経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

わからない

子供の頃、精神疾患についてなどの特集や、ドラマでもさまざまな家族を描くテレビが多かった。
別にそれぞれその番組を見て、大切な人が困っていたらそれらの話が参考になるというものだった。
私は家での家族の会話や、テレビの字幕などの理解が難しかった。
人とどう関わればいいのか、どんな話ならしてよいのか、全然わからなかった。
ドラマや番組などでも、私立に入れたい家族の気持ちだとか、色々描いていて、よくわからなくなってしまった。
唯一わかる 幼稚園、私立、などの言葉は聞こえてきた。
他の言葉はわからないけど、演技が上手なので気持ちや雰囲気でどのような話なのかがわかった。
音や光、色々と敏感で、周りの子どもだけではなく自分の元気いっぱいな気持ちですら苦しく感じていた。
周りの子と遊ぶのも、勢いよく話しかけてきたり走ってきたりするのがとても対応できなくて苦しかった。
大人たちがゆったりと話しているのを見ていて、そういうのじゃないと落ち着けない。
何も考えてなかったら騒げたのかもしれない。でも静かにしなきゃとか色々考え出すと動けなくなってしまう。
それだけ私は理性がなくて、動物みたいな人だったなって思う。
ずっと、いい子でいたいわけでもなかったけど、自分の感覚が納得しつつ、話せるようになりたいって思ってた。
きちんと話そうとした時に、色々と遮られてしまって
今になると、その人には私のことを話せなくて、私がどんな人なのか知らない方がいい相手なのかもって思ってたんだけど
そこで大人を信頼できなくなってしまった。
でも、学校で人と出会って、たくさん見聞きして、あたたかく仲間として受け入れてもらって、少しずつできることが増えていって、気持ちも持てるようになったから
他の人たちはそうやって少しずつ生きていけるといいなって思う。
私も自分でいればよかったのに、
自分でいられなかった。
それに、私と似たようなことで困っている人を助けることをすることが多くて
社会にいられるように後押しして、
去ることが多いんだけど、
私はどうやったら社会に関われるんだろう。
私はそこで助けてもらったって思って過ごすしかないし、そこで助けてもらえなかった人のこともあって
助けてもらったことを忘れてしまった。
私は私の人生、相手は相手の人生なのに
とてもかなしい。
何もわからないまま、今まできちゃって
今もわかっていない。
何があったんだろう、今まで何をしていたんだろう。
人のことを背負いすぎたのかな。
きっと、おとうさんもおかあさんも、無理しておとうさんづらしたり、おかあさんづらしたりして
私を育てていたような気がしていて
それも苦しかったのかも。
人が生きていけるように、あたたかく見守るんじゃなくて
人がそこで自分だけの思い出を作れるように、
って考えてしまって、教育を受ける機会を逃してしまったんだ。
今もそう思っているから、死にたかったのに
なんで、もう少し自分で物事を感じてみたいとか、恨まないで死にたいって思ったんだろう。
周りを考えているって言われるのがつらくて
そういう人も必要だって言われるのもつらくて
それは、みんながそれぞれの思い出を作れるようにって、人生を歩めるようにっていうところから出発していることを
先生たちはわかってくれなかった。
つらかった。
誰にも本当のことは言えなかった。
今も言えない。でも、限界だった。
自分が経験していないことを頑張って想像して周りに与えるのは難しくて
死ねたのに、
なんでそれがつらかったって
絶対言いたくないって
それに、つらすぎて、友達作っちゃったことも
言いたくないって
きっと、疲れではなくて、誰かのためでもなくて
つらすぎて、友達作っちゃって、私が満足したから、死にかけたんだと思う。
だから素直にありがとうって言いたいのに
今も言えていない。
その人と友達になりたい人のこともあって、
そんなになるくらいなら、本当に
誰かのために友達にならないを貫けばよかったのかな。
親同士の孤立とか考えすぎちゃったのかな。
たくさん話し合って、
縁がないなら、その学校に行かなければよかったのかな。
周りも、その場その場で頑張ってきたと思う。
みんなが報われるといいな。
だからもう戻らないし、忘れたい。
それだけ、普通も、嬉しいことも、色々あったからこそ、嘘ついて頑張ってこれたのに、
何十人の、つらかった話だけおぼえていたのに
あとでタイミングがあれば伝えようかな、くらいに思っていたのに
忘れたんだ。
好き勝手気持ちを思うと、頭が痛くなって倒れていた。
生きていなければ、全部うまく回るって。
そんな感じで、生きた心地がしない状態が続いた。
たくさん、相談したいこともあったんだけど、できなかった。
でもその分、先生たちは自分を保てたのならいいな。
