経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

私は自己顕示欲を満足させるための道具か

生まれた時から人の思いに左右されてきた。というのも、私は望まれて産まれてきた子供だからだ。昔、試験管ベビーという言葉があったが、私は不妊治療で産まれた。両親に望まれて生まれてきたのだ。幼い頃からそれを聞いて育ってきたが、自分でもわからないうちにこんな言葉が心の中に生まれた。私は便利な道具でいなければならないのか。子供という名のオモチャなのか。利用価値が無ければ生きていてはいけないのか、と。出会った様々な人に「待望の子供」とか「箱入り娘」とか「一人っ子だからワガママ」などと言われてきたが、そのたびに私は不機嫌になって両親に当たり散らしてきた。私は、産んでくれなんて頼んでいない、と。

なぜこんなに辛いのか、正直なところ、未だにわからない。

ただ、この世界で一番優しい人間になるには、今すぐに死ぬことだと思っている。

こんなガラクタでは誰の役にも立たないし、こんなポンコツは生きていてもしょうがないのだ。

家にいるのが辛い。私が病気だからというのもあるのだろうが、家のそこら中に泣いている小さな私がいるのを見つける。

味方になってくれないのは、なぜ。正しさを突き付けて私を責める言葉しか聞けないのは、なぜ。

私は、天使ではない。可愛くもなければ、綺麗でもない。両親の、教師の、トモダチの、理想の人間ではないのだ。

私は言いたかった。あなたたちの理想の人間には、自分でなってくれよと。

そのメッセージを送る方法が一つだけあった。私が不登校になることだ。

私は、小学生の時に不登校を選んだ。自分で決めたのだ。

だけど思った反応はなかった。両親には責められたし、トモダチには見下されるようになった。そう感じる私の心が歪んでいるのかもしれない。だけど、私は彼らの理想の人間に成っていく過程から外れた。これで良かったのだ。いつもピリピリしている、ハリボテの優等生でなくなった。そのことで、私は今、いくらか自由を手にしていると信じたい。

私は望まれて生まれてきた。そういうと、私がナルシストで利己的で保身しか考えていない人間だと思われるだろうが、まさにその通りだ。

両親や教師に言わせれば「自分のことしか考えていない」そうだ。

私はこの言葉について納得したいと思っている。人のために生きるとか、人が好きだとかウソがつける人間には死んでもなりたくない。人が好きと言えてしまう人間は、大抵、自分にとって都合の良い人間しか好きではない人物だからだ。偏見だと思われるだろうか。でも、実際に私はそういう人間に出会った。人のために生きると言っていた人間は、私の存在が迷惑だと言ったのだ。私が死の淵にいても、煩わしさしか感じていない人間だった。私が必死でSOSを送っても、次にそんなことを言ってきたら警察に通報する、と言えてしまう人間だ。自分が何をしたのか分かっていないのか。

あの時、私は死んでいれば良かったのか。

私が命を手放すことは、今でも間に合うだろうか。

信じたかった。一緒に生きていけると思っていた。共に歩む未来があると当然のように信じていた。

私自身も、そいつに理想の人間を押し付けていたのかもしれない。

私は、ポンコツだ。

何で生きなければならないのだろう。死なせてくれよ。この世界にずっといるのが辛いんだ。これがあと何十年も続くなんて、耐えられないのだ。

一緒に生きていきたいと思った人にはゴミくずのように捨てられた。未来についての想像が、悪夢かってくらい最悪の想像しかできないのだ。

中学校では、真っ逆さまに堕ちるように、真面目に不良の道を歩んだ。

学校の校舎を壊すというような想像をしていた。授業テロと私は呼んでいるが、いかにもロクでもない人間がするであろう発想をしていた。だから、学年主任の教師に「学校に来るな」と言われた。

真面目な私は教師の言葉に従った。本当にそれから二年間、一度も授業を受けなかった。

私の中学の通知表に、成績がつけられたことはない。

小学校とは違い、中学での私は、学校に行きたくても行けない、だった。教師に止められていた。

もっともっと悪いことをしていたら、教師のやつらの小奇麗な顔に汚泥を塗ってやれたのだろうか。

万引きなんてしなかったよ。そんな小さいことであいつら何も気づかないからさ。再起不能なくらい中学校を破壊してやりたかった。でっかくて派手なことやらないと、鈍感なあいつら、何にも気づかないからさ。

