経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

年々つらさが増していく

私の両親は共に結婚以前からギャンブル依存症で、仕事以外の時間は2人していつもパチンコ屋に入り浸っていました。
うちは4人兄弟でしたが、ネグレクト状態でしたので、妹と弟の面倒は、幼い頃から私と姉でみていました。

父親はパチンコで負けると暴力や暴言がひどく、子供達はいつもそれに怯えていました。
また夫婦喧嘩も多く、いつも私達を巻き込んできて苦痛でした。

母親からは今で言う教育虐待もあり、優秀じゃないと自分の子じゃないと言われ続け、ただひたすらに勉強してテストで良い点を取り続けました。
親の望む高校に入りましたが、高校生になりぷつんと糸が切れてしまい、一切の勉強をやめ、家に寄り付かなくなりました。
卒業後から私の人生はどんどんめちゃくちゃになっていきます。

不特定多数と体の関係を持ち、なんとか自分に価値を見出そうとしました。不治の性病にもなりました。
仕事も自分がそこにいていいような気がせず転々としました。
相手に言われるがままに結婚もしましたがすぐに離婚。
今は長いこと不倫を続けています。
理想の親のような男性を求めてしまいます。
今は人と新たに知り合うのが怖くて仕事に就けないでいます。
それなりにキャリアを積んでいないとおかしい年齢なのに私にはなにもありません。
結婚もできず、子供もいません。
子供の頃からずっと死にたかったし、これ以上生きてるイメージも湧きません。
慢性的なうつ病、藁にもすがる思いでカウンセリングにも2年通いましたが変わらず。
無価値感、自己否定、自分の気持ちがわからない、自己効力感のなさ。
年々苦しさが増します。
今はとにかく死にたいです。
ただ飼っている犬の成長をみられず、この子が私の死後どうなってしまうのかが心配です。

感想1

短い文章にぎゅっとあなたが引き受けてきた苦しみが凝縮され、これ以上、生きていくことにはとても耐えられないという静かで確かな思いが伝わってきました。本来はケアをされて成長する機会である子ども時代に下のきょうだいの世話をし、暴力におびえ、親の顔色をうかがい、期待に応える生活を強いられたことは、あなたの心に大きなダメージを与え続けただろうと思います。おそらく、子どものあなたはそのダメージから自分を守るため無意識に様々な努力や我慢をしてきたのだろうと思いました。気持ちを押し殺し、苦しさや痛みを麻痺させていたのかもしれません。私は子ども時代に理不尽な経験をして、権利を守られなかった若者たちと一緒に活動することが多く、子ども時代のダメージがその後の人生に大きな影響を与えることをたくさん教えてもらいました。他の多くの人たちが簡単そうに通り過ぎることにとてつもなく苦労し、危険な状況から抜け出しても穏やかに過ごすことができず、わかっているのに、自分を傷つける方向に引き寄せられる…など、たくさんの苦悩がついて回り、そして、心の奥底に「死にたい」気持ちを抱え続けています。あなたと同じように父親のような男性を探し続けてしまう若者もいたので、いろいろな人たちを思い浮かべながら読みました。そうした生きづらさは、あなたや私の出会った若者たちには何の責任もなく、私たちのこの社会の深刻な課題を背負わされた結果であり、本来なら必要なサポートを長期間保障されてもいいと私は思っています。そうはいっても、現実は厳しく、孤独に闘い続ける人たちも多いので、いつももどかしく思います。
そして、犬の成長を温かく見守るあなたが、もしも、あなた自身の子ども時代に戻って何かをできるとしたら、いつどんな関わりをしたいと思うか、聞いてみたいと思いました。きっと、貴重な意見をくれるのだろうと思うのです。私が出会った若者たちも苦しみを知っているからこそわかる発想をします。あなたの最後の一文に犬への深い愛情を感じたので、今の社会に必要なことをあなたと語りたい気持ちです。また、心のうちを届けてみたいと思ったら書いてもらえるとありがたいです。

感想2

私の親もギャンブル依存で母は激情タイプなので、何となく自身に重ね合わせながら読ませてもらいました。こども時代のあなたは、安心した環境で感じ、学び、遊び、休むことが許されない過酷な環境で育ってきたことがわかりました。守られる必要がある時期に守る側にいながら地雷(親の感情)が埋め込まれたような秩序が保たれていない環境で過ごしていたことで想像以上のダメージを蓄積したことでしょう。あなたが高校に上がった頃には限界に達したことも頷けます。きっとずっと緊張していただろうし、ずっと悲しさや寂しさ、怒りを心に閉じ込めていたのではないかと思います。(感情を表現する前に否定されたり、怖くて出せなかったりするうちに自分がよくわからなくなりそうです)
それまで求められていた自分を捨てて、家を離れたことは賢明な選択だったように私は感じました(読み進めながら心の中で「おおっ」と思いました。)
ただ、感情に振り回された危険な場所から離れた後に今度は何が正しいのか分からない中で生きなければならなかったのではないかと思います。そういった中で自分の価値を見出そうとしては傷つくことを繰り返さざるをえなかったのかもしれません。それは幼少期に満たされなくて不足しているものを埋めようとする人間として自然な欲求や行動のように私には思えました。ただ、本来は尊重や安心、安全をベースにしてパートナーとの関係を築けると年々つらさが減っていきそうですが、今はまだそうでは無いようですね。
「あなたはどうしたいですか?」と質問しても「わからない」ってあなたから返ってきそうですね。もしかしたら自分が感じていることを匿名のSNSなどチャット相談で言葉にしてみるとつらさがやわらいだり、見えなくなっていたりした自分の意思や感情を感じられるかもしれません。あなたが今のつながり以外にも少し安心を感じられるつながりが増えることを願っています。(感想を書き終えた時に、ふと飼っている犬で安心を感じられているのかも…と思いました)

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