行かなければよかったし、生きなければよかった。
本当に、なんで、
私は友達と話すことや話す内容を学べなかったんだろう。
自分が感じたことを話していいって思えなかったんだろう。
学校で8時間見ているから、話してもいいって
それに、8時間で起きたことを受け止める時間もほしかった。
素直に色々と話せばよかった。自分が思うことがダメなんだと思ってた。
家の人や、周りの人が、人のことを話すのを見て、何でも話していい以前に、それに傷ついていた。
すなおで思いやりが無いって思ってた。私はいいところも見てきたのに何も知らないくせにとか思っちゃってごめん。
見てないから知らないのはそうなんだよね。
でも、反対意見を持って過ごすのもつらいよ。
家族ってのがどんなところなのかわからなかった。
とにかく感情ってつらい。
知性なんて持たなければよかったな。
生まれてこなければよかった。
それにドラマとかで勉強しない方がよかったのかな、
人生どうにでもなる、くらいの気持ちで生きていた方が、
何かあったらその時考えるくらいの方が
よかったのかな。
気持ちも言えなかった、それに相手の親御さんはよくされてないんじゃないかとか色々過ってしまうこともあった。
なんで、そんなことを考えてて
見てきたことを信じないんだろうって
見てきたら、そんな感じの親御さんいないってわかっていた時も考えてしまって
私はどうしたらよかったのかな。
知らない間に、居ないような存在で
それに、自分のことはわかってなくて
相手はまた別の相手のことをよく知っていて
聞いたことを考慮して話しかけて
なんて、私の気持ちってどこにあったんだろう。
私は気持ちがあるのかな。
私のことを気持ち悪いって思ったよ。
だから知りすぎたから離れたんだっけ。
ただそれだけだったのに、
いろんな人と話してるうちに
そんなことを考えていたことも、全部吹き飛んじゃって
頑張って離れない理由を作らなきゃいけなくなって、そっからまたわけがわからなくなって
周りにそこまでしないと生きていけないのかって思っちゃって死にたくなりましたって言われて
どうしたらいいんだろう。
みんなはどうやって生きてるの。
私は人によくされたことがあるから死んだ方がいいんだろうね。
そうじゃない人たちが残って、いつか願いが叶うまで生きていくんだろうね。
だから、無理して死んで世界が良くなるだなんて思わないで。
でも、私みんなが今まで通り過ごしていて欲しいから…
それが嫌だったわけじゃないんだよ
助けてほしかったとかでもないんだよ
私がいて迷惑だったからとか、そんな感じなんだよ。
数も足りなければ、縁もないレベルでうまくいかないことが多かったんだ。
それにそのことは私がいなくなれば解決するってわかってたからなんだよ。
それにそのことについての相談がつらかっただけ。
私は特定の人がどうだからとかいう話があったり、こうしたらうまくいくからっていう話があったりしてから動いていたから、他の子はそうじゃないことを知らなかったんだ。
一生懸命やっていたけど、限界だった。
だから、なんでって言っちゃったけど
もともとはみんなが自由にやっていけるようにから始まっていたんだよ。
私が忘れてどうする?ってことだよね。
いろんな話がずっと頭の中でがさがさしてて、あなたがすなおに行動してくれたらみんながよくなりますよって言われている感じで
休まらなかったし、体は動かなくても頭ががやがやしてて
本当に限界で離れられてよかったと思ってるよ。
八つ当たりしてごめんなさい。
それに、こんな大変な状況に戻れる自信がなくて生きたくないって言っていたこともあってごめんなさい。
それくらいなら死んだ方が好都合だね。
自然と子どもの時から自分の気持ちに素直に生きていたら、こんなことにはならなかったし
自分のキャパに合わせて助け合える存在になれたのにね。
こんな私をいい人だから助けてくれみたいに言わないで
だから相手にもそれはできないし言えない。
勉強もしてない、何もやってない、
だからこんな私という事故に出会ってしまって
それでも頑張ってきた同級生たちが報われてほしい。もう関わりたくない。
だから関わらない。
つらい、自分が変われば何でも頑張っていれば解決したのに
自分の本心以外話せない時もあって全部無駄になった。
自分でいたかった。乗り越えられたはずなのに、自分で選択しなきゃいけないことも増えて、
どうして死ななかったんだろう。
寝れない、変われ変われって言われているみたいで、休めない。
死んじゃえばよかった。どんなにつらかったとか、思うことがあっても、
死後のところに持っていけばいい。
そうしたらみんなが生きられたのに。
本当に、バカだったと思う。
そんなの、友達と過ごせて満足していい人生だったから、死んじゃった
でよくて、後からどうにでも都合よく解釈して、みんなが生きていければいいんだから。
悲しい。誰もいい思いしてない。
とても悲しい。

