。同年代の人間と興味関心の対象が著しくズレている、が私の場合もっとも苦労したことでした。ちなみに私は周りにも発達の凸凹のある仲間が多いので、あなたの挙げている特徴は、どれも自分または周りと重ねて「わかる…」と頷いてしまうものでした。
そして、「普通」になろうと努力するほどに、努力しても「それっぽい何か」にギリギリなれる程度でしかない自分、擬態することによる単純な疲労に、打ちのめされてきた感覚があります。「どれだけ新しいことに挑戦したり苦手なものを克服したりしても」とあなたは書いていましたが、その挑戦や克服の過酷さや努力の量が勝手ながら浮かんでくるようで、やりきれない気持ちになりました。
最近は「ニューロダイバーシティ(神経多様性)」という概念が登場し、違いは優劣ではなく個性だと意味づける動きも出てきています。私も理念としてはそれに賛同します。ただ、実際に困ってきたこと、欠陥品と感じてしまうことを、「個性」という言葉で片づけてほしくない気持ちもあります。多様性という言葉は確実に広まっているのに、いわゆる「社会生活に適応する」ために求められるものはむしろ上がる一方にも感じていて、このままではすべての人が追い込まれていくのでは…と思っています。
正解や普通が一つしかないなら、正解以外は間違いや劣っているものになりますが、正解がなければ、そこには違いや分担が生じるだけで、欠陥品ではなくなるのではないか?と、綺麗事かもしれないですが私は思っています。あなたの経験談から話がズレすぎたかもしれませんが、あなたの話を読んで、そういったことを私は改めて考えました。
感想1
経験談への投稿ありがとうございます。読ませていただきました。丁寧に書かれた文章から、あなたの言語能力の高さというのを伺えます。だからこそ他のあなたの特徴とのギャップが大きく、自分でも理解に苦しんだり、周囲から理解されない場面も多かったのではないかなと想像しています。
わたしも引きこもっていたことがあるので、どことなく引きこもりである時の感覚(人と会うことがどんどん怖くなったり、自分に自信がなくなったり)を思い出しているのですが、あなたは今どんなお気持ちで日々を過ごしているのだろうとも思います。
これだけご自身のことを理解し、今の社会と当時の社会のあり方を冷静に分析したりされているところを思うと、「自分の何が生きづらくさせているのか」調べたり相談したり何かを変えようとされてきたのではないだろうかとそう感じています。原因が分かっていても、アドバイスをもらってもそれができないから辛いんだよなあと勝手に想像を広げていますが(違っていたらすみません)、他者から言われることは、多分あなた自身が一番分かっているんではないかなと思うんです。
頭では分かっているのに、怖くて足が一歩も動かない、それがわたしが引きこもっていた頃に起こった現象でした。「怖くてたまらない」と言うこともなかなかできず、素直になれなかったなあ、と今では思います。でも怖くてたまらないと、誰かに話したとしても「それでもやらなきゃ」と解決を提案されるだけかもしれないと考えが脳裏をよぎり、余計に言えなくなっていたのだと思います。
「環境や社会を呪うことはしない」と書かれていました。わたしもどちらかと言うと自分のことについては自分に対する矢印が大きいタイプなのですが、「なかなか弱音を吐きにくい、素直になりにくい社会」はあるなあ、と怖くてたまらないと素直に言えなかった時の自分のことを思うと実感したりはします。人も、本当は自分も望むその一歩が、あまりにも大きい。
そういうわけで、「希望も絶望もない、穏やかな諦めの気持ちの中で死ねますように」というあなたの文才にきらりと光るものを感じながら、わたしも引きこもっていた頃にそんな言葉を思いつきたかったなあという悔しい気持ちにもなりました(勝手に悔しくなってすみません)。わたしは八木重吉という詩人の「あの雨のようにそっと世のために働いていよう、雨があがるように静かに死んでいこう」という詩(雨)を心のよりどころにして生きていました。(よかったら調べてみてください。)
世のためというのは、別に働いているとか、お金を稼いでいるとかそういうことだけではありません。経験談にこうして生きづらさを言葉にしてくれる人がいることも、その一つだとわたしは思います。
あなたもわたしも誰だとか何をしているとかそんなものは捨てて、安心感と穏やかさがある空間で、お酒を飲みながら、あるいはボードゲームをやりながら一緒に時間を過ごせたらなあとそんなことをぼんやり思いました。