近頃、主に祖父母に対して複雑な感情を抱くことが多くなりました。昔は優しかった祖母が加齢とともに変わっていく姿を見るのが辛いです。指示通りに私が動かないと機嫌が悪くなる、一時の感情で相手が傷つく言葉や理不尽なことを言うが後から聞くと言ってないと言い張る、食事の準備や困った時の手伝いをするのは当たり前でうっかり忘れたり事情があってできなかったりするとこちらの理由を一切聞かずに責められる、などがあります。祖母は天邪鬼な性格で、一度機嫌を損ねると手伝おうとしても「構うな!あんたにしてもらうことなんてない!」と怒るのですが、そこで私が手伝うのを諦めると「本当にしんどいのに誰も手伝ってくれない」と文句を言い出すのでどうすれば良いのか分からなくなってしまいます。もっと怒らせてしまうと思い手伝いを諦める私を見た祖父に「やらなくていい!と怒られても無理やり取り上げてでも代わりなさい」と言われましたが、私が無理やり取り上げてしまうと足腰の悪い祖母は転倒や怪我をしかねません。祖母が高齢になった今、私の方が力が強いのでできないことではありませんが、私は手伝いたいのであって怪我をさせたいわけではないので祖父の言う通りにはできません。風呂洗いもできる時はするようにしていますが、私が時間が無く祖母が洗った時がありました。洗ってくれたことに感謝を伝え、その日私は湯船に浸かりたい気分だったので入っていいか聞くと「しんどい思いをして洗ったのだからお前は入るな!」と怒られてしまいました。祖母は私の話を聞かずに一方的に怒り、祖父も私の気持ちは無視で常に祖母の味方なので私が祖母に少し強く言い返すと私だけ怒られます。2人とも私が手伝って当たり前という考えのため、何かやって感謝をされることはほぼありません。昔はもっと優しかった2人が今は私を家政婦同然に思っているように感じて悲しくなります。また、私は小さい頃祖母と同じ布団で寝ていたのですが、昔は「私の寝相が悪く寝ている間よくお腹を蹴られて痛かったがそれすらも愛おしい」といった感じで嬉しそうに話してくれていました。しかし最近は「寝ている間よくお腹を蹴られて痛かったしその度に何度も起こされて本当に迷惑だった。それらを耐えて育ててやったのに捻くれ者になった」などと嫌味のように言われるようになり、私なんて生まれてこなければ良かったのかなと思うようになってしまいました。そして私は保育学生なのですが、以前祖母に理不尽な怒られ方をしたので我慢の限界で言い返したところ、祖母に泣かれた上に「すぐそうやって怒るしあんたなんて保育士なれないよ」と夢を否定されました。もちろん実習でも子どもに怒ったことはありません。私は理不尽に責められたので弁明のために言い返しただけですが、祖母を泣かせたという事実だけで祖父にも怒られました。来年から社会人で今年が最後の学生生活なので今のうちに友達とたくさん遊んでおきたいですが、休日は家にいて手伝わなければ…と気にしてしまいます。遊びに行けても帰宅が遅くなったり、帰宅後に昼寝をして洗濯や食事の準備ができなかったりすると祖母が不機嫌になり「もう遊びに行くな!」と怒られてしまうので遊びにくいです。そうやって怒ったことも後から聞くと「言ってない、知らない」と忘れていますが。周りの友達は割と自由で私ほど家事を担って家族に尽くしている子はいませんし、私は頑張っても感謝されない上に理不尽な目に合うこともあるため、祖父母に尽くすのが嫌になってきました。育ててもらったのに最近の嫌な所ばかり目についてこんなこと思ってしまう自分が何より嫌です。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
祖父母、主に祖母について
感想2
