経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

生きるの辛い

私は幼少期から両親が不仲で喧嘩する度に八つ当たりされて生きてきました。
中学生頃から朝起きれなくなったり吐いたりと症状は少しずつ出てきたのですが、父親が厳しくて病院に行かせてもらえませんでした。
高校生になり両親が離婚したのをきっかけに更に精神状態が不安定になり、授業中に涙が出たり、希死念慮があったりとかなり不安定だったので心療内科を受診しました。
ただ、そこの先生と合わず途中で行くのを断念して、3年ほど薬も飲まず耐えてました。
ただ社会人になり、歯科助手として働くも衛生士と同じ仕事をさせられストレスから頭痛が酷くなり動けなくなり入院。
休んでることを叱咤されなくなく退職。
そこからはキャバクラではたらいてました。その時も通院はしてましたが、ストレスから解放され良くなってきたのでまた病院に行かなくなりました。
今度は母が食道癌の末期と分かり、入院費やら治療費を稼ぐためにデリで働いてました。その時のメンタルはぐちゃぐちゃで毎日しにたくてODして辛い現実から逃げ、でも働かなきゃ行けなくて、、、って感じで過ごしてきました。
4年前母が亡くなり、デリも辞め結婚もできたんですが、まだその時のメンタルぐちゃぐちゃを引きづっており、病院の先生からもなんで幸せなのに死にたいの?って聞かれてほんとその通りだなと思ったけどやっぱり希死念慮は消えなくて。
リスカしたりODしたりの繰り返し。
自分ってバカで最低なやつだなって思ってます。

感想1

今結論だけを見れば“幸せ“と思える状況であっても、それまでの過程や経過はけして平坦な道ではないと経験談を読んで思います。小さな頃から、両親の八つ当たり、不調がありながらも医療を頼れず耐えていた時期、働いてからも動けず入院するほどにまで1人で頑張ってきたという、”我慢をすることが当たり前“というような環境や状況にいたのかなと想像しました。親の治療費のことも、自分よりも他人を優先してしまうからこそ、その中で走り続けるには、どうしてもリスカやODが必要だったのかなとも思います。今どんなに幸せであっても、あなたが本当に苦しい時に苦しさを理解して分かち合ってくれる人はいなかったのかな…と気になるし、読んでいて少し胸がキュッとなります。
過去の苦しさを解消するのはきっととても難しいことかもしれないけれど、今あなたが幸せを感じられているのなら勝手に少しだけ安心しています。希死念慮はもしかしたらずっと付き合うものなのかもしれないし、どこかでフッといなくなるなんてこともあるのかわからないけれど、私は過去のあなたに“よく頑張ってきたね”と伝えたい気持ちになりました。

感想2

経験談の投稿ありがとうございます。両親の喧嘩を目の当たりにするだけでも、しんどいことなのに、八つ当たりまで・・、小さい頃のあなたがどれだけ怖い思いをされてきただろうと感じました。厳しい父親さんの前で弱音を吐くことも、わがままも許されないような雰囲気を感じたのですが、ずっと緊張状態が続くようなそんな時間もあったのではないかなと想像します。喧嘩も離婚も、どちらも両親の問題で両親の責任であることは、きっと大人になってからなら理解できることですが、巻き込まれている当時のあなたにとっては、自分のせいかもしれないと自分を責めることももしかしたらあったのかもしれないなとも思います。一番最後に、自分が最低だと書かれたこともその頃からのあなたの癖になっている部分だったりもするのだろうかとも思わされました。

幸せであっても死にたい気持ちを抱えているというのは、私は矛盾していることだとは思いませんでした。「死にたい気持ち」が自分の砦や安全圏になることもあると思っています。また死にたいと思うことが、あらゆる苦悩から自分を助けてあげたい気持ちだとも受け取っています。

できればあなたが痛い思いをしたり、傷が残る方法ではない、気持ちが軽くなる何かを見つけられたらいいなとは思いながら、死にたい気持ちを安心して話せる場所として必要な時にはまた書き込みに来てほしいと思いました。

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