私は昔から人と喋るのが苦手だった。どんなに頑張っても家にいるときのような声が出ず、相手が聞き取りにくい低くて小さい声しか出なかった。家族以外の人間の前で笑うことにも抵抗があった。大学入学後、人生で初めて精神科に行き社交不安障害ではないかと言われた。
小学校の頃、図工の授業がものすごく嫌だった。バカにされるかな、下手くそだと思われるだろうな。周りの目が気になって全く進まない。そして先生に叱られる。図工がある日は毎日、行きたくないと泣いていた。でも、親は休ませてくれなかった。叱りつけて私を学校に送って行った。学校は絶対に休んではいけないものだと私は学んだ。
中学校の頃、体育の授業が嫌いだった。私は全く運動ができないから。腕立て伏せも腹筋も、一回もできない。水泳も全くできない。持久走では毎回ビリ。おまけに周りの目が気になって思うように動けない。先生からサボるなと怒られるのが怖かった。それでも学校は休まなかった。
高校二、三年生の頃、グループワークが辛かった。みんなが何をしているのかもわからないし、自分が何をすればいいのかもわからない。誰も私に指示を与えてくれない。私は動けなかった。文化祭では、誰も私のことが見えていないかのように目の前を通り過ぎていく。先生に怒られそうで怖かった。
大学受験期は一番辛かった。高三の五月、突然高校にこれまで以上に居心地の悪さを感じた。憂鬱な月曜日、それがやって来るたびにギリギリまで休もうかと考えた。己の弱さに負けて一、二回休んだが、ほとんどは行った。高校も嫌だが家にも帰りたくない。私は末っ子で、きょうだいたちはみんな家を出ている。家にいるのは嫌いな親だけ。毎日毎日ストレスを与えてくる。そんな中で受験勉強。結局第一志望の大学には行けなかった。その大学以外に興味はなかったのに。
大学でも、高校と同じようにグループワークに苦しめられた。ついに私は崩壊した。大学をやめることにした。親は猛反対したが、完全に無視してやった。私は初めて、反逆児となった。
私の親は一般的には良い親だ。だが、なにか違和感がある。あの愛に矛盾を感じる。都合に依存した愛。私の精神的苦痛には興味ないんでしょ。学歴しか見ていないんだね。それとも私に自殺してほしいの? 私は親が嫌いになった。親を全く信じられなくなった。
アルバイトしようとしたが、数えるのもめんどうなくらい面接に落ちてもう諦めた。数撃ちゃ当たると思ってた。求人サイトの募集要項は嘘っぱち。甘い言葉に釣られた私がバカだった。
悲しいことなんて何一つない。私の人生は喜劇だったじゃない。一度もいじめを受けたことがないし、親から虐待、ネグレクトされたこともない。人が変わったように残酷に無視はされたときはあったけど、クラスのみんなは優しかった。一時期友達と呼べる人もいた。大好きなきょうだいたちもいる。鬱になったこともない。私よりももっと苦しい人はいるじゃない。幸運にも私はそんな人たちよりマシな環境にいるんだよ。
そうだ、私は幸せなんだ!
幸せ……なの?
