経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

将来への不安

5年前くらいに勤めている会社が倒産するかもしれない状況になり、将来の不安から死にたいと考えるようになった。結果としてなんとか会社は持ち直しつつあるが、今でも将来への不安から死にたいと思うことがある。
失業してしまうかもと思うことで、妻も働ける状況ではないことから、住宅ローンの支払いや子供の教育費と主にお金に対する不安が日々襲ってきている。そのたびに死んだらこの不安から開放されて楽になれると考えてしまう自分がいる。
妻はメンタル疾患があるため誰にも相談できず、本当に自殺してしまうくらい追い込まれたことがありメンタルクリニックで抗不安薬を処方してもらった。なんとか最悪の状況からは回復し、調子が悪い時に抗不安薬を処方してもらって不安を乗り切って、働き続けている。
自殺したら自分は楽になるかもしれないが、妻が容易に働くことができない以上、家族は間違いなく不幸になることはわかっている。
この数年間、薬で不安を抑えたり、不安から目をそらし続けてきて分かったのは、このまま現実から逃げ続けても幸せにはなれないということだ。
だから転職や副業など自殺以外の方法で将来への不安を少しでも和らげる方法を考えて行動にうつしている。

感想1

投稿文を読ませてもらいました。倒産の危機をきっかけに元々あなたの中に眠っていた漠然とした不安感が形になったような印象を受けました。5年前のその時は戸惑い、絶望感に近いものを感じたのではないでしょうか。勝手な想像ですが、あなたは周囲が思う以上に家族を養う責任や自分自身を生き進めることにプレッシャーを人知れず感じているのかもしれません。
どんなにしんどくても休めないと考えることもまた追い込まれたような不安や死にたさにつながっているような印象も受けました。あなたが不安との付き合い方を変えてみたり、今の労働環境を変えて将来の不安を少しでも減らそうと対処していることも伝わってきます。
1日でも2日でも仕事のこと、生活のこと全てから離れてまったく別な場所に身を置いてみるとあなたはどんな感覚になりそうでしょうか。
“話すことは離すこと、離すことは放すこと”って聞いてことがあります。誰かに気持ちをこうやって話すことで自分から一旦“(距離を)離す“。自分から離すことで一旦放す(手放す)ということだそうです。ちょっと苦しいから抱えているものから離れたい、抱えているものを手放したいなと思ったらまた死にトリに立ち寄ってもらえたらと思います。

感想2

 ご家族も不安定な中で、ご自身の背中に多くのものを載せているがゆえの不安の強さもあるのかなと感じました。将来のこと、先のことを考えるというのは人間の脳の特徴なのだと思いますが、これが人間を苦しめている場面の方が多い気がしています。よく考えてみれば、生きてこれているということは100%支えられてきたということであって、いいことの方が多いはずなのに、どうも頭で考えすぎると、不安の方が強くなってしまう。例えば呼吸一つとっても奇跡だし、無事に歩けることだって奇跡なんだけど、どうも頭で考えると、そういうことは見えなくなって、不安ばかりが頭の中だけで膨らんで、地から足がどんどん離れていくような感覚があります。
 文を読ませてもらうと、ご家族も不安定でご自身も不安定ななかで、バランスがマイナスになりやすい環境でもあるのかなと感じました。そうしたなかで、ご自身なりに、バランスを取ろうと、頑張っておられるのも感じました。不安な要因を減らす方向に動くことでバランスを取ろうとしてらっしゃるように見受けましたが、もう一つ視点としては、自分自身の思考や心身の扱い方を見直すという方向もあるかなと思いました。もしかしたら思考のクセのようなものもあって、不安も強くなったりしてるのかな?と感じたからです。
 不安が強いことがクセになっているとしたら、頭を優位にしないことが大事かもしれないと思いました。身体を使う機会や、身体が心地よくなる時間を確保することは、シンプルですがもしかしたら大事なことのように思いました。小さくとも有効なことはあるように思います。私も何か試してみようかなと思いましたし、何か試されて効果があったら、教えてほしいとも思いました。書いてくれてありがとうございます。

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