感想1

幼少期から今まであなたが感じてきたことを、あなたの言葉で書いた経験談だと感じました。さまざまな層の言葉が入り乱れつながって書かれているように感じているので、あなたの意図したところをうまく受け取れていない部分もすくなからずあると思うのですが、読んでいて感じたことを思いつくまま書いてみたいと思います。

人間の社会は言葉を中心に動いているところがあるので、家族の会話やテレビの字幕がむずかしいことは、あなたの生活にとってとても大変なことだっただろうと思います。最近すこしずつ ディスレクシアや聴覚情報処理障害などのことも知られてきていますが、光や音などの感じ方や情報の取捨選択に独特さがある場合、文字や言葉を受け取るのがとても大変になってしまうことがあります。あなたはそれ以外にも敏感さを持つ中で、いつも苦しい刺激にさらされてきたのだと思いました。またなんとか言葉を伝えようとしても遮られてしまう経験も一度や二度ではなかったのかなと思うと、インプットにもアウトプットにも断絶が生まれてしまう苦しさがあると感じました。
言葉は、会話やコミュニケーションなどの中で、他の人(大人や同級生、先生、さまざまな人)と交わされ、すり合わせられて、自分だけのもの・他人だけのものではない、どこか共有のものとなっていくのだと思います。だけど、あなたの場合は言葉を受け取りさまざまなことを感じていても、言葉を交わすことのむずかしさがいつもあって、あなただけで理解し、対処しなければいけないことがたくさんあったのではないかと想像しました。

具体的にどんな出来事をあなたが経験したのかはわからないところも多いのですが、あなたが学校などさまざまな環境の中で、うまく動けなかったことに自責の気持ちがあったり、自分が周りに迷惑をかけているという感覚になったりしてきたことを感じました。
「助ける」「助けられる」についての部分は、あなた自身が助けられた感覚を持った上で、困っている人をみたら助けようとしてきたということなのかな?と思って読みました。助けてもらえなかった人という話もあり、「助ける」「助けられる」とそれから「助かる」ことのむずかしさを想像していました。みんなが、うまく助けられて、うまく助かって生きていければいいと思うのですが、現実はあまりそういう方向に進んでいるようには思えず、もどかしく感じることがあります。

また、自分が生きることと死ぬこと、周りが感じること、他の人たちの幸福みたいなさまざまなことが、あなたの中ではひと繋ぎのこととして絡み合う感覚があるのかなと感じました。それはもしかすると椅子取りゲームのような感覚なのかな?と想像していました。つまり、自分がよくしてもらう権利をひとつとってしまったから、他の人の席がひとつ減ってしまったような罪悪感があるということなのかな……というイメージです。全然違っていたらすみません。
あなたがあなたの力を一生懸命に発揮して生きてきたこれまでを、私はこの文章からは強く感じています。最後の方ではとくにあなたが打ちひしがれるような苦しさを書いているように私は感じました。なぜあなたがそんなに苦しまないといけないのだろう、あなたはそんなふうに苦しまないでいいはずで、それはどうしたら実現できるんだろう……とぐるぐると考えています。「自分でいる」「自分でいられない」ということが何度か出てきたのですが、それはあなたにとってどういう意味を持つ出来事や状態なのだろう、と改めて聞いてみたくなりました。

