経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

つかれた。

まだ若いと言われる人間ですが、
もう人生を諦めきっています。

家族関係、人間関係が主な原因でしょうか。

家族関係は、あまり家族間でのコミュニケーションが
取れていないこと。
そして姉による我慢の積み重ねた結果の爆発。
兄と姉の取っ組み合い、
母親からの嫌味やらなにやらなど。
最近あったことをまとめてはいますが、
これだけでもまぁまぁのストレスです。
本当ならもっといろんなことがあったのですが、
書いたらキリがないので省略します。

そして人間関係。
中学の頃、3人グループでいた際
色々あって2人が喧嘩。
どうしてそうしたのかは覚えていませんが、
二人の仲を取り持つ板挟みな状態になったり、
当時不登校だった自分が精神的に安定せず、
2人に対し当たり散らかしてしまったことがありました。
その結果、自分だけ抜かれたグループを作り
『めんどくさい』等を書きあっていたそうです。
20歳になってからは、あまり深くは書かないのですが
ネットで仲良くしていた人からの裏切り行為に遭ったり、など。

たくさんいろんなことがありました。
人に頼ったりしようとしたし、
精神科に行こうと思って予約も入れました。

でも精神科はカウンセリングする際
人と会うことになる為、
やっぱり無理だと予約キャンセルの電話を入れたり
(電話した時は声がすごく震えた)
人に頼ろうにも、この人は大丈夫なのだろうか?
裏切らないだろうか?と思うようになり、
考えることが増えてしまいました。
お金を払わなきゃいけない
税金も、奨学金の返済だってしなきゃいけない。
バイト探さなきゃ。お金払わなきゃ。
でも人間が怖い。面接だって嫌だ、怖すぎる。
でもお金どうしよう。
母から何か言われないだろうか、
姉から何か言われないだろうか。
また大声で怒鳴られたくないな、
喧嘩も見たくない。

外に出る気力もわかず、出ようと思っただけで
1、2時間かけても着替えられなくて
バイト探しもできず、就活も就職できず、
そんなドロドロとした気持ちの中生きてきました。

いいことはあったんです。
ネットでの人との関わりが増えたり、
専門で良き友人に出会えたり、
悩みだって聞いてくれる先生達だっていた。
でもそれ以上、悪いことが多すぎて
いいことがあっても霞んでしまう。
そんな人生。

それだからか、高三には既に自分という
人生に諦めがついてしまいました。
これ以上良くならないと決めつけて、
苦しむぐらいならもういいやと思って。
死のうとしたこともあった。怖くて死ねなかった。
反抗したかった。でも勉強しない、とかの
些細な抵抗しか出来なかった。
結果的に自身の首を締める羽目になった。
自業自得ですね。

こんなに人間に振り回されて、何が人生だろう。
1人になりたい。何も聞きたくない。
そう思うことが増えに増え、
最近じゃ昼夜逆転することが殆どになりました。
深夜は静かなので、ゆっくりと心を落ち着かせられるし。
それに、家族に対する気遣いもやらなくて済む。
夜中なのでこう、今までの事を思い返して
泣くこともありますが。
寝ることすら『家族から逃げる行為』と化し
あまり休まってる気がしません。

本来なら家を出るべきでしょう。
しかし先程も書いたように、
外に出る気力も何もかも湧かず、人間に対する強い恐怖、
働いていないからお金が無い。
という要因が合わさり
家を出ることすら出来ない状況です。

専門で出会った友人には色々と相談したりしますが、
恐怖やらなにやらの感情が混じってしまい
1歩を踏み出すことすら出来ません。
家族関係はもってのほか。友人にはできることがない。

絵を描く趣味があっても、ネットの人や
友人と話したりしても
根本的な解決なんてならないので、
いつの間にか思考することすら億劫になってしまい、
消えてしまいたい、と強く思うことがまた
増えて。

正直言って、疲れました。
朝起きて、仕事行って、業務を終えて
帰宅するとか、人並みのことできてないのに。
人間関係、家族関係で疲れて。
やっぱり私は人が嫌いです。恐怖を抱いています。

でもそれすら疲れました。思考をやめて、
夜じゃない、1人の静寂な空間で
ゆっくりと緑茶でもを飲みながら
ぼーっとしたい。

ここまで書いといて、死ぬも生きるも諦めています。
もう私は壊れてしまいました。
友人達や関わってくれてるネットの人達を
悲しませたくないから生きてるだけで、
私はもう、壊れながらも諦めきった人生を
生きている他ないのです。

もう休みたい、心の余裕がほしい。
せめて、ちょっとでもなんでもいいから
現状を変えたい。
私はどうしたらいいのでしょうか。
ここまで書きなぐった感じの文章で申し訳ありません…。