なんて空虚な幸せ。何も感じない。
私は欲張りだ。恵まれた環境にいるのに、まだ多くを望んでいるんだから。
何をそんなに苦しんでいるの? 全部私がまいた種じゃない。私が喋れば全て解決する。グループワークで何をすればいいか訊けばよかったんだし、ちゃんと笑顔で饒舌に喋ればどこかアルバイトで採用してくれたはず。大学もちゃんと卒業できた。受験に落ちたのも別に親のせいじゃない。無能だからでしょ。全部私が悪いじゃない。自業自得ってもんよ。
こうやって自分を責める。全部私のせいなのは事実だし、多分そうするのが好きなんだと思う。
今は幸せ。一人暮らしで親からは離れている。仕事もしていない。私を煩わせるものは何一つない。独学で自分のペースで、ある勉強をしている。それは親からやらされているわけではない、自分でやると決めたこと。下らない動画で笑えている。家事もできている。ちゃんと眠れている。誰とも会話しない日々。単調で退屈だけど、人生で一番幸せ。
資格を取ったらまた仕事を探さないと。ここはコミュニケーション能力、自主性、協調性が必要とされる世界。人生でそれを学んだ。そのかけらもない私を雇ってくれるところなんてあるのかな。私に居場所があるのかな。
人類史上最大の悲劇的な人生を送っているかのように、長く書きすぎた。悪い癖。
ごめんなさい。
感想1
一人芝居の脚本のような感覚で読みました。そして、「納得した」と思っては、また「いや、違うかも」と感じて、「きっとこうなんだ」と気づいたと思ったら、やっぱり「そうではなかった」と思い返すような内容に、真剣に生きている姿を感じました。哲学的でもあり、芸術的でもあるような一つの創作のように思えました。
また、ところどころに表現される考察が興味深く、思わずうなずきながら読むところもありました。特に親への違和感は非常に鋭いと感じています。一般的な良い親であることと、子どもを尊重する親であることは今の社会では同義(どころか似てもいないかもしれません)ではないことをあなたは経験から見抜いているのでしょう。私は親が子どもの成績や将来に口出しすることが公然と認められていることにずっと疑問を持っています。子どもがどうなりたいかではなく、親がどう育ってほしいのかを決めたり、押し付けたりしてもいいという風潮には違和感しかありませんでした。だから、あなたの親に関する考察には深く共感をしました。
そして、学校の図工の授業が嫌だった話で自分の学校時代のことを思い出しました。私は音楽で人の前で歌を歌わされたり、楽器を演奏させられたりすることがとても嫌でした。人前で何かをやらされて注目されることがとても苦痛でした。私が大人になってから、子どもたちの相談にのる仕事をした時に、不登校の小学生が運動会がキライだと言いました。その子が「どうして、人が見ている前で走らなければならないのか」と言っているのを聞いて、まったくその通りだと思いました。これらのエピソードは、いかに大人が子どもの気持ちや意見を尊重せずに子どもの個別性よりもみんな一緒にという画一性を優先しているのかということを意味すると私は思っています。
気持ちや意見を受け入れてもらえないことが多かったけれど、あなたは自ら大学を辞め、反逆して、今の生活を手に入れました。その力はどこから出てきたのだろうかと考えています。最後の方で就職先を探す上で求められる能力として「コミュニケーション能力、自主性、協調性」と書き、自身のことを「そのかけらもない」と書いていますが、私にはあなたはとても自主的な生きかたをしていると思いました。自分が感じることや考えることに耳を傾け、周囲から押し付けられても、自分を譲らずに、道を選ぶ生きかたをしていると思えました。
ただ、自分で選んで手に入れた人生が空虚だと感じています。ようやく手に入れた自分の人生なのに、なぜ空虚な幸せなのか、理由や背景を考えています。人が自分として生きていくうえで自ずと心身が望むこと願うことと、私たちが生きる社会が個人に要求してくることが、知らないうちにひどくかけ離れてしまっているのかもしれないと私は思いました。あなたが今感じているのが、空虚な幸せではなく、別の幸せになるためには何が必要なのか、考えてみたいと思いました。
最後に、あなたはしゃべること(つまり音声によるアウトプット)は得意ではないようですが、書くこと(文字によるアウトプット)はとても滑らかだと感じました。人によってインプットもアウトプットも得意不得意はあるし、癖もあり、それぞれ違うはずなのですが、なぜかしゃべることが重要視される傾向はあります。私は全く言葉を話さない人たちと関わることも多いので、コミュニケーションは言葉だけではないし、人との関わりはコミュニケーションだけではないとも思います。本当は多様な人たちがいて、関わり合い、それぞれが力を発揮しあい、補い合うようなフィールドもあると私は思っています。そんなことを考えさせてくれる経験談でした。