それからタイトルにある「わからない」ということ。「わかる」ということも「わからない」ということも、私たち多くの人は、案外わかっていないのかもしれないと思うことがあります。案外「わかる」じゃなくて「わかった感覚になる」をやっているだけのことも、よくあるような気がするのです。私があなたの文章から感じていることも、そういう意味ではあなたをちゃんとわかっているわけではなく、なにか勝手に感じ取っているだけのことだと思います。でもあなたがここに書いた意思や心を、どうしても感じるので、わからないままかもしれないけれど、あなたとはきっと遠く離れた土地でこの文章を書きながら、あなたと一緒に悲しみたい気持ちになっています。とりぱーくを見つけて、経験談を投稿してくれてありがとうございました。

感想2

あなたの思い起こしていることや感情がダイレクトに流れ込んできたような気がしました。
とても感受性が豊かで、色んなことについてたくさん思慮してきた人だという印象が強く残りました。幼少期から感覚が敏感で、自他の色々なことを受け取ってしまうがゆえに、それを受け止めて、取捨選択して、かみ砕いて嚥下する時間があなたにはたくさん必要だったように感じてました。
あなたから見た世界は、私の感じる世界よりも騒がしいものなのだろうと想像しています。私から見てもこの世界は十分にやかましく、心身を消耗させるものなのですが、きっとあなたの心身が受け取る情報はこれ以上のもので、ただそこにいるだけで相当疲労するのではないかと勝手に思っています。
いつも頭がぐるぐると忙しなく回転していて、それに身体の動きがついていけないというか、身体を動かす分のエネルギーまでも思考が使ってしまっている気がしました。あなたは自分の状態を「理性がなくて」と評していますが、私には全く逆に思えました。

常にあなたは「考えずにはいられない」状態のまま過ごしているのかな、と想像しています。私は起きてから寝るまでずっと、脳がノンストップで勝手に独り言を生成しているタイプの人間なのですが、独り言のスピードが速い時は思考の急流に圧倒されて本当に行動が何もままならなくなります。
もし、これがあなたにとっての日常ならば、リアルタイムで相互にやり取りしなければならないコミュニケーションの難易度はとんでもないものだろうと思いました。ゆえに、人との遣り取りがあなたにはとても困難に感じられるということは、一つの無理もなく考えることができました。しかしそれは、毎日を過ごすことに想像を絶する苦痛を伴っていたことを意味しているのだと思います。

周りの人の雰囲気や言葉からもたくさんのことを受容してしまうからこそ、自分の気持ちを考えたり、気持ちを出すまで手が回らないのかなという気がしました。他人の言葉を受け取ったり、他人を助けたりすることと比べて、自分が気持ちを話したり、助けを求めようとすることはとてもハードルが高いなと私は感じています。「自分でいること」「すなおに行動」すること、そうするのが良いと言うだけなら簡単だと思います。
「変われば」、「頑張れば」と変化を要請することは、裏を返せば「そうしなければより良く生きていけないよ」という残酷なメッセージにもなると思ったし、実際私も何度も投げ変えられた言葉ですが、このように受け取ることが多かったです。「変われ変われ」って、今まさにギリギリのところを踏ん張っているのに、と悲しいような悔しいような気持ちです。

いまとても悲しい気持ちでいて、今までの疲労が積み重なって、くたびれているであろうあなたには、静かなところでくつろぐ時間があってほしいと勝手ながら思っています。しかし現実は、こんなにも騒がしくて、欲しくもない情報が勝手に入ってくる世界です。
あなたが昔から周りの人を大事にして、優先している様子が伝わってきたのですが、私はあなたにも必要な分だけの休みがあって、安心して生きていてほしいと思いました。こうして気持ちを書くことが、あなたにとって幾ばくかでも安らぎになっていれば幸いです。

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