経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

家族という存在の重大性

わたしは今年22になる社会人です。
精神障害者手帳を取得しています。

わたしは発達障害の一面と思われる物を持つ暴れ回る父親と、買い物依存、スピリチュアル依存など色んなものにどっぷり浸かっていた母親の元から生まれました。
異父の兄が居ましたが、わたしが物心ついた時には児相送りで児童養護施設に在籍しており
幼少期の光景はお互いの服を破ったり、テーマパークで大喧嘩する両親をよく見てきました。
後々わたしに発達障害があることも分かったようなのですが、父親が全否定してよくその指摘をした幼稚園を侮辱しておいてそれをエピソードにし「お前のことを守ってあげたんだ」って言われ続けたり、
父親からは「1才の時から俺の相談相手」という存在に勝手にされており、これは成人の歳の縁を切るときまで言われ続けられていました。

一方でネグレクト状態で、菓子パンとおやつで生活をしていました。あとはふりかけご飯など。野菜が出た記憶が一向にありません。今になって思えば手の皮膚が栄養不足で千切れている中それを剥がして遊んでいたりしました。
確かTwitterのような物を4歳の頃にはもうやっていて、当時の大学生や大人と会話した覚えもあります。自分のパソコンが1歳の頃から既にありました。
執拗な方に会った頃、親に「パソコン貸して」と言われ、母親が暴言を私のプロフィールに載せまくっていたのも覚えています。

こんな状態で身だしなみも整わず、常識もわからず、幼稚園、小学校、中学校はいじめに遭い続けました。親に「いじめられている」と言ったところ「いじめられるお前が悪いじゃん」と返され小4にはもう希死念慮が始まっていたのですが、親はいじめっ子だということも判明しました。楽しかったそうです。
不登校になりましたが、学校に行かないことが父方の家族が全体的にあり得なかったらしく、
それから自分の部屋のものを壊されたり、破られたり、電気を壊されたりしました。

(当時存在していた)ネットの掲示板に逃げ込んで死にたいと呟いた際、その呟いたところの人はみんな受け入れてくれて、同い年の年代が多かったのですが、時のたった今もなお関係が続いています。
すごく助かっていて感謝しかないです。ネットなのに。
ネットで検索して同じく死にたい人がいたことが衝撃で安堵しました。

家の画像を載せたり、
しんどくて死ぬ計画を立てていた中学生のときに
本来児相だよね?という話に広がり、まさかのその指摘で家がマジでおかしいことに気づいて児相と福祉につながりました。

児童養護施設にいた頃は親とまだ関わっておりましたが、母親の部屋からはスピリチュアル本が500冊くらい出てくるし、
父親は幼稚園の頃のお前と何で違うんだ!と叫ばれたり全て諸々の責任を私に任せようとしたり当時の状況がヤバかったので縁を切りました。

私のどこかに非があるから変なんだこの家は、って思っていましたが、児相が介入したことで真相が大きく分かり安心しました。
2度とこんな親の元から生まれてきたくありません。

ただ、私自身も暴れ回っていた方で、特に発達障害が分かるまで個性が爆発していたので色んな人に迷惑をかけました。
自分の中で「なんか周りの人だけ大人に見える」という思いもあったものの授業すらまともに受ける態度も持てないASD性、ノートも白紙、宿題は持って帰ることを忘れるか一瞬でなくすADHD性、授業が一瞬で飛んで今どこやってるのかわからない当時よくわからず謎現象だった解離、色々本当に終わってるんですけど
2次影響でのいじめだった可能性もなくはないしそれなりに歪なことを周りにしたのかもしれない。
ただこの事実を避けられるご家庭は後々破綻するのかなって考えたりもします。
ちなみに精神科の主治医はバッサリ親になる資格のない親と切りました。

わたしは家族をもう信じられません。
もう人間はうんざりだなと感じました。
今後も結婚すら考えたくなければ自分のために生きていたいです。
でも唯一自分が脱却してから一緒にいる植物やぬいぐるみたちは家族です。
この子達だけは唯一何も言わないしただそばにいてくれる、こっちが本当に親やパートナーなんじゃないかと考えることもよくあります。

落ち着いた後に植物やぬいぐるみと関わることが趣味?になり、周りの同年代はみんなアニメやゲームやSNSにハマってる最中、誰とも趣味や価値観が合いません。
小学校から高校はハマれてたのに色々あった後から何も楽しめなくなって、当時関わってた友達からも変わってしまったと言われ
落ち着いた生活を味わい続けているせいか自分だけ部外者みたいな感じに見えてしまいそれも今辛いです。
通ってる通所先もこんな価値観の人まるでいません。
希死念慮も変わりません。