あなたの経験談から、とにかく祖父母さんの言動や行動が、子どもの頃と今とではかなり変わってしまったことが伝わってきました。そして、これまでよくしてくれた祖父母さんだっただけに、今の祖父母さんの振舞いがあまりにも真逆すぎて、あなた自身もここまで悲しくなってしまったのだろうかと思いました。加えて、一緒に住んでいるからこそ、無理にでも向き合わされる、目をそむけられない、受け流せないところがあるのかもしれないと思いました。だから、あなた自身が今これだけ思い悩むことになってしまったのだろうかと同時に考えました。(特に、夢の話についても、大事な人に言われたからこそ、かなり傷ついたところはあったかもしれないと思いました。)
そんな中で、祖母さんの性格変化についてですが、認知症の初期症状でかなり穏やかだった人が怒りっぽくなったり、事実とは異なることを多くいうようになったりするということはあるみたいなので、その可能性もなくはないのかなと個人的には思いました。だから、症状的なものであなた自身が、理不尽にも怒鳴られたり、嫌みを言われたりするようになってしまったのだろうか…とも考える自分がいました。
とはいえ、家族だからといって、そして、育ててもらったからといって、家の手伝いをしなければならないわけではないし、理不尽なことを言われてもいいわけではないと思ったのと、今のような状況では、手伝いたい気持ちは湧きづらいかもしれないと思いました。
だけど、あなた自身の中で、本当に過去に祖父母に良くしてもらった、大好きな人たちだったからこそ、役に立ちたいと思いがあったのではないかと思ったので、だから、嫌なところばかりに目がついてしまう自分を受け入れがたい状況にあるのかなと私は考えてみました。
またよかったら、書きにきてください。
ありがとうございました。
感想1
祖父母と関わるのが嫌になってきた気持ちと、そうはいってもお世話になったのだから、そう思ってはいけない罪悪感や自己嫌悪の中で揺れ動き、気持ちをどこにぶつけたらいいのかもわからないし、どうしていいのかも分からない苦しさが伝わってきました。祖父母が感情のコントロールが難しくなり、むき出しの感情をぶつけてくる様子に、それは本当に嫌だろうし、理不尽で、嫌なものは嫌だと思っていいし、言ってもいいはずだと私は思いました。そして、お互いのために介護を手伝わない選択肢をしてもいいと私は思いました。読んでいて思ったのは、祖父母の感情のぶつけ方が単なる加齢によるものというより、認知症などの何かしらの症状であることも考えられるのかなということです。いくら年を取ったからと言っても、あなたに対して理不尽な扱いをしてもいい理由にはなりませんし、子どもの頃にお世話になったからといって、理不尽な扱いに耐えてまで介護をする責任があるわけでもないと思います。
また、認知症などの症状としてそうした言動があるのなら、専門の支援者やサービスの利用などうまく活用して、家族の負担を少なくすることが必要だろうと思います。誰かのお世話をすることは、想像以上に自分を抑制し、心身を誰かのペースや意向に合わせる作業だと思っています。(私も介護後長年やっているので実感です)そんなに厳しい介護でなくても、じわじわと心身が削られていくものなので、リフレッシュや切り替え、時には意思をもってやめたり、委ねたりすることも必要だと思います。我慢して耐え忍んで続けることも一つの選択ですが、我慢をせずやれることだけをやるのも責任ある態度だと私は思っています。
ただ、ここまで書いていて、ひょっとしたらあなたの苦しみはそういうことじゃないと言われるかもしれないと思いました。介護の問題というより、優しかった祖父母が自分の理解を超えて別の人のように変わってしまうことに傷つき、また、その変化をどう受け止めたらいいのか分からない戸惑いや悲しみのやり場のなさがあなたを苦しめているのかもしれません。誰かを責めたり、誰かのせいにできたり、自分が悪いと思えたりすれば気持ちは少しおさまるのかもしれません。しかし、あなたの複雑な葛藤やもやもやとした気持ちは行き場を失ってあなたにまとわりついているようなイメージを持ちました。だから、こうして書いて届けることで、まとわりついた重い気持ちが少しでも整理され、自分なりの意味づけや切り替えをする中で、現実をやり過ごすことができるきっかけになったらいいなぁと思います。また、いつでも必要な時は訪れてください。