子どもの頃から違和感は感じていた。周りと自分は何処か違うと。頑張っても勉強ができない。体育のルールが理解出来ない。ダンスの振り付けが覚えられない。給食を上手く配れない。忘れ物が多い。友達関係が上手く作れない。とにかく、学校生活というものに不適合だった私。勿論、担任からは「努力不足」と思われ目の敵にされ、ヤンチャなクラスメート達からはいじめのターゲットにされた。家庭でも敷地内同居の引きこもりの叔父に悪口や暴力を奮われた。仲の良かったはずの子達も、段々と離れていった。特に接点のない目立つ男女からは、嘲笑の対象だったのだろう。祖母にも、「○○(私の名前)」はバカだから友達が出来ないと言われた。私には家庭にも学校にも居場所がなかった。大人になってからも、仕事の作業が遅いことを散々責められた。お金をいただいているのだから仕方ないけど、入って5日で2年も7年もやっている人達と同レベルを求められると知り、社会の厳しさを感じた。職場はそんなんで転々としてしまったけど、全ては私の作業の遅さにあって辞めさせられたことが多かったのだが、親からは「すぐ辞めて長続きしない」と思われて辛かった。26歳で9つ歳上の男性と結婚した。彼も少し変わった男性だったので人間関係でトラブルは多かったのだが、その度に二人で乗り越えて来た。そんな中、私は自分が『境界知能』『ASD』であることを知った。今までの辛さの原因を知り安堵したのも束の間、私はやはり『普通』ではなかったのだと心が黒く塗り潰された気がした。結婚してからも職場では色々あり、やっと長く続けられる職場に出会えた。私はお金を稼いでいる(少々だけど)から家庭の役に立っていると思っていた。しかし、夫は違った。夫は、私が周りの奥さんみたいに資格を取ってバリバリと働き、親戚付き合いを笑顔でこなし、子どもを育てる、そんな妻を理想にしていた。そして、そんな『普通』の家庭を欲しがっていた。私は今まで『普通』になりたかった。だけどどんなに頑張っても『普通』にはなれなかった。だから、私達は近い内に別々の未来を生きることになる。彼が今まで苦痛と引き換えに、私を包んでくれていたことに涙でしか感謝出来ない。それと同時に私はもう『普通』という呪縛から解かれる。私の願いは、とりあえず両親より早く死ぬことだ。さよなら、社会が望まなかった命。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
『普通』になれなかった私と、『普通』の家庭が欲しかった夫
感想2
実体の掴めない「普通」に振り回されて、なんとかそれに近づこうとして疲れ果ててしまった印象が強かったです。小さなころから周りと比べられて劣等感を植え付けられたり、周りについていけなくて居心地の悪さを感じたり、言葉や態度で直接的に傷つけられたり、あなたが安心できる居場所がなかったと回想するのももっともだと思いました。悔やまれるのは、先生や家族の大人たちがあなたを守ろうとせずに、むしろあなたの苦しみを助長するような言動ばかりしていたことです。どんな事情があったって攻撃されて良い人は一人として存在しないこと、何も分からない子どもはともかくも、大人ですらそんな基本的な人権意識が無いんだなあ…と悲しくなりました。
「普通」というよく分からない言葉は、あなたの言う通り呪いみたいなものだと私も思います。「普通」の定義は分からないけれど、「普通だとみなされない状態」には事細かに名前が付けられています。私もあなたと同じように幼い頃から周りに馴染めなくて、その特性に名前が付けられた瞬間があるのですが、そのときはあなたと同じように安堵と落胆を感じました。
そして今はまた「普通の働き方」や「普通の家庭」というものに振り回されているあなた。「普通の働き方」=フルタイムで出来るだけ長く一つの職場に居続けること、「普通の家庭」=共働きで親戚付き合いも問題なく子どももいる、という大きなイメージは果たして本当に「普通」の像として妥当なのだろうか、この「普通」の像が本当は人それぞれ異なる個々の生活を塗りつぶして見えなくしてしまっているのではないか、と私は考えたりします。少なくとも私や私の周りには、「普通の働き方」や「普通の家庭」に当てはまる生活をしている人の方が多いです。「普通」…時代や環境で変わってしまう都合のいい言葉だなあ…と思います。
実体のない「普通」なら、それに囚われる必要なんか本来はないはずなのに、それを強制されるいわれは無いはずなのにと感じます。けれども私たちは「普通」に縛られて、何が何だかわからないまま「普通ではないから」と排除される、そんな理不尽さを内包する社会を憎らしく思いながらこれを書いていました。みんな生きながら「普通」の呪縛から解き放たれてほしい、私はそう思います。
感想1
自分自身のことを綴ってみて、どんな気持ちになったのだろうかと聞いてみたいと思う私がいました。あなたの経験談を読み終わると、ずっと息を切らしながら走り続けていたあなたを想像しました。できる、できない、わかる、わからない、評価をすることが教育の真ん中にあるような学校では、常にその評価にさらされ自分自身の不全感と隣り合わせだったのかと思います。比べることを教育と勘違いしていたような担任の言葉は、攻撃をしてもいい相手という周囲からの誤解も招き、罪深くあなたを大きく傷つけたと苦々しい気持ちです。家庭でも学校でも暴力の連鎖の中に置き去りにされていた、あなたを取り囲む大人は何をしていたのかと憤る気持ちとともに社会の不甲斐なさも感じます。取り返しのつかないあなたの時間に対し、社会は何ができるのだろうと考えあぐねる私がいます。
苦しさの根っこにあるものの正体がわかったことの安心感と戸惑いは、あなただけにしかわからない大きな衝撃だったと思います。良いとか悪いとか言葉では説明できない何かが、ぐらぐらと揺れていたそんな想像をします。誰からも理解され得ない感覚が、ようやく社会の中で説明できるという高揚感とともに、これまでの社会の中での経験値からそれによって何が変わるのだろうという不安が一気に押し寄せ、また社会から傷つけられるそんな気持ちも持ったのではないでしょうか。
色々あっても、共有する時間に比例するように相手へのかけがえのなさは増えていくように感じます。誰かと誰かの間の絆は、絶対的でないことがとてももどかしく残酷なような気がします。私自身も結婚という形をとっていますが、そのままならなさに怯えたり疑っているようなところがあります。目の前にいる相手の言葉が、自分自身の言葉なのか、社会から刷り込まれている言葉なのか、確かめられたらいいのになとさえ思います。「何ができて、何を持っているあなたが好き」ということなのか、「ただただあなたが好き」と言うことなのか、怖いけど知りたいような、知らなくてもいいことのような気もします。自分も相手も、ままならない存在と言うことを念頭に、心を落ち着ける時間をつくり、良くやってきたとあなた自身にも感謝してあげて欲しいと思う私がいました。投稿いただき、ありがとうございました。