ただ今日にしがみつきながら普通の日常生活を覚え続けています。

感想1

経験談ありがとうございます。
経験談を読み、家族との関係や学校生活、人とのつながりなど、さまざまな場面で多くの苦しさを抱えてきたのだと思いました。中でも「私のどこかに非があるから変なんだこの家は」という言葉が心に残り、自分が悪いから家がおかしいのではないかと考えてしまうほど、一人で悩んでいたのかなと思いました。児相が介入したことで「家がマジでおかしいこと」に気づき、安心したというお話から、それまでどれほど「自分自身を責めてこられたのではないか」とも考えさせられました。私は、自分だけの問題ではなかったと分かることは、とても大きなことなのだと思います。
ネットの掲示板で「死にたい」と呟いたときに、周りの人たちが受け入れてくれたというお話を読んで、ネットの世界ってすごいなと思いました。姿や顔が見えなくても、ちゃんと仲間になってくれる人が一人でもいるだけで心から「ほっと」すると勝手ながら思いました。「ネットなのに」という言葉からも、そのつながりが支えになっていたことが伝わってきました。そして、「植物やぬいぐるみたちは家族です」という言葉にもすごく共感してしまい私自身も、何も言わずただそばにいてくれる存在に安心することがあります。「血のつながりがなくても、一緒にいて安心できる存在を家族と呼んでいいんだな」と新たな気づきを得れて嬉しいです。
一方で、周りの同年代と趣味や価値観が合わず、「自分だけ部外者みたい」と思ってしまうことにも、これまで人と気が合わなかったり、いじめを受けたりすることが続いてきたのだと思うと、寂しさや苦しさが伝わり、私だったら「辛かった」のではと感じました。私自身もいじめを受け、その中で荒れてしまったり、暴れてしまったこともあったので、「私自身も暴れ回っていた方」という部分には「分かる!」と思いました。もちろん同じ経験ではありませんが、苦しさの中で自分も周りを傷つけてしまうという複雑さには、少し分かるような気がしました。
そして最後の「今日にしがみつきながら普通の日常生活を覚え続けています」という言葉から、普通の日常を少しずつ覚えていくことも大切なのだと思いました。また、家庭内の問題やいじめ、生きづらさを本人だけの問題として考えるのではなく、児相や福祉、学校など、周りが早い段階で気づき、支えられる環境も必要だったのではないかと考えさせられました。私は、安心できる人や場所、植物やぬいぐるみのような存在に支えられながら生きていくことも、その人にとって大切なことなのだと思います。あなたが安心できる植物やぬいぐるみなどを大切にしながら、これから少しでも「今日を過ごせてよかった」と思える日が増えていってほしいと遠くから願っています。

感想2

私の父も発達障害の特性と思われる面があったし、母親もスピリチュアルに入れ込んでいたので、詳細は違えど、方向性には似通うものがあると思いながら読んでいました。
親が嫌いな食材は食卓に並びにくいし、親が料理をあまりしないタイプであれば、買ってくるものに偏りが出がちな気がします。何かが起きたとき、親がどんな反応をするか、どんな対応をするかは、顕在的にも潜在的にも自分の行動の参考になってしまっているような気もします。
生まれ育った環境(特に保護者)の影響が日常生活の細部に宿っているように感じ、その影響力を年を重ねるごとに痛感しています。そのたびに、ここから折り返して、何年後かにはさほど重要なものではなくなってくれていることを願う日々です。

文章の中で出てきた様々な場面にて、あなたがどのような気持ちになったのか気になりつつ、小4の頃には死にたいと思っていたとのことですから、少なくとも「辛い」「苦しい」「悲しい」場面はたくさんあったのではないかと想像します。そんななかで、あなたが安心して過ごせるネットの居場所を持っていて、本来あるべき支援につながることができたことに、本当によかったと思いました。ネットの世界は、悪意を持った人も潜んでいるし、個別具体的な事情は飛ばして、非常にストレートな正論が飛んできやすい場所だと思っています。(それを防ごうにも事情を語るのも大変ですし、投稿者側が省くこともあるとは思います)お家の画像を載せた際などに、「児相案件では?」などという率直な反応もあったのではと思い、深く知らないからこそ、悪く言えば簡単に、だけどスタンダードで王道な方法を提案されたのかな…と勝手にイメージを展開していました。あなたはその指摘のおかげで、「家がマジでおかしい」と気づき、児相と福祉につながることができたということで、希少な例なのでは…と思いながらも、これがネットの世界、捨てたもんじゃないなと思えました。(と言いながら、この経験談もネット上のコンテンツでしたね)
また、客観的な意見や価値観に触れる機会が増えたことで、自分のせいではないと思えたことで大きな安心を得られたということで、視点や世界が限られると、考え方や価値観も気づかないうちに偏ってしまいがちなのかなと思いました。
「あれってやっぱりおかしかったんだ」とか、「あのとき実は〇〇だったんだ」、時間が経ってから知ったとき、どんな気持ちになるのだろうか…と、共有しあってみたいなという気持ちです。

そして、ご自身の発達障害で困ってきた場面も多かったのかなと思います。幼稚園で指摘されたことがあるということですが、父親が全否定したのですね。私の親も発達の遺伝を全力否定するタイプなのですが、子どもながらに、親である自分の責任だと感じるのではないか、自分が発達障害と言われている気分になるのではないか(別に発達障害だからって否定されているわけではないのに、とも思いながら)と、親が全否定する背景を想像していました。自分自身が受け入れられない、認めたくないことによって生じる不利益や機会損失はまだ飲み込めそうな気がするのですが、子どもの場合は、保護者の判断に今後を左右されるところも大きく、その影響は大きいように思います。

自分のために生きていたいと思うのはすごく真っ当なことだと思うし、私もそうでありたいと思います。対称が人でなくたって、植物やぬいぐるみのように、そばにいて安心できる、心を許せる存在が身近にいるということが大事だと思っています。
自分だけが部外者のように感じてしまって辛いということでしたが、自分に変化があったり、心が満たされたことで、今まで求めていたものが必要なくなったり、嗜好や価値観が変わることはあるのかなと思います。私はキャラクターの推し活に毎月お金をつぎ込んでいましたが、ある日急に興味を失い、スパッと推し活を卒業しました。一緒に推し活を楽しんでいた友達とは滅法疎遠になってしまいましたが、これまで関わっていたコミュニティを離れた先に、新な価値観のコミュニティは存在しているし、そういった変化があるのも、自然なことなのではないかと思っています。あなたが覚えようとしている生活に、新しい何かがあるのではないかなとも思いました。

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