経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

未来が見えないです

結局、就職活動を必死こいて頑張っても鳴かず飛ばずだった。面接が壊滅的にできない。だって、自分が自分を良いものだと思えていないのに、どうして魅力的な自己PRができるのかという話で。
どこの一次面接も通らず、行きたくもなかった人手不足の業界を受けても通らず、完全に心が折れてしまった。あー、社会は本当に私を必要としていないんだな、とわからされてしまった。
就職支援に毎週何回も通って、頑張って頑張って頑張って、本当に頑張ったのに。それでも駄目なんだったらもう無理だよ。就職支援の人たちは「内定がもらえるまで頑張ろう」としか言わないから、もう頼れなくなった。
酷い時は一日中泣いていて、吐き気でご飯もほとんど食べられず、一日中求人サイトを見ているから全く寝れなかった。おかしいと思った母が、就活をやめて大学のカウンセリングに行くよう勧めてくれた。今は求人サイトを見ないようにしていて、ご飯と睡眠もなんとかなっているけど。
でも、面接というものが完全にトラウマになってしまった。元よりプレゼンや発表の類は苦手だったんだから、ましてや全く良いところのない自分をプレゼンしろだなんて、ハナから無理だったんだ。最初は頑張れていたのに。
面接に行った企業があまり良くなかったのも、あったのかもしれない。面と向かって私を罵る面接官もいた。鼻で笑われたこともあった。強く詰められたこともあった。頑張って話しても、「それが何の役に立つの?」と言われたこともあった。面接のことを思い出すだけで、本当に歩けなくなって、しゃがんで、あるいはうずくまってしまうから、今は思い出さないようにしている。
「貴方が悪いのではなくて、企業との相性だよ」とか「100社落ちるのが当たり前だよ」とか、もう、疲れた。もう面接を受けたくない。会社の利益になるかどうか、というものさしで測られなくない。でも、ここで折れてしまった先に待っているのは、大卒フリーターという情けない肩書き。でも情けないことに、もう頑張れない…
就活をやめてからもう1か月も経った。なのに全く元気になれていない自分が大嫌い。ここまで人生がめちゃくちゃになってしまうとは思わなかった。どうしたらいいんだろう。こんな自分が情けなくて、内定を貰えている友人たちに会いたくなくて、連絡すらとれなくなってきた。このままだといつか一人になってしまう。
多少歪でも普通の人生を歩みたかった。いじめっぽい環境にいたって、精神的虐待っぽい環境にいたって、これまでの生活はなんとかなってきたのに。ギリギリ普通でいられたのに。人生のレールから派手に脱件事故を起こしてしまったような気持ち。
私が自分を肯定できないのは、多分5割くらいは環境のせいなのに、そのせいで正社員になれない。どうしようもなかったことなのに、そのせいで普通の人にならせてもらえない。誰でもできることだから面接というシステムが存続しているのに、私は普通じゃないからできない。
結婚とかもしてみたかったのになあ。フリーターじゃ無理だよ、可愛くもないのに。一生非正規雇用で、下手したら生活保護で、孤独死するのかな…そんなの嫌だ…
どうしたらいいんだろう。今はとにかく休むしかないってわかってるのに、本当にわかってるのに、苦しくて全く心が休まらない。それでも大学はいずれ終わるから、いつかフリーターになる日がやってくる。
怖い。もう生きることをやめてしまいたい。10年後に自分の人生を振り返った時、何にもないのが怖い。
カウンセリングに行ったり、色んな所に相談してみたり、趣味だったことをやってみたりしてるけど、何にも進展しない。常にうっすら泣きそうで、満タンのコップみたいに、ちょっとの刺激で水があふれて泣いてしまう。
もうどうしたらいいんだろう。虚しい。寂しい。

感想1

「人生のレール」という言葉から、そのレールの中の、外の未来ってどういうものなのだろうと考えながら読みました。就活にあたって、あなたは苦手なことをそれでもやらねばならないと思って頑張り続けてきたのだと思いました。うまくいかないことが続く中で、消耗してしまうのも当然のように感じました。その疲弊は凄まじいものだと思うし、さらに「大卒フリーターは情けない」といった、たぶん世の中でたくさん聞いてきたのかなと思う様々な意見に翻弄されて自己否定も膨らむ中では、回復することも容易ではない状況なのかなと想像しています。
ちなみに私は大卒で、現在フリーターと障害年金などの制度を組み合わせて生活している30代ですが、私自身大学生のときには「就職」以外の生き方が許されるイメージがまったくなかったなぁと思い返しています。(今思うとそんなことは全然ないことがわかるのですが……。)生活保護もあなたにとっては身近ではないことだったのかなと想像しました。誰にでも自分なりの当たり前があり、「こんな人生はあり得ない」と思うことも人それぞれいろいろあるのかなと思うのですが、現にそれで生きている人はたくさんいるし、その人生が悪いとは私にはどう考えても思えませんでした。ただ、自分にとって「こうでなければいけない」「こうであってはいけない」という厳しい眼差しが向いているとき、現実的に可能な生活が見つからなくなってしまうこともあることが一番のむずかしさなのかなと感じています。

新卒の就職活動ってみょうにテンプレ化されていて、なんでだろうと思うことが多いです。面接で求められるスキルって、仕事内容とは関係ないこともかなり多い気がしますし、面接でその話をすることは仕事に就く上でなにに関係するの?と思うこともあります。そもそも私は新卒就活は即座に脱落したので、ほとんどしてないのですが……。あなたは就活支援に通ったり、真面目に取り組み続けてきたのだろうなと思います。これまでの学生生活でも、もしかしたら苦手なことはあっても真正面から取り組んできた人なのかなと想像しました。それでもうまくいかない中で、「内定がもらえるまで頑張ろう」というある意味マッチョな感じの支援担当の人たちの言葉はプレッシャーすぎるなと思いました。あなたとしては選びたくなかったのかなとも思うのですが、その中で就活を辞められたのはむしろ大事なことのようにも思いました。就活も、あなたを生かすための活動の一つなのであって、あなたは就職のために生きているわけではないからです。

