拙い文章です、申し訳ございません。今年3月に籍を入れました。ただ、私には奨学金とその他借金があり、自分の責任なので自分が払うものだと思い何も伝えておりませんでした。今思えば伝えるべきなのは理解しています。既に全て遅く配偶者に判明。その後の対応も悪く、夫婦間の話だと考えて義両親への説明もせずにおりましたが配偶者から全て話がいっており資産に関する書類を用意して来るように迫られています。配偶者が働くようになり、長時間労働をさせている婿が許せないのも理解しています。全て自分の責任で配偶者に迷惑をかけ、義両親に迷惑をかけ、籍を入れた以上お金の支払いは夫婦の支払い、それから逃げようと思えば配偶者へバツイチのレッテルを貼らせる。両家の経済格差から実の両親にも迷惑をかけている自分。非常に情けなく自責の念は常にある。自覚した上での周りの圧力。何が怖いのかもわからない。仕事してなければ常に自殺を考えてしまう。胃も痛い、心も苦しい。逃げるために死は正義?旦那の不幸(死)であれば先方の顔も今後たつのではないでしょうか。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
嘘ばかりついてる
感想2
経験談を読み進めていく中で、自分に対してネガティブな感情や責任が向きやすいのかなと率直に感じました。「奨学金や借金は自分ひとりで抱え込むものだ」「全て自分の責任」という言葉が何回か出てきたと思います。今までの人生でも、自分一人で苦しいことも責任も抱え込んできたのかなと感じました(ちがったらごめんなさい)。そして、仮にそうだとしても、それは責任感の裏返しでもあるように感じます。だからこそ、誰も苦しまないためにも、人の個性を補い合える関係が社会にもっと増えたらいいなと思いました。
自分はまだ学生で、社会に出たことも結婚したこともないのですが、大人って責任を負っているのかな、と学生目線で思うときがあります。仕事で自分が新規事業の管理職だった場合、失敗すると部下にも影響が及んだり、子どもを持つと現時点では法律上も社会通念上も親に第一義的責任があったり。でも、大人って年齢は重ねていれど、一人の人間なので、一人で責任やらなんやらを抱え込んだり、「大人だからこれぐらい知ってるよね」って思われたりするのはしんどいだろうなと感じます。大人も間違えることがあるし、知らないこともたくさんあると思います。そういったことに寛容な社会になってほしいなと感じます。
感想1
借金に限らずとも相手(家族、パートナーなど)に言えない、言わないことってあると思います。「話して欲しかった」、という相手方の気持ちを想像しないわけではないですが、話したことで関係が崩れる、嫌われてしまうんじゃないかという恐怖心が勝り躊躇することも多いのかなと個人的に思っています。
パートナーに話せなかった、苦労をかけている現状への申し訳なさ、それを知った家族の想いや行動からくる心労。想像することしか出来ないですが、私なら耐えきれず全てを投げ出して逃げてしまうだろうなと思ってしまいました。
精神的にも、肉体的にも限界に来ている状況、胸の内を誰か(第三者的な立場の人)に話せているのか?話していないのであればそんな選択も考えてみてはどうでしょうか。話したからといって何かが解決、変わる保証はないですが、背負っている重荷が少しでも軽くなるのではないかと個人的に思い記入しました。