アルコール依存症に悩まされもう25年
その間私は結婚もし、2人の子宝にもめぐまれます。
でも私は48歳
高校は進学高に推薦で進めましたが兄が自殺未遂、それを介護(親は庇うだけ)
自身も拒食差過食症、それでも他人は私に無関心でしたので卒業できました。友達0で
大学は楽しかった。異性は好かれたが同性とは上手くいかなかったけど
就職氷河期ブラックばかり、泣いて泣いて。その中でアルコール依存症へ
隠して隠してやって夫とも出会いそれでも隠し隠し。
結婚。子供を授かる。
私は鬱病、双極性障害と診断されるも誰にも介抱されず。
実母は兄の事もあり私に何もせず自身の満足のために自己満の診療
私は今死にそうなくらいの体調を続けています。アルコールに依存しもうぐちゃぐちゃで。病院、aa、カウンセラー
何をしても駄目で家族からもみはなされそうです。
本当は、呑んで死にたい
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
もう25年
感想2
タイトルの「もう25年」という言葉に触れて、絶え間ない苦しみの隙間にふとこれまでの人生を振り返るような瞬間があったのかなと想像しました。
短い文章の中にも、あなたがこれまでたくさんの苦労を抱え、自分の力ではどうしようもない現実と直面しながら、なんとか生き延びてきたことを感じました。
折り重なった心の傷や苦痛に対処するための方法として、アルコール依存があったようにも想像しています。
そして、未だに消化しきれない複雑な感情たちや、深い孤独と虚しさの中で溺れそうになっているように感じています。
死にそうなほどの体調が続いていると書かれていました、文末の一言は、どうしようもない絶望の中から、搾り出されるような声のように私は感じました。
ままならない日々の中で考えること、思ったこと、またよかったらお話を聞かせてほしいなと思っています。
経験談への投稿ありがとうございます。
感想1
呑んで死にたい、、、凄く悲しく聞こえると同時にそこまで追い込まれているのかと想像しました。
お酒とは上手く付き合いなさい、とよく言われてきましたが自分もストレス発散や疲れから頼ることが多かった経験もしました。飲み過ぎて何が悪い?とも散々口にしたこともあります。
投稿者さんのこれまでの人生(家族のこと、疾患、自分ではどうしようもなかった就職氷河期など)何かに依存しないと自分を保てなかったんだよなと自分なりに想像しました。
何かに依存することは甘えだとか逃げだとか言われることが多い世の中ですが、私はそうは思いません。何かにすがるように依存せざるを得ない状況は時として誰にでもあると思っています。
自分の事を「隠す」ことは凄く負荷のかかることだと想像します。相手に対する罪悪感、言えれば気持ちは軽くなるが、どう思われるのか?なんて言われるのかなどの恐怖心が出てくるのではと思います。
病院やAA、カウンセリングなど自分なりに試しても結果が伴わない状況も精神的に負荷がかかっている要因だとも思います。私事ですが、誰にも言えない胸の内を書き出して吐き出すことは、自分を保つためにも必要な気がします。