経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

性別、学校、家、人間

私、多分バイセクシュアルなんですけど、ちょっと関係あるのか、男子の前で着替えても全然平気なので、いちいち別れて着替えなきゃいけないなんて面倒くさいとか、トイレを分けるなんてちょっと変だとか思っちゃうんですよ。あと、色んなことに敏感で、悲鳴、大きな声、怒鳴り声、ノック音、強い光とかが苦手なので、あんまり外出たくないんですよ。特に子供の泣き声だけは本当にダメで、聞くだけで叫んだり泣いたり震えたりしちゃって、、それでも学校行ってるんですけどね。体調だって良くないのに。もう疲れたんですよ。どうせ家に居たって姉は心の病気なので、母と喧嘩してたりで心が休まりません。学校休んだらお昼ご飯を家で食べるので、また姉が怒るんですよ。母は母で、職場でも色々大変なので、私が追い詰めちゃいけないってプレッシャーもあって。そうこうしてるうちに、最近自傷行為が増えたなって思って、何故か痙攣してたり、刃物を見るたびにリスカしたくなったり。ハサミより紙の方が効率いいかもって思うくらい。日々気使うことか、こんなことばっかり考えてて、もう無理だなって。家族には心配させたくないので、言ってないんですけど、誰でもいいから気づいて欲しくて、もう最近は泣けなくなってます。

感想1

最近でこそいろいろなところでLGBTQ+という言葉が見かけられるようになっていると感じますが、実際は広まっているだけで受け入れられていない現実もあるように感じてしまいます。「多くにとって常識とされている事象」は、そういった方たちにとって日常のいたるところでストレスを負いかねない、とても窮屈な世界を強いられているように感じ、広めるだけでは足りないんだな、ということを改めて実感できたような気がしています。
いろんなことに敏感であること、本当の意味で休まらないなと感じます。学校へ向かう時間の中だけでも、あなたにとって負担に感じてしまう出来事は沢山起きるだろうと思いますし、そんな中でも学校に通っているのは「学校に行かなきゃ」という義務感のような意識があるのかな…と私は感じました。また、家にいても心が休まらないとなれば、あなたにとって自分のこころのままに羽を伸ばせる場所、というのはいったいどこにあるんだろう。家族に心配をかけたくない想いは個人的にとても尊重したいなって思います。ですが、心配かけまいと抱え込み、あなた自身を犠牲にすることはないんじゃないかな、と個人的には感じました。あなた自身が少しでも気を楽にできることがなによりなんじゃないかな、と、私はそう思ったなってお伝えしたいなと思いました。

感想2

投稿を読みました。家庭でも街でも学校でも、あなたにたくさんの負荷がかかり続けて今があることを感じました。あなたにとって気になることと気にならないことが周りの人たちと違うことが多くて、日々気づかれずに苦労を積み重ねているのかなと思います。なんだかそれはとても理不尽なことだと感じます。
着替えで言えば、私は「同性なら同室でいい」の基準もよくわからなくて、逆に全員個室で安心して着替えられるようになればいいのにと思ったりもします。ちなみに私は大人になっても未だに自分のセクシュアリティを確定できないのですが、とりあえずヘテロではないなと思って生きています。この世の中は男女二元論と異性愛を前提としすぎていると感じていて、これからもっと変わっていくことを願っています。
私の周囲の聴覚過敏がある人はイヤーマフや音量を抑えるイヤープラグなどを使っていたり、光が苦手な人は自分に合うサングラスを試したりしていました。子どもの泣き声などは街中でも完全に聞かなくて済むようにするのが難しいよなぁと思いつつ、あなたのストレスがすこしでも減らせる方法はないのかな……と思っています。そもそもその辺りのこともあまり相談できない状況があるのでしょうか。家族の状況を読んでいると家でも心身が休まらなそうで心配になりました。その中で疲れるのも当然で、あなたが心から休める場所はどこかにないのかなと思います。学校の保健室や相談室など、こっそり辛い気持ちを話せる場所はあったりしたらいいのですが……。身近だとなかなか難しいから死にトリに投稿してくれたのかなとも思っています。よかったらまた死にトリにきて、ゆっくりすごしていってください。

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