昔からついぞ死にたかった。
理由もキッカケももう分からない。
ただ、特につい最近は死にたくて仕方がない。
憶測に過ぎない理由を探したらだいぶ昔から言われ続けた言葉達にたどり着く。
「馬鹿」「ブス」「阿呆」「うんち」「クソ」「何も出来ない」「きもい」全て、自分の兄姉に言われた言葉。
それだけじゃない。
私が馬鹿にされて泣く度に言い聞かされた「それだけで泣くな」「気にするな」。
母が私の前で祖母へ言った「甘やかしすぎたかも」「失敗したかも。」
早退した日の車の中や家で母がこぼしたため息と「疲れた」「頻繁に休まれると困る」「迎えに行くのも大変」。
クラスメイトに嫌なことをされたとそうだした日に言われた「気にするな」「無視すればいい」
そしてつい最近、体調について相談する度に言われる「自律神経が乱れてるだけ」「生活習慣を直せば治る」「ストレスは自分で発散して」
昔のものはもう、言われ続けてきて記憶違いかすら分からないけれど、間違いなくそれらに引っ張られて。
親にも兄弟にも迷惑は掛けられなくて、本当に辛い時に相談もできなくなっていって。
リスカもして、オーバードーズも考えて、睡眠導入剤を隠れて飲んででも生活習慣を治そうとして、日常生活でもすぐにあれ欲しいこれ欲しいが言えなくなって、これがしたいも言えなくなって。
自分のやりたいこと、したいこと、思い。
全部を抑え込むようになってしまった。
それに加えて、昔から兄姉の頼まれた事をずっとやり続けてきたから、断ったら小言を言われたから、今でも重要なことですら頼まれたら断れなくて。
知人程度、年上への断り方が分からなくて、本当に仲のいい人以外には容易に断れなくて。
いつの間にかやりたかったこととやりたかったわけでもないこと両方とも背負って。
色んな「やるべき事」を押されて。
それをやらないと「本当にやりたいこと」「やりたかったこと」ができなくて。
強化ガラス3枚で出来た心は、外側は綺麗なのに、中の一枚がボロボロに砕けてて。
器はもうヒビが入って割れて。
ボロボロになってしまった。
今でもリスカは続いてるし、今のままではこのまま首を吊って死んでしまおうとも思ってる。
だからこそ伝えたい。
子は親に甘えるべきだと、親や年上は子の前で愚痴を零すのは駄目だと。
毒親相手には甘えても無駄かもしれない。
でも毒親じゃないなら、ちゃんと愛してはくれる人なら、相談するべきだ。
はっきりと、自分の悩みも思いも全部打ち明けるべきだ。
それで喧嘩しても、泣いても、一度はぶつかるべきだ。
私みたいになる前に、勇気をだして振り絞って、話し合って見てほしい。
それでなにか少しは変わるかもしれないから。
ごく少数でも、救えるかもしれないから。
私は本当に辛くてしんどい。
誰にも言えないから。
だから、ネットでもリアルでも、全てぶっちゃけて、楽になりたい。
感想1
経験談の投稿、ありがとうございます。個人的に、あなたが抱えている気持ちをこの場に届けてくれて本当によかったと思っています。
死にたい理由を「憶測に過ぎない」と書かれていましたよね。でも私は読んでいて、投稿者さんの親や兄姉の態度や言葉は確実に人を傷つけるものだし、今あなたが感じている苦しさに十分影響しているだろうと感じました。挙げられていた言葉は、どれも傷つく言葉だし、気にしないようにするには無視できない言葉だと思います。傷の手当てもされないままに「泣くな」「気にするな」と言われても無理な話だと思うのです。
親から聞かされた「失敗したかも」という言葉も、どれだけあなたの心を傷つけたか・・・。それを聞かされたときのあなたの気持ちを思うと、心臓が引き絞られるような、足下に真っ暗な穴が空くような、そんな感覚を覚えました。
相談しても気持ちを受けてもらえない、投げた言葉もかわされるとなると、気持ちを渡すこと、言葉を発することが段々と意味のないことように思えてしまうのだろうと思います。実際私自身も身に覚えがあります。家庭の中でそういう経験が重なると、投稿者さんが書かれていたように、自分のしたいこと、やりたいことや気持ちを抑え込むようになってしまうのだと思います。受け取られない気持ち、伝わらない言葉が自分の内に溜まっていくとどんなに生き苦しくなるのか。死にたい気持ちになるのも当然だと思いました。リスカは、強化ガラスがボロボロになるほど苦しい今を乗り切る、投稿者さんなりの生き方なのかなと想像しています。
私自身は、自分の深い気持ちや相談事を家族に話すのは諦めています。何度かわかってもらいたいと思って伝えようとチャレンジしましたが、チャレンジすればするほど受け取る力があの人達にはないのだということを経験するだけでした。投稿者さんが書かれていたように、親に受け止めてもらえるのが理想ですが、実際それが難しい家族関係がどうやら世の中には存在するようです。でも人は良くも悪くも変化するものだから、もしかしたらいつか受け止めてもらえる日が来るかもしれない・・・と淡い期待を心の隅に持っています(諦めが悪い私です)。
投稿者さんも、まだ諦めていないからこそ経験談を書いてくれたのではないかと想像しているのですが、どうでしょうか。タイトルに「言葉」とつけられた意図を考えてみたのですが、投稿者さんの中に伝えたい、受け取ってほしい言葉がたくさん浮かんでいるんじゃないかということを思いました。もしよければ、経験談や死にトリの他のコンテンツも使いながら、少しずつでいいので形にしてみませんか?辛くてしんどいことも、あなたが感じている大切な気持ちです。もちろんやりたくなかったら断ってもらっても大丈夫です。「やりたくない」と思うことも大切なことです。
投稿、ありがとうございました。