経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

前の自分に戻りたい

高校2年生から不登校になった。そこから私はガラッと変わってしまった。朝型は夜型に、勉強ができなくなり、体重が20kg増え、死にたいと思うようになった。数ヶ月後に自分が生きて楽しんでいる様子が想像できなくなった。ただただ毎日毎日死にたいと思うだけ。前みたいに戻りたいと切に思う。こんな人生嫌だ。自分が何かしたのだろうか。なんで自分がこんな目に遭わなければいけないのか。普通に学校に通い、やりたいこと全てできる。そんな自分に戻りたい。やりたいことがたくさんあるのに体力がなくなって何もできない自分が辛い。寝るだけの日も増えた。外に出るのが怖くて太陽を浴びないこともある。前はこんなんじゃなかったのに。自分の人生が壊れた感覚がある。

感想1

経験談の投稿ありがとうございます。今の状況に対するしんどさや、かつての自分への思いを、私なりに想像しながらじっくりと読ませていただきました。
高校2年生を境に、心身ともにガラッと変わってしまったこと。自分の人生が壊れてしまったような感覚は、本当に足元が崩れるような怖さがあるのではないかと勝手ながら感じています。
また、やりたいと思う気持ちはあるのに、体がついていかないこと…。心と体がちぐはぐな状態では、自分でもどうしていいか分からなくなってしまうのではと思っていましたし、ただただしんどさを感じてしまうのも自然なことのように私は思っていました。
数か月先のことも想像できない中だとは思いますが、その痛みをこうして言葉にして書きに来てくださったこと、静かに感謝したい気持ちでいます。焦りや死にたいという気持を抱えたままでも、またいつでも書きに来てください。

感想2

不登校がもたらした心身や生活サイクル、思考や未来の想像などの変化はこれまでの投稿者さんとは全く違うものを厳然と突きつけ、今の自分をとても削るものとなっているように読ませていただいて想像していました。

出来ていたものがどんなことであれ、どんなことがきっかけであれ、「出来ていたことが出来なくなる」というのはそれが当たり前に近い感覚を持っていたものであればあるほど、「なんで?」や「こんなんじゃなかったのに…」と自分を追いつめるものになりえるように私の経験としても思います。

それは、変化していく自分や日常が続くほどどこか「進んでいく(進んでいた)時間」に対して自分だけが取り残されていくように感じてしまいそうですし、“相対的に見た自分の像”によって死にたい気持ちや、上手くできなくなっている自分に対して辛さが募るのも仕方のないことのように感じられました。

ただ、(文章としては書かれてはいませんでしたが)「自分が何かしたのだろうか。」「なんで自分がこんな目に遭わなければいけないのか。」と投稿者さんが思ったことには、ひょっとすると自分ではどうにもできない何かしらの影響を自分以外の何かから影響を受けたこともあったのかなと想像した私がいます。

何もできない日々が増えたことは私個人としては無理に何かをする必要もないように思ってしまいますが、それでも少し自分と向き合えそうなときは、ここに書きにきてくれたように何かを吐き出したり、ゆっくりでも少し整理する瞬間があってもいいのかなと勝手ながらに思いました。

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