私は社会のゴミくずなのだろう。死んだ方が少しは誰かの心の安息を守れるのかな。

私は真面目なので、教師が思い描くであろう不良の私になっていった。

小学校の頃は、真面目でおとなしくおっとりした優しい、いい人だった。どうでもいい人だった。トモダチに「あ、いたの」と何度言われたか。それでも私は笑っていたのだ。辛抱していた。何がいじめで、いじめでないのか分からないまま。

学校のあの日々が、普通で、日常で、当たり前の日々なら、仕事場もあんな感じなのなら、私はとても仕事に就けそうにない。どこに行ってもボロボロになるのだと思う。心が死んでいくとわかっている場所に、なんで好き好んで行かなければならないのか。

頑張ったよ。タバコ吸ってみた。トモダチを理由もなく言葉でフルボッコにしたし、人ではないが、物を壊した。こんな私があなたたちの理想なのでしょう、と見せつけるように。

こういう不良を作りたかったんでしょう、と問いかけるように悪いことをした。

期待通りだと思う。私に「学校に来るな」と、「迷惑だ」と言ったあいつらの。

私は、あなたたちの正義のための人柱だ。犠牲だ。満足しているよね。私のお陰で、あんたら正しい人間になっているんだよ。ありがたく思ってよ。

ネンショーや鑑別行きになっていれば、高い塀の中の厳しい世界で鍛えられて、今よりまともな人生を歩んでいたのだろうか。

だけど、腐ったみかんにはなりたくなかった。誰かを巻き込んで、堕ちていきたくなかった。

もしあの頃、街中を隊列組んでバイクで走り回るような仲間がいたら、今が変わったのだろうか。

伴侶がいて、子供がいて、幸せな家庭を築けていたのだろうか。

そんなもしもはない。知っている。私はどこにいってもいらないモノなのだ。

どうしてもあのおばあさんが心から離れていかない。

私を家畜と同等に扱った人。大切な連絡事項を教えてくれない人。私の人権を無視している人。

高校生になって、あの人のことを諦めた。大人げない嫌がらせや、シカト、理由のない暴言など今でも覚えている。自分の感情のコントロールが苦手で、その日の気分で宣言したことを撤回する、感情が不安定で、人をその負の感情で振り回す。

そんなばあさんを諦めたはずなのに、20年近く未だに関わっている私はいったい。

知っているかな、おばあさん。怒るってことは、自分が無力だから構ってくれって、相手してくれって大声で泣き叫んでいる小さな子供と同じなのだよ。

80歳近くの幼女の子守りなんて、だるすぎる。

あなたのことは、諦めました。と言いたい。虐げられて、召使い扱いされて、独りで泣いていた小さな私を、もう救ってやりたい。いつまで経っても人を深く傷つけていることに気が付かないあなたのことは、本当に諦めました。

