経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

長かった。

毎日明け方に目が覚め、死にたいと思います。
精神科にかかり、20年。ここ数年で仕事ができなくなり、退職。日に日にできないことが増えてきます。今年に入り、増薬。必死に見つけた仕事でも倒れ、行けなくなっていまここ。

大事だけど家族が足かせになって死ねない。

感想1

しんとした空間で、死にたいあなた(心)と、現実のあなた(頭)が対峙しているイメージが浮かびました。その空間では、現実のあなたよりも、死にたいあなたの方が存在感はきっと大きくて、それを記録するように、経験談を書いてくれたのだろうかと想像しています。(全然的外れだったらすみません。自分が経験してきた感覚を参考にして想像してしまっています…)

何かをできる方に頑張るのではなく、どうしたら自分がちょっとでも楽になれるのかの方に頑張れたなら、何か光も見え始めたりするのでしょうか。
ネットでこれを読んだだけの私にわかることは少ないですが、死にトリは、死にたいあなたが存在できる場所だと伝えたいです。またいつでも訪れてください。

感想2

つぶやくように、息が漏れるような、独白のように書かれた文章だと感じました。あなたの目に映る風景はどのようなものなのか、どんな場所でどんなふうに過ごしているのか、短い文章の余白から、想像できないなりに想像してみようとしています。なんとか頑張って頑張って日々を過ごしても、暗中模索のような、出口の見えない苦しさがあるのだろうか…となんだか少し飛躍しているかもしれないのですが、そんなふうにも感じました。その中では、物理的には横になって目を閉じても、十分に心身を休めることも難しいのではないかと思います。といっても、休もうと思ってうまく休めるなら、苦労はないよな、と私自身の経験からも思っています。
早朝覚醒し、ああ、もう朝が始まってしまった…と思うと、とてもつらい気持ちになることがあることを思い出します。あなたのこれまでが、日々すぎる時間が長すぎると思う時、あるいはこの一日をどうすごしていればいいかわからない時などがあれば、あるいはそうでない時でも、よかったらまた死にトリにアクセスしてください。

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