これまで17年間生きていたが、正直小中高共に普通として扱われたことは親からも学校の先生、友達からもなかった気がする。どこかおかしいやつ、やばいやつ。多分そう思われてたと思うし、そういう行動をしていたのだろう。自分が異常だと自覚し始めたのは中2くらいから。なにか雰囲気が浮いてる、おかしいということを実感し始めた。どうにか普通になりたいと思ったが、もうどう戻ればいいかもわからないし何から始めればいいかも分からなかった。そんなことを考え続けて結局行動に移せず5年ほどが過ぎた。
できれば普通でいたいし、あまり目立ちたくない。そんなことを考え続けるうちに自分の発言に自信が持てなくなり次第に人とも話ずらくなっていってしまった。今じゃもう人と目を合わせることすら億劫になってしまった。一体どこで何を間違ったのか?あの頃のまま頭がおかしいままだった方がむしろ幸せだったのでは?昔よりもましになっているはずなのに今でもこんな事ばかり頭をよぎる。
最近は人の多いところでは過敏性腸症候群のような症状が出るようになった。なにか常に死ぬことが頭をよぎる感じもする。学生にありがちな悩みかもしれないが、今の自分にとっては永遠に続く悩みのように感じる。今年は受験生のはずなのに勉強にも身が入らない。学校でもうまくいかない。何をしなければならないか見えているはずなのに、何をすればいいのか分からない。
これは普通なのかもしれないが、少なくとも自分にとっては周りを見て感じる普通とは程遠い。
別に虐待とかをされたわけでもない。親はどちらかと言えば優しいはずだ。環境もひどいわけじゃない。
なのにどうしてなにもかもうまくいかない?
正直他の投稿を見るといじめや虐待、鬱、自殺未遂などの過酷な経験が多くてこんなしょうもないことを
投稿してもいいのだろうかとさえ感じる。
こんな悩みは周りの投稿に比べてしまえば生易しいなんてレベルではないだろう。
普通になりたいけど、何が普通なのか分からない。
長文申し訳ございません。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
普通
感想2
投稿を読みました。私自身も「普通として扱われたこと」が少なくずっとクラスで浮いてきた人間なので、全く同じではないとわかりつつも、とても共感する気持ちになっています。私はそもそも自分が普通になれると感じたことがないため、普通を目指したことはあまりないのですが、普通かどうかというジャッジのまなざしはとても怖いものだと感じます。私は大人になってから発達障害の診断を受けて、だからこんなに浮いた存在だったのかなぁと思うこともあるのですが、それだけでなく、いろいろなことが重なっていたのかなとも思います。
自分の主観的な感覚と周りとのあり方でどのようにすり合わせしたらいいか混乱する感覚もあるのかなと想像していました。あなたは自分がなにか間違っているような、変えなければいけないような気持ちで、ずっと強いストレスを感じ続けてきたのだと思います。でも具体的にどうしたらいいのかわからないと、立ちすくんでしまうような気持ちになりそうだと感じました。あなたの苦しさを「しょうもない」と思う必要は全然ないと私は思います。
日本では同調圧力の強い環境が多く、学校はとくに、年齢も同じ人で集められた特殊な空間なので、独特の圧力のある場所になりがちだと思います。大人になると違う年代の人の混合した環境のほうが一般的で、その中で「普通」はまたすこし違うものになる気がします。
また、そんなに普通じゃないといけないのか?普通なんて案外頼りないものじゃない?という気持ちもあります。最近レオ・レオニという絵本作家の「スイミー」や「フレデリック」などの作品を読んでいたのですが、群れの中でちょっと変で浮いている存在の物語はたくさんあるんだということを感じました。のけものにされた怪物やはぐれものを描いた作品に私はいまだに励まされながら生きている気がします。
残念ながら、私はあなたの生活に役に立つなにかを提供できるわけではないですが、普通でないまま30年以上をぼちぼちと生きているものもここにいることを伝えたいと思います。あなたの経験と感じてきたことを投稿してくれてありがとうございました。
感想1
経験談を読んでみて、投稿者さん自身が思っている”普通”と過去~現在の自分が、かけ離れているということに、とても苦しんでいる様子が伝わってきました。文章の中で「自分が異常だと自覚し始めたのは中2くらいから」と書いてありましたが、思春期の特に不安定な時期に「雰囲気が浮いている」などと感じることはとても、投稿者さんの自我を形成していく上で大きな影響を及ぼしたのではないかと思いました。文章の中から読みとれたのは、投稿者さんが思っている”普通”とは「雰囲気が浮かない、目立たないこと」ということでした。私はどちらかというと、社会から”浮いている”と言われてきた人間なので、投稿者さんが思い浮かべている”普通”が本当になんとなくですが、少し分かるような気がしています。
”普通”を求め続けるがゆえに、自分に自信をなくし、人と接することすら億劫になっている様子が文章に書かれていました。文章を読み返すと、何度も”普通”という言葉が繰り返されていて、投稿者さんの”普通”への強い想いを感じると同時に、その言葉の呪縛で身動きがとれなくなっているように私はなんだか感じました。
最近はストレスが身体症状に出るようになったと書かれていました。身体からもSOSが出ている様子もまた心配になりました。出来ることなら、投稿者さんをがんじがらめにしている、”普通”を一回自分から切り離してほしい、というのが個人的な本心なのですが、投稿者さんをそこまで追い詰めているものから、簡単に逃れられないのも分かる自分がいます。
最後の部分で、他の経験談とご自身の経験談を比べて、ご自身の悩みを「生易しいなんてレベルではないだろう」とおしゃっていました。その言葉に対して、ありきたりな言葉かもしれないけれど、投稿者さんが辛い、苦しい、と思う感情は、誰かの辛さと比べずにそのまま肯定してもいいんだよ、と伝えたくなりました。
また辛くなったら、遠慮せず、よかったら経験談書いてみてください。