経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

本当に死にたい

春から高校生になる中学3年生・15歳です。
私は去年の10月から容姿について悩んでいて、髪型についての悩みがあります。
私は一度決まった自分の好きな髪型にならないとイライラしてしまいます。
好きな髪型にならないと、その日は夜まで憂鬱です。
何度も何度も鏡を見て落ち込む、の繰り返しです。
父にも相談しましたが 「気にしすぎ。もっと肩の力を抜いて」 と言われました。
それができたらここまで苦しんでいません。

髪型というのは一番、人の目につくところなので自分の気に入った形にならないととても嫌です。
最近、私の祖母に髪型を 「アホの子供みたい」 と言われました。
この一言で私は深く落ち込み、周りの大人たちもその時何も言ってくれませんでした。
私がなぜその時反応しなかったかは、とても言えるような雰囲気ではなかったからです。

そのせいで私は自分のことを嫌いになりました。泣きました。
私は人に優しくしてきたので、自分の心に優しくすることができません。他の人には優しく接しても、自分の心に対しては優しくできません。
本当に虚しくなり毎日憂鬱で死にたい気持ちです。
どうこれから自分と付き合えばいいのでしょうか。教えていただきたいです。

感想1

私の中高生時代、割れた前髪が直らない日、結んだ髪が左右対称にならない日、アホ毛がひどい日(当時アホ毛スティックなるものも存在しませんでした)…憂鬱とまではいかずとも、冴えない気分で過ごしていたのを思い出しました。大人になった今は風で前髪が割れても気にならないのですが、中学・高校という、ある程度スタイリングやファッションが画一されている環境のなかで「気にしない」選択をするのは、そんなに簡単なことではないと思いました。また、細部へのこだわりを「気にしすぎ」と言うか、「美意識」と言うか、それはその人それぞれの価値観によるところだと思います。
好きな髪型で過ごそうと努力することは、自分に対しての一種の丁寧さであるようにも思いつつ、一方で「人に優しくしてきたので、自分の心に優しくすることができない」と感じていることが気にかかりました、人に優しくするために、自分の心と相反する行動をとったり、自分の心を犠牲にしなければいけない状態なのではないか?と想像してしまいました。
もしそうだとしたら、自分を犠牲に差し出すことにSTOPをかけることは、自分の心に優しくすることに繋がるのではないかなと思います。今、自分はどんな状態なのだろう?と問いかけてみることから、はじめてみるのはアリかもしれません。

感想2

経験談読みました。周りの人から「気にするな」と言われても、気になるものは気になりますよね。あなたにとってすっごく大事な悩みであることが、経験談からとても伝わってきました。

私としては「自分の心に優しくすることができません」という部分が気になりました。あなたの心の根底には、あなた自身への自己否定感があるのかなと私としては感じられました。
私は「どうしてあなたは髪型にこだわっているんだろう?」と疑問を持ちながら経験談を読んでいました。「自分なりの、自分のためだけの美意識があるのかな」と私は予想していたのですが、「髪型というのは一番、人の目につくところなので自分の気に入った形にならないととても嫌です」という部分を読んで、「自分だけのためのこだわり」というより「他の人に対してより良い自分でいたい」という気持ちがあるのかなと感じ、私の予想と反していたので驚きました。
先述した「自分の心に優しくすることができません」という部分と合わせて考えると、あなたはあなた自身のことを心のどこかで否定し続けたり、他者からの評価が気になってあなた自身の気持ちを抑圧していたりしているのかなと感じられました(違ったらごめんなさい)。

もし一か月誰の目にもつかずに過ごせるとしたら、あなたはどんな髪型で過ごしたいんだろう…と思いました。髪の長さだけではなく、髪を全部染めたりインナーカラーを入れたり…。髪型はあなたが周囲にみられる部分であるかもしれませんが、同時にあなたが好きなあなたでいるためのもの、あなた自身をもっと好きになれるためのものでもあるのかなと私は感じました。

一覧へ戻る