返信をいただきたかったのに別の場所に投稿してしまったので、再投稿になります申し訳ございません。
こんなミスをする自分も嫌ですね。
会社では周りが管理職ばかりの環境で、上司に1つ話すだけでも億劫で、削られるだけの状態で、消耗が止まることはなく、毎日の日中も眠気が来るようになり、崩れてる実感が湧きます。
私生活も計画が破綻するばかりで、手続きなど他の人が普通にこなしてることも上手くいかず、楽しめる趣味もなく、休めず、回復が無いです。
自分には誇れることが何も無く、劣ってる存在でしか無く、生きる意味も希望も夢も報われることも無く、家族や友人も頼れる人は皆無で、ただ消えてないだけで義務だけで動いてるゾンビのような存在です。
後悔ばかりの人生です。
元気になるより生を終える方が楽に思えます。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
僕なんて
感想2
再び、経験談の投稿ありがとうございます。限界まで消耗しているのに、それをうまく周囲に伝えられない疲労感が蓄積されているのかなと想像しながら読ませてもらいました。大きく崩れて倒れるというより、毎日少しずつ削られ続けていて、しかも、その削られ方があまりにも日常に溶け込んでいるがゆえに自分でもその限界が分からなくなっているようなそんな印象も抱きました。
管理職ばかりの環境というのは、立場の差があるだけでなく、“きちんとしていなければいけない”というプレッシャーも日々感じていることでしょうし、些細な確認や相談一つするにも、自分の未熟さや劣等感を刺激されてしまうのではないでしょうか。そう考えると会話そのものが負荷になって、何をするにも消耗していくのは無理もないことだと私は思います。本当に毎日お疲れ様です。
また、私生活についても何か特別な問題が起きているというよりかは、本来なら自然にできるはずのことが少しずつ崩れていく苦しさが切実に伝わってきました。手続き関係、予定を組み立てること、休息すること、趣味を楽しむこと…そういう生活を支える細かな行為が回らなくなると、自己嫌悪も深まっていく一方だよなと。でも実際、強い疲労状態であればあるほど、まずそういう基礎的な部分から維持できなくなっていくことが多いのではないかと私自身も経験して思うことですし、周りを見聞きしていても感じることです。
今は“回復”という感覚そのものが遠のいているのかなと思ったりもします。生きることがただの耐久戦のように感じられている部分も強いのだろうなと思うと、もう自分を立て直す力もそこまで残っていないかもしれませんが、成果や管理能力を当然のように求められ、弱った状態を見せにくいこの社会の空気があなたをそうさせているところが大きいのであって、あまり自分で自分を追い込みすぎないで(責めないで)ほしいなとお伝えしたい気持ちです。無理に元気になる必要はないと私は思いますが、日常の中で少しでもあなたがホッと息つける時間がこの先訪れることを勝手ながら願っています。また必要に感じられた時は、いつでもここに声を届けてください。
感想1
再投稿してくださりありがとうございます。無事あなたの文章を読み、感想を書くことができました。
周りが管理職ばかりの環境・・相談一つも気軽にできない状況の中では、消耗し疲れ切ってしまうなあと思います。眠気が日中にきたりや私生活の楽しさや回復にまで影響がでている状態なのかなと想像しています。そんな状態が続く中でいつの間にか、自分自身に対して辛い言葉をかけることが当たり前になってしまっているのかなとも思いました。人に対して言えないような言葉を、自分にかけてしまってはいないでしょうか。しんどい職場で毎日働き、苦手な手続きなどにも取り組んでいる、それは誰もができることではないし、本当によく頑張っていると声をかけたいなと私は思います。
元気になるより生を終える方が楽に思えると思うところまで追い詰められているあなたの状態を思えば、まずは休まる時間をまずは作れたらなあとわたしは思うのですがどうでしょうかね。休みながら、あなたがどんな後悔をしていて、本当はどんな人生が良いと思っていたりするのかもう少しゆったりと聞いてみたい気持ちになっています。やりたいことが見つかりにくい世の中だと、わたしも常々思いながら、きっとあなたが得意とすることもあるだろうなと思うと、それを一緒に見つけてみたい思いです。