感想1

「もう頑張れない。頑張りたくない」という気持ちが経験談から伝わってきたような気がします。今までの人生のうち、家族関係や人間関係の面で嫌なことが多すぎて、全てに疲れ切ってしまった様子を想像しました。そして、精神科に行こうとしたり抵抗したりと、あなたなりに現状を打破しようとしたけど、うまくいかず、途方に暮れているのかなと感じられました。
人に対する恐怖心が、今までの経験から醸成されたのかなと思います。家ではきょうだいが喧嘩していたり、嫌味を言われたりという出来事が最近もあるとのことだったと思います。長く時間を過ごすであろう家でそういったことが長く続くと、人に対して「怖い」と思うのも無理ないなと思います。「ずっと傷ついてきたのかな」「あなたは一体どれだけの傷を背負ってきたのだろうか」と考えました。
「人間が怖い」にもいろいろと種類があるような気がするのですが、あなたの場合は「裏切られて傷つくのが怖い」というより、本当に「人間というのは互いを傷つけあうような怖い存在である」という、今までの生活経験から学習した根底の見方であるのかなと思いました。
そんな中でも勇気を出して経験談を書いてくれたのかなと思います。感想が届いたと知ったら、不安や緊張を伴いながら返事を見るのかなとも感じます。
投稿してくれたこと自体があなたなりの「どうにかしたい」という気持ちなのかなと思いましたし、あなたのその行動に対し「解決しようと自分なりに行動してみたんですね」と労わりたくなりました。あなた自身のことを褒めてほしいなと勝手ながら思いました。話すことで解決に向かうとは限りませんが、話すことにもメリットはあるのかもしれません。
派遣の仕事(バイトのサイトによくある「シール貼り」「イベント運営」とかのバイトです)をしたとき、面接はなく書類出すだけで働けましたし、作業していたら終わる仕事やその場限りの付き合いの仕事もありました。もしかしたら、世の中には仕事に限らずですが、あなたに合う活動があるかもしれないと思っていますし、あってほしいなと思っています。ネットでの交流や趣味の絵を描くことは、あなたに合う活動なのかもかなと、勝手ながら思っていました。具体的に、絵を描くことのどういうところが好きなのか気になりました。

また、個人的に深夜に落ち着くという点に共感しました。私も、深夜になると世界で一人だけっていう気持ちになれる気がします。寂しさで辛くなるときもある一方、どこまでいっても世界にひとりだけということに救われるときがあります。闇を見ていると吸い込まれそうで怖い反面、自分だけの世界に感じます。昔深夜に散歩をしていましたが、結構面白かったです。静かで、暗くて、それがちょっと怖くもありました。そして時たま誰かとすれ違うと、「この人も寝られないのかな」と妙な親近感を覚えていました。

今でもあなたは友人にいろいろ話しているみたいですが、根本的な解決にはならないことにもどかしさを感じているのかなと思います。だんだん恐怖を抱き続けることに疲れ、思考することも億劫になってきたという点も、なんだか個人的に分かる気がしました。散々傷ついた挙句、もう傷つく気力すら残ってないというか。自分の場合は傷ついていることすら癪に感じていました。「傷ついたからこそできることもある」と言われたって、「だからなんだ……」ぐらいにしか思えませんでした。
無責任に聞こえるかもしれませんが、考えたくないときは、もう考えなくていいと思います。頭で考えるんじゃなくて、身体の感覚に身を委ねることも、何か発見があるかもしれません。自分も絵を描いていたことがあるのですが、絵を描くときって絵と一体化する感覚があったり、使っている道具が自分の身体の一部に感じられたりしていたなぁと思います。絵ができていく感覚も面白かったのですが、自分の身体の不思議さを感じていました。そういった身体感覚に浸るのも悪くないかなと思ってます。
もしまた何か書きたくなった、伝えたくなったらぜひ死にトリに来てください。

感想2

現状を変えたいという言葉も、休みたいという言葉も同じくらいあなたの中に混在している印象を受けました。それでいて安心できない家にいる、とてもしんどい状況だなと感じます。家から出られず、人が怖くて、人と会わなくなることでさらに人が怖くなるという経験をした経験を思い出しています。仕事をしていないことで自分を説明する言葉がないという恐怖もありました。お金がないということだけで、不安感や焦燥感も強くなっていたことも思い出します。買い物をしにやっとの思いで出かけると、すれ違う人がみんな私を笑っているように思えたり・・。

一人の静寂な空間でゆっくりと緑茶でもを飲みながらぼーっとしたい、というあなたの気持ちにとても共感しています。わたしはよくきれいな丘の上の、人が訪れないかわいい小さな家にパソコンを置いて猫と住みたいなと、時折想像していますが、あなたもそういう人柄というか人種というか、なのではないかなと・・(勝手にすみません)。

一人が好きだけれど、現実はある時 無性に孤独を感じたり、仕事にしても、買い物にしても、人は一人では生きていけないというもっともらしい足音が近づいてくる時もあります。もう一人で生きていくと思ってみたり、一人では生きていけないと思ったり、そういう気持ちの波が行ったり来たりしながら、本当はどうにかしたいと思いと怖くて動けない狭間でがんじがらめになっているあなたを想像しています。きっと人に相談した中で、こうしてみたらと言われることなんて、あなたが一番よくわかっていることばかりなのではないかなとも思いました。それができないから、困っているというか。

人のせいにはせずに、自分のせいだと矢印を向けるところがあなたにあることを感じています。あなたの気力が奪われる原因に環境はとても大きく関係しているとわたしは思うのですが、その中でも必死に自分と向き合い、霞んでいてもいいこともあったと言葉にできるあなたの人柄を思います。

やっぱり家族関係にとても消耗して疲れているように思えたし、気を遣って生活されているのが伝わってきたのでなんとか離れて暮らせる方法が見つけられたらなあと思いましたが、もっと気楽に家出できたり、逃げ込める場所があればいいのになと常々思います。

関わりのある友人、ネットや死にトリなどで自分の本音を語ること、絵であなたを表現すること、その中であなたが自分の気持ちの波を捉えて、一歩踏みだすことができるタイミングやエネルギーが生まれる時が必ずくると思います。休めるからこそはじめて踏み出せると思うのですが、もしかしたら本当に体が休まるということがあなたの生活の中にないのかもしれません。

休まると感じられる時間を見つけながら、あなたのペースで少しずつ。人と話す練習をするつもりで辛くなったら突然切っても大丈夫なので、電話相談などでもお話ししてほしいです。

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