経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

死にたい

ここ数ヶ月、生と死の狭間で悩んでます。

自殺すると周りに迷惑かけるし、思いとどまっていますが、生きている意味が見出せなく、楽になりたいと考えてしまいます。

仕事で平静を装うのも辛くなってきました。

家族もいます。妻と子供3人。

どうしたらいいか本当にわかりません。

相談もできず。

どうやって死ぬか死ぬ方法を想像しては、思いとどまる毎日。
うまく行かないことがあると、すぐ死のうと思ってしまいます。

マイナス思考のループから抜け出せない毎日。

今日も夜にこっそり出て死のうかなと思ってしまいます。

残された家族がバラバラに壊れる事を想像するとなかなか先に進めませんが、もうどうしたら良いかわかりません。

誰かに助けて欲しいですが、誰にも相談できません。

感想1

投稿ありがとうございます。ここで経験談を書いてくださるまで、「死にたい」という思いをどこかで口にすることはあったのだろうか…そんな想像をしながら読みました。おそらくは言える場所、相手もなかなか無く、かといって自分の中で整理がつくわけでもない、暗闇をさまようような日々を送っているのでは思っています。

「死にたい」には人生や思考の”いきどまり”のような感覚が伴うと私は思います。つらいけれど改善のしようがないと感じるときに死にたくなる、そんなイメージだからかもしれません。一方で、「死にたい」としか思えない時、それは今とは別の道へ進んだり、引き返したりするためのヒントにもなり得るのかな…という気持ちもあります。「自分が何に苦しんでいるのか」「どうしてこんなに追い込まれているのか」を見つけることで、少しでも暗闇に光を感じられるような気がするからです(投稿者さんが同じように感じるかはわからないですが…)。匿名の相談窓口などを使って、誰かと一緒に考える時間が必要なのかなと思います。あなたの「死にたい」の姿が今より少しでも見えてくるといいなと勝手ながら感じました。

感想2

読み終えた時に私の中に会ったことがないあなたの映像が何となく浮かびました。今まで誰かに本当の自分は見せられずに一人で何か重いものを両手にもってさらに背中にも背負って歩いている姿です。でもそれは周囲には見えずに(見えないようにして)生きてきたけれどこれ以上無理…と限界を強く感じているのかなって思います。

仕事の評価でも家族の存在でも埋まることのない誰にも見せていない穴があなたに空いているようなそんなイメージも湧きました。自分のことを二の次にし過ぎて自分のことが感じとれなくなっているのではないでしょうか。死にたい気持ちは生き進める余力が感じられなくなった時に思い浮かぶ限界の表現でもあると私は思っています。もしかしたらもっと以前(子どもの頃?)から、あなたが助けてほしいと求めてきた何かがあるように思います。

誰にも相談できないあなたがどう表現していいかわからない気持ちを率直に表現した言葉がタイトルになっているのではないでしょうか。相談は不安や怖さなどがつきまとうものですが、こうやって言葉をそっと置いていくならそこまでの不安がないかもしれません。あなたとのやり取りはこうやって手紙のようにしかできませんが、助けて欲しいという気持ちをしずかに読みました。また言葉にしたくなったらここに自分優先に気持ちを置きに来てくれたらと思います。なにかのきっかけが生まれるかもしれません。

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