幼少期からどうしようもない父の言葉の暴力、叱責、奴隷のように家の家事、父の身の回りの世話など社会人になるまで。母、姉、わたしの3人で耐えてやってきました。
姉が高校の時耐えきれなくなり家出をし帰ってこなくなり父、母、わたしの3人での生活が始まりました。父は誰かの下について仕事をするのが嫌いで昔ながらの亭主関白な性格の人で、気に入らない事があると関西人だったのですがまるでヤクザのような言い方で大声で叱責される事が日常茶飯事でした。
また父はギャンブル依存症で、稼いだお金はほぼギャンブルに使い、生活費には2-3万ほどしかくれず、母とわたしのバイトの給料でやりくりをしてました。お金の事で母と口論になるのは毎日の事で酷い時は手をあげられていました。なんで別れないのかと何度も何度も母に話をしましたが、お金を渡せばその時は大人しくなるし、休日も家にいなくて気楽になると言っていたけど共依存してるんだと思います。わたしの事は考えてくれないのかと聞いた時もどんなに酷い人でもあなたのたった一人の父親なんだからと言われました。
捻くれてるかもしれないけど、わたしから言わせれば綺麗事にしか聞こえませんでした。
そんな生活が高校卒業するまで続き、社会人になってからは父から逃げるように引越し現在は母と二人で暮らしています。
わたしは父とはもう音信不通ですが母はまだつながりがあるようで、わたしがいないときに連絡を取り合っているようです。
父から離れて暮らし平穏な生活ができると思っていましたが、ふとした時に幼少期のトラウマがフラッシュバックし定期的に病み期がきます。今現在がそうです。
父が生きてるうちはいつかどこからか現れるんじゃないかと怯えながら毎日を過ごしています。父母の姿を散々みてきて自分が幸せになれる未来が見えず未だにパートナーも見つけれていません。こんな自分の過去を打ち明ける勇気がありません。ただ毎日仕事に生きている人生です。夜中ひとりで何のために生きてるんだろう、生まれてこなかった方が幸せだったのもしれない。死んでしまった方が楽なのかもと思う気持ちが歳を重ねるにつれて大きくなってきています。本当に孤独です。助けてほしい
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
もう生きていきたくない
感想2
経験談の投稿ありがとうございます。読みながら、もう終わったはずの時間が“まだ終わっていない”という感覚としてあなたの中に強く残っているような印象を抱きました。お父さんと物理的に距離を置いて、生活の形は変わっているのに、ずっと続いていてふとした瞬間にフラッシュバックする記憶や、“いつか現れるかもしれない”という恐怖感が、今の生活の中にも入り込んでいる状態は、心をすり減らすものだと感じますし、過去の出来事ではなく現在進行形であなたを脅かしているのだと私は思います。
幼少期からの家庭の様子も、とても閉じた構造の中で続いていたように見えました。お父さんの暴言や支配、経済的な不安定さ、その中でお母さんと二人三脚で耐えてきた時間…本来であれば守られる立場にある子どもが、生活を支える側に回らざるを得なかったことの重さがひしひしと伝わってきました。そして、お母さんとの関係にも複雑な感情が混ざっているのだろうと思うと、共に耐えてきた存在でありながら、自分を守りきってはくれなかった存在という認識もあるのではないでしょうか。その両方を抱えたまま距離を取れない状態が、今も続いているところにも消化しきれない苦しさがあるのだと私は感じています。
「どんなに酷い人でもあなたのたった一人の父親なんだから」という言葉に対して、綺麗事にしか聞こえなかったという感覚は、決して捻くれているとは私は感じませんでしたし、むしろ真っ当な感覚だと思います。家族という言葉が、必ずしも安心や保護を意味するわけではないのに、社会の中ではそうした前提が強く残っている現状が今もまだあって、その中で、自分の感じている違和感や怒りを正当化することが難しいのは、私も良いとは言えない家庭環境で育ち、両親に対してもどこかあなたと似通った思いを抱いているので、そうした社会に対して何とも言葉にしがたい理不尽さというのか憤りさえ感じてしまうところです。
また、「幸せになれる未来が見えない」という言葉には、これまで見てきた関係の形がそのまま影を落としているように感じました。家庭の中で見てきたものが基準になってしまうと、別の関係のあり方を想像すること自体が難しくなるのは自然なことで、パートナーを持つことへのためらいや、自分の過去を打ち明けられない感覚も、その延長にあるのかもしれないなと思いました。それでも日々仕事をして生活を続けていることや、「助けてほしい」と言葉にしていることから、完全に諦めてしまっているわけではない気持ちも勝手ながら感じていたところです。
過去と切り離されないまま生きていることのしんどさと、その中で誰にも見えない形で続いている日常を送ることはそう簡単に手放せるものでもなく、想像以上の苦痛があるとは思いますが、こうして感じていることを言葉にすることがあなたにとって多少でも心持ちが変わるようであれば、いつでも死にトリに繋がってもらい、また一緒に考えたいなと私は思いました。
感想1
人間は嫌な事や辛い事からさっさと逃げられない、そんな生物なのかもしれないと、あなたの経験談を四苦八苦という言葉を思い浮かべながら読みました。父親や家族という言葉を人質に、あなたの平穏な暮らしは叶わなかった。大変だった辛かったという言葉だけでは片づけられないほどに、あなたは暴力や支配に傷つき心を荒めた。逃げない母親があなたの痛みに追い打ちをかけ、今現在も連絡を取り合っていることがまたさらなる苦しみにもつながっているような気がします。あなたが社会人になり、父親から離れ新しい生活をスタートさせるとき、自分でも見積もり切らないほど大きな労力を使ったのではないでしょうか。母親と二人同志のようにこれまで暮らしてこられていると思いますが、親子関係での同志は子どもに大きな負担をかけることは想像に容易いです。あなたが家族や母親を守るという役割を自ら担っていたかもしれませんが、子ども時代を子どもらしく過ごす権利は誰もに当たり前にあるものです。家族に伴う痛みを抱え続けることを、世の中は前提としてきました。どんな集団よりも家族の集団を尊重するそんな風潮も消えません。そんな社会と家族によって、あなたの当たり前は奪われてきたように思います。体の中にたまっていた家族のことをまず一旦ここに置いていってくれたらと思うところです。投稿いただき、ありがとうございました。