経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

つらいし消えたい。

私は、学校が嫌です。いきたくありません。理由としてはもちろん、家が遠いというのもありますが、行っていることに必要性を感じません。行っているという実感がわきません。学校でいじめを受けているわけではありません。でも、ただただ、つらいのです。私は、人見知りで挨拶ができません。苦手で、いつも言おうとするたびに、のどの奥にたんが詰まってうまく言えないんです。それなのに先生には、怒られる。先生にそのことを言う勇気はないです。だから、つらいのです。ただただ。20分かかる道のりを暑い日も寒い日も歩かなければならない。そんな日々を楽しく生きていけると思いますか。私には無理です。うまく話せないかわりに礼はしてます。でも、うまく挨拶できないから、怒られます。失礼だと。言おうと思いますけど、言えないんです。でも、私の辛さはこれだけではありません。
次は家です。私は家出をしようかな。と、考えたことすらあります。それくらい家に居場所がないんです。私は挨拶の他に断ることが苦手です。だから、やりたくもない受験をやる?と聞かれ、断ることが苦手だったので、いいよ。と、言いました。受験生になりました。本当に毎日叩かれ、暴言は言われ、もう、家にいる意味、ないですよ。じゃあ、その先どうする、どうしようもない。こうして毎日つらいけど、助けてもらえない日々が続いています。これも親には言ってません。相談できませんから。
この辛さを理解してくれる人は誰もいません。わかってほしい。
だから、死にたいでも、嫌だ。ワガママですよね。正直。
愚痴を聞いてくださりありがとうございました。

感想1

投稿ありがとうございます。私にとってはワガママとも愚痴とも思えない、切実さの詰まったあなたの「声」として受け取りました。
学校も家も、あなたにとっては望んで選んだ場所ではおそらくなく、どちらかというと適応せざるを得ない、嫌なことがあっても耐えないといけないと感じるような場所だと思います。自分の学生時代を振り返ってみても、目の前にある環境以外の場所に逃げ出すことは気持ち的にも資源的にもとてもハードルが高かったです。そんななかで、自分の辛さや苦しさを伝えても大丈夫だと思えないような大人に囲まれていたら、自分の思いを大切にしたり、助けを求めることも難しく感じて当然だと思います。
「死にたい」「でも嫌だ」という心の葛藤は、あなた自身の気持ちが何か矛盾しているのではなく、周りの環境があなたに無理を強いているからこそ起きることだと私は感じました。「気持ちがわかる」と簡単に言うことはできないけれど、この場所でまたあなたの声を受け取り、一緒に悩むことが出来ればと思います。

感想2

学校も家も辛いとなると、どこでも安心できていないのではないでしょうか。嫌なことだらけの毎日で、死にたいと思うのは、果たしてワガママなのだろうか?と考えてしまいます。毎日の登下校の負担はかなり大きいのかなと思いました。夏の暑い日に20分歩いたら汗だくになるし、雨の日に20分歩いたら足元はびしょびしょ、寒くて風の強い日なんかはちょっと外に出ただけで耳や頬が痛くなって、それって結構苦痛だし、エネルギーを消耗するんだよなぁ、と想像しました。
挨拶も断ることも、慣れていないと相手の反応が結構気になってしまうものだと思います。私は過去に、挨拶しても無視されたらどうしよう、断って相手が悲しんだらどうしよう、悪く思われたらどうしよう、そんなことを考えて、前から人が歩いてきても気づかないフリをしたり、断りたいのにいいよと返事をしたことは何度もあります。
挨拶や断ることの苦手さというのは、相手に対しての警戒心や、安心できない感覚から来ているのかなと思うと、他にもしんどい場面はたくさんあるのではないかな…と気にかかります。もしここなら安心して気持ちを吐き出せそうなら、また経験談を利用してみて欲しいと思います。投稿ありがとうございました。

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