フリーター生活実家暮らし20代後半の人間です。ここ10数年希死念慮と付き合っていますが、年明けをしてからより強くなり毎日死について考えてしまいます。
自分は両親や家族の仲は良好、他の人より恵まれている環境のはずなのにずっと死にたいと感じています。
友人達は辛い環境であっても頑張って乗り越え、正社員として働いているというのに、私だけがずっと子供のままです。
昔から引っ込み思案であり、人付き合いが苦手で新しい環境に馴染もうとする事が酷くストレスになります。
慣れれば、まだマシかな…というレベルに収まるのですが最近この歳になってフリーター生活などしていていいのだろうか、と考えるようになりました。
両親も高齢、いつまでもこんな生活ができる訳はないと今更気付いてしまいました。
焦るように今からでも正社員へ…そうでなくても違う仕事へ…と考えるようになりましたが、ものすごく怖いです。こうして文字を打っているだけでも涙が溢れてしまいます。
今思えば怖い事、嫌な事から逃げ続けてきた人生でした。
高校、専門学校に入るにあたっても普通の人々が経験するであろう面接というイベントを経験した事はありません。
逃げたからです。
希死念慮についてはきっと生まれつきなのだろうと思います。
7歳の頃からなんとなく死にたいという気持ちが生まれ、自殺をしてみようと実行しかけた事があります。
高校生になるとクラスメイトとの人間関係で悩み、20代に差し掛かると就職や将来の事で酷く不安になり死を考え…今はそれらの選択から逃げてこの職場にいます。
希死念慮を抱え続けて生きている事は普通ではないのだろう、と思いつつ病院にも行けず…。もし病気なのだと診断を貰ったら「病気なのだから頑張ることはしなくていい」と思う自分がきっと出来上がります。
診断を貰えなかったとしたら「ではこの心臓を締め付ける息苦しさの理由は何なのか。やはり自分の怠惰だったのか」と泣いて蹲る自分が生まれるのだろうと考え、どっちに転んでも苦しく感じるので止めました。
この歳で世間の常識や一般の常識をあまり知らず、年老いた両親に甘えているのに。この仕事を辞めて新しい環境に飛び込もうと考えると苦しくて、苦しくて堪りません。
大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせてみるのですが大丈夫じゃない!と言い返してくる自分もいます。
なんて甘ったれたクズなのだろうと思わずにはいられません。まだ犯罪を犯していないだけのクズです。でも報道で見るような、人を害しようとする人達のようにはならないと思います。人を害する前に自分の事を殺したくて堪らないからです。
殺せるものならば、死ねるものならば、とずっと考えていたはずなのに今まで生きてきてしまいました。
他の人達はもっと苦しくて辛い思いをしているのに、自分は努力する事も億劫で、何の資格も取らず勉強をせず、今の仕事をする事だけで精一杯だと思ってしまっています。頑張る事さえ諦めようとしていて、せめてあと3年、4年後には死のうと考えていますが、きっと死なずに生き延びてしまうのだろうと思います。
自分の事が大嫌いです。自分の事を大切にできないけれど、傷つきたくないと思ってしまう辺りは甘ったれているのだと思います。本当に自己矛盾の塊です。
こんな話は誰にも話したことがありません。情けなさすぎる話で、誰にも言えません。この場を少しお借りして吐き出させて頂いている次第です。ごめんなさい。
感想1
経験談の投稿、ありがとうございます。
希死念慮と付き合い続けること、私は心に重荷を背負って生きるようなことだと思っているので、読みながら今まで苦しいなかよく生きて来られたなと感じました。体調はどうか、眠れているのかが気になります。
私も幼い頃から希死念慮というか、なんとなく「生きてていいのかな」と思い続け、その時々で濃淡はありながら今現在も薄らどこかで「早く死ねたらいいのにな」と思いながら生きているので、どこか他人事ではないなと思いながら読ませていただきました。働き方についても投稿者さんと似たようなところがあるので、このままじゃだめだよな・・・と将来のことを考えるときに喉元を絞められるような、胃がぐるんとひっくリ返りそうな不安に襲われるのかなと自分の経験と照らし合わせて想像しました。日本社会では「正社員」こそ正しい働き方であるというような価値観が根強いので、そうでない自分はちゃんとできていない、人として未熟であるという感覚が投稿者さんにもあるのかなと思っています(勝手な想像ですが)。正社員でなかろうと、自分なりに一生懸命働いていると思いはするものの、世の中から提示される「これが一般的ですよ」というスタイルが強すぎて、同年代と比べて人として足りていないのではないかという思いに駆られるのではないかな・・・と。私としては世の中にある生き方のモデルが少なすぎるような気がしています。人にはそれぞれ育った環境があり、背景があり、本人の気質があるので、生き方も、そこに含まれる働き方も人の数だけあるはずです。でも世の中には「かくあるべし」というしっかりしたレールがあって、そこに乗れない人をだめな人と評価する傾向が生きづらさの要因になっているのだろうと思います。
「怖い事、嫌な事から逃げ続けてきた人生だった」とありますが、怖い事や嫌な事から逃げるのは生き物としての本能だと思うので、私はなんら咎められるようなことではないと思います。でも相談者さんの中には「逃げること」に対する否定的な思いがあって、「逃げてきた自分」に対する許せないような思いがあるのではないかと想像しています。文章から今のご自身を責める印象を受けたので、「傷つきたくない」と書きながらも実際は傷だらけなのではないかと思ったりもします。自己否定、希死念慮はエネルギーを削ります。その状態で頑張れないというのも無理のないことだと思うのです。今の気持ちを自分の内に抱えるのは苦しいと思います。経験談やぷらっとチャット等を使いながら、気持ちを言葉にして自分の外に一旦置いてみるのも、心に隙間を作る役に立つかもしれないなと思いました。