どんなに素晴らしい経歴があっても、私にはあなたが無力な幼女にしか見えません。

私はあなたの自己顕示欲を満足させる道具ではない。

感想1

経験談を通して明確な意思を持ち続けて生きてきたあなたの人生の一端を背筋が伸びる感覚で読ませて頂きました。子どもながらに便利な道具としてオモチャのように扱われてきた感覚があったのなら、時代錯誤で偏見をもった価値観である「箱入り娘」などという表現に対して、あなたが反発したのは正直で真っ当な反応だと私は思いました。どの言葉もあなたのことをひとつも正確に表していないのだと思います。部屋の至るところで泣いている小さなあなたにその後の人生の辛さにつながる感情が詰め込まれているようです。幼少期から両親含めた大人とは違う感覚で周囲のできごとを感じ取ってきたのではないでしょうか。大人(親)は子どものことをしっかり見ていないけれど、子ども(あなた)は大人をしっかり見ていたんですね。読み進めたら小学生のときに不登校という行動で意思を表明したことがわかってとても納得しました。自分のことしか考えていないのではなく、自分のことだけを初めて考えたのではないかと私は思いましたし、自分の意思で手に入れた、他者の理想や他者からの支配に距離を置いたひと時の自由だったのではないでしょうか。さらにその後は、あなたの権利よりも周囲の権利や承認欲求を満たすために利用されたことに対して色々な行動によって意思を表現してきたんですね。「あなたたちはこういう私でいて欲しいんでしょ?!そうするとあなたたちの存在は守られるんでしょう。」と言わんばかりです。“私は真面目なので教師が思い描くような不良になった。そのおかげであなたたち(教師)は正しい人間になっている” これは人間関係を考える上で本質的な視点だと思います。この表現を聞いて私はその逆も考えました。“私は真面目なので教師が思い描くような優等生になった” 不良でも優等生でも傷ついているひとは今も多くいるはずです。誰のための教育現場なのか…子どもの権利が守られる教育現場であって欲しいと思いますし、あなたの行動や表現はそれをはっきりと教えてくれているようです。最後に気になったのは、あなたを感情で振り回し、虐げた家族にも関わらず、現在はあなたがケアしなければならない状況を想像しました。(違っていたらすみません)そうだとすれば結局、泣いていた小さな子どものあなたが今も泣き続けているようなイメージが湧いてきます。理不尽な状況は終わっていないのではないですか?今回は経験談に投稿して頂きましたが、今後もこういった言葉にする機会を何かしらもって欲しいと感じました。あなたの意思や力なら日常的に関わるひとや環境が変わるとその先の人生が何か変わる想像が湧きました。いまは電話やSNSなどで気持ちや生き方、これからのことを話す窓口もあります。ポータルサイトをお伝えしますので、良かったら利用してみてください。
まもろうよこころ https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/
死にトリには他のコンテンツもありますので、こちらにもまたアクセスしてみてください。
経験談の投稿ありがとうございました。

感想2

強くて重い感情が込められた経験談だと思いました。感情というよりも、意志というべきか、存在というべきか、うまく当てはまる言葉が見つからないのですが、あなたという存在感がつまった経験談だと思いました。この経験談を投稿するという行動もそうですが、経験談に書かれているようなこれまでの行動もすべて自らの尊厳を損なうまいと表現したものなのかもしれないと私は感じました。
それらの行動は一見、無謀で周囲からの信頼を失ったり、誤解をされたりする結果になるものだろうと思いますが、それがわかっていても(わかっているからこそ)、自らに存在を表現し続けているのだろうと思うと、その根源には何があるのだろうと考えています。
私は個人は尊重されるものであると思っています。そして、私たちの社会でも尊重されるべきとされています。しかし、現実の世界はそうなっているわけではなく、尊重されずに苦しむ人がいます。あなたはひょっとしたら、自分の出生や親からの扱いにより、何よりも自己の存在や尊重ということを感じ続けたのではないかと想像しています。おそらく、多くの人たちがあまり深く考えず、感じずにいることを、あなたは気が付いた時にはそれを強く感じずにはいられず、何らかの形で放出していたのかもしれないと感じました。
経験談のところどころに、「ポンコツだ」「今よりまともな人生」「社会のゴミくず」「どこにいってもいらないモノ」などという表現があるのは、社会的な価値に比較して、書いたのだろうと想像していますが、私は経験談を読んだだけなのに、あなたの書いていることは何らおかしなところも、極端なこともなく、ただひたすらにまっとうでもっともなことが綴られていると思いました。私には社会がポンコツで、ゴミくずで私たちにとってはいらないモノに感じられました。
経験談には望まれず生まれたことにより自分の存在への疑問や否定を訴える人がいますが、あなたの経験談を読み、望まれて生まれてきたことでもまた自己の存在への疑問や否定があることを痛感しています。正反対に見えて、同じ結果をもたらしていることに、社会が今よりもまともになるヒントがあると思っています。それはいったい何なのか、ずっと考えています。(ちょうど、年末年始にかけてこの感想を書いていたので、私の考えは年を越してしまいました!)個人として、その人としての尊厳が守られるためには何が必要なのでしょうか。この経験談に込められた思いを直接聞いてみたいと思っています。
よかったら、続きを聞かせてもらいたいと思いました。また、死にトリに参加してもらえたら嬉しいです。

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