いじめや家庭環境など、たくさん苦労してきたのだろうと思います。その中であなたは自分を助けるために「普通」でいたかったのかなと思いました。たくさんの経験談を読ませてもらっていると、人の思う「普通」というものは案外さまざまだと感じることがあります。それは平均点とか、普遍的ななにかとかではなく、その人の理想の一形態なのだと私は思うようになりました。
あなたにとっての「普通」はまず正社員なのだなと思います。私はそれは大学生の時にもあまり持っていなかった感覚だなぁと思い、あなたの周りには企業勤め・正規雇用の人が多い環境だったのかなと想像しました。「正規雇用」は「結婚」に結びついているのかなとも読んで思ったのですが、これもすこし不思議な感じがしています。
また、逆に非正規雇用、生活保護、孤独死はもう一つのルートというか、正しいレールの外はすべてそんな感じのイメージなのかなと思うと、それはとてつもなく厳しい人生ゲームのルールの中をあなたが生きているように感じました。私が知る非正規雇用の人や生活保護を受けている人、さまざま生活をしている人を想像するのですが、それはただ「人」である以上にくくることが難しいくらい単純化できない多様なものだと思います。
ただ私も、さまざまな場面で「これに失敗したら人生は終わりだ」と思い詰めて死にたかった経験はありますし、私たちは色々な人に出会う機会は少なく、自分の知るものがすべてだと思って生きている生き物なのだと思います。また、そもそも世の中にジャッジする態度が蔓延している中で、どこからみても刺されない仮想の自分を組み立てなければ傷ついてしまう状況もある気がします。だけどその今までの世界観で自分が立っているのが苦しくなるならその外側に目を向けてもよいのではないかとも、個人的には思いました。もちろん、いまあなたになにか行動すべきと言いたいわけではないです。まずは寝られるだけ寝てほしいし、休んだり、楽なことをして心身を休めてほしいなと思います。ただそれでもあなたのこれまで培ってきた認識があなたを責めるときに、それだけじゃないよと思ってもらいたいと勝手に考えてしまうのでした。

感想2

あなたはとにかく自分の出せる力を振り絞って頑張って、頑張って、頑張りまくったんだろうなと思いました。だけど、頑張って頑張って頑張っても、うまくいかなかった(エネルギーを消費して消費して消費しまくったのに、エネルギー補給がされることがなかった)からこそ、あなた自身が疲れ果ててしまったのかなと思いました。そして、最初のうちはうまくいくかもしれないという希望を持てていたものが、やってもやってもうまくいかなかったという経験から、今はうまくいかない未来しか想像できなくなってしまったのかなと思いました。だから、あなた自身の「もう頑張れない…」という言葉に「それはそうだよ…」と勝手ながら言いたくなりました。

加えて、そんな状況下で、「内定がもらえるまで頑張ろう」という言葉には、「それはそうなのかもはしれないけれども、一旦今のしんどい気持ちを聞いてほしいし、今の気持ちを聞いて受け止めてほしい」と感じてしまいました。そう思ったのも、自分自身がしんどい時に、無理やり前を向かせられることにウっと来てしまいがちなので、そう思ってしまったのかもしれません。そして、前向きな言葉をかけてくれるとしても、一旦その時の自分の気持ちに一旦付き合ってほしいと思ってしまったんだと思いました。

他にも、面接官から罵られたとのこと…。正直、私は「選ぶ立場だからといって、なにを言っても許されるわけじゃない」と思いましたし、「評価をする、順位づけをすることは志願者に大きな影響を及ぼすからこそ、慎重かつ真摯に向き合ってほしい」と強く感じてしまいました。そして、あなたが自信を持てない背景には、大きく環境が絡んでいるように、それぞれそこに在る姿は、環境によって作られた要素も大きいと思う自分がいます。

だから、〇〇ができないということに対し、単純にその場で「あなただけが悪い」と社会や環境の問題が個人の問題にすり変わることに私は納得しがたい気持ちになりました。
そして、会社にとっての利益を得るためとはいえ、そんなに時間を割くことは難しいからこそ、今の面接システムが構築されたのかもはしれないとは思いつつ、そんな表面的な部分で判断されてたまるか…という気持ちにさせられました。

だけど…。そうやって、真摯に向き合ってくれる企業もそんなに多くないのかなとも感じてます。だからこそ、あなた自身が就活で追いやられてしまった、かつ、就活に希望を持てなくなったのかもな…と私は考えました。そして、自分のスキル的なところも、環境がかなり絡んでいるものなのに、それを全て個人に押し付ける社会の構造だからこそ、気持ちの行き場もなく、思いつめさせてしまったのかもしれないと思いました。

今は休みたいのに休めない、かつ、今は休むしかないとわかっているのに休めないからこそ、もどかしい気持ちがあるのかもしれません。この話をきいて、「急がば回れ」という言葉を思い出したのですが、遠回りであっても安全で確実な方法を選んだほうが結果として早く確実に着くとわかっていても、ついついそれを無視してショートカットしちゃうものだよなと自分の経験を踏まえて思いました。だけど、よく考えたらどれがベターな道なのか、提示されるわけではないからこそ、特にうまくいっていないと感じる時こそ、この道でいいのかと悩んでしまうものなのかなと考えました。

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