こんばんは。
高校生の時、ここに大学受験の苦しさを投稿しました。あの時とは違う名前だと思いますが、確か、当時の自分は志望校について両親から外堀を埋められ自分で決めれないなどを書いた記憶があります。
その後、なんかとか大学生になりました。総合型選抜で、自分の偏差値よりかなり良い大学に入りました。死にたいと思い続けて勉強出来なかった自分にとって、これはある種奇跡なのでしょう。
大学に入ると、サークル(他大学のインカレサークルに入っています)やら授業やらで忙しくも楽しい日々が続きますがら、試験期間になると話は別です。自分よりも遥かに賢く、効率よく勉強する、地頭の良い人ばかり。私は、計算ミスなどあと一歩のところで間違えて、低い点数を取っていく。高校時代、苦しかった時期に勉強をサボっていたツケが来ており、数3で習う計算の手計算すらままならない状態です。
あと一歩、ってあと一歩なんでしょうか。大学の授業内容を理解していたとしても、高校の範囲がダメだと、結局問題は解けない。
私の通っている大学の中では珍しく、クラス制度があります。けど、疎外感を感じる。仲良しだと思っていた人たちが、2人で出かけて、それをInstagramのストーリーに乗せていると、クラスの中の疎外感を感じる。
成績の悪さと、クラスの疎外感で、大学は行きたくないし辞めたいし、けど辞めたら人生お先真っ暗なことは分かるから辞められない。
勉強すれば良いじゃん、サークルに友達いるからいいじゃんと言われそうだが、勉強すると良い成績が取れるという経験がここ数年無いからどうせ無理だと思っている。奨学金とか研究室とか大学院試験で必要なことがあるのは分かっているが、どうすれば良いのかもう分からない。
サークルに友達がいたとしてもそれは他の大学の友達だから、大学ではぼっち。
1人も好きだけど、疎外感を感じる1人は好きじゃない。苦しい。
感想1
こんにちは(あなたが経験談を書いたのは夜だったのでしょうが、私は昼に書いているのでこんにちはでお返しします)
再びの投稿、ありがとうございます。
進路選択にあたって、自分の意向がなかなか反映されない苦労があったようですが、それほど不本意でもない進学をしている様子でとりあえずよかったなぁと思います。
ただ、大学生活に行き詰まり感があるようです。キーワードは疎外感なのでしょうか。気になったのは最後の一文の「1人も好きだけど、疎外感を感じる1人は好きじゃない。苦しい」です。あなたは本来1人の時間を楽しめるはずなのに、疎外感というものがじわじわとあなたの心に居座って、力やあなたらしさが消耗しているようなイメージがわきました。
そして、勉強が想像以上に難しいことがその苦しさの背景にありそうな気がしました。自分の偏差値よりも高い大学に行けたことはある意味ラッキーな側面もあるかと思いますが、実際に大学生活では学業がメインなので、厳しさはあるのだろうと思います。大学が偏差値による同質集団だと考えると、勉強の難しさは予想以上の疎外感になることもありそうだと感じます。すでにあなた自身いろいろと考えているかと思いますが、ちょっとハードな環境で何とかついていく努力をするのか、もしくは軌道修正も考えられるか、そんな局面なのかもしれません。せっかく入った大学だから何とか頑張りたい気持ちはあるでしょうし、進路選択で両親からの介入があったことから考えると両親からのプレッシャーもあるのかもしれないと想像しています。ただ、サークルで他の大学の友達がいたり、1人も好きなあなたの姿も垣間見えることから、本来のあなたの力を発揮して、のびのびと学べる環境があるのではないかという気持ちも抱きました。どうしても、今の社会の仕組みは自分に合った環境を選んだり、環境の方を調整することがスタンダードではなく、用意されたものにいかに適応していくかを求められることの方が多いです。それが、一人ひとりの息苦しさを生み出すことにつながっていると私は思うので、あなたが自分らしく過ごせる環境で過ごせることを願う気持ちでいます。