経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

この世の中で生きる意味とは

思えば長いこと休まらなかった私の身体に、ドクターストップがかかったのが昨年10月のこと。そして、それをきっかけに同棲していた相手から別れを一方的に告げられ、現在につながります。

私は25歳で、大学を卒業して新卒で通信会社の技術職として入社し、新卒3年の秋に適応障害と過敏性腸症候群で休職を始めました。現在も体調の乱高下が激しく、復職の見込みは経っていません。

適応障害との診断でこの度休むことになりましたが、思えばずっと体調がすぐれない日々が続いていました。

中学受験で、自分にとって雲の上の存在だと思っていた学校に入学できてしまった日から、
家族からは医学部を猛烈に勧められたり、
小学生時代の同級生の進学先をまとめたノートを見せられて「この子はこんな生活してるからこんな学校にしか入れないんだよ」と言ってきたり(私という娘を育てたことにマウントを取りたかったのでしょう)、
趣味を否定されたり、
大学受験勉強をしている側で大声で歌ったり、
私を使ってマウンティングをしたいだけで、私のことを愛してくれてるわけではないんだろうなと思っていました。
高校1年生の半年間ぐらい、毎日シャワーで静かに涙を流していました。誰か助けてくれないかなって思いながら。
そして、高校3年生に入ったのと同時期に、家族内でちょっとした事件があったことで私の優先度が下がっていることを実感し、そして受験のプレッシャーから、何にも集中できず、思うように勉強のできない日々が続きました。なんとかご縁をいただき、その学校に進学することを決めてからは、調子が元に戻りました。

大学に入学してからはちょっとした浮き沈みはありましたが、コロナあたりからおかしくなりました。
まず、コロナの騒動が始まる少し前に、親と大きな喧嘩をして、携帯の回線を打ち切られる&家のWi-Fiからも締め出される、ということがありました。
友達とのお泊まり会で、一緒に泊まる友達の名前や所属、学年、住所、そして泊まる場所の住所を伝えなければなりませんでした(こうやってかくと気持ちが悪いですね)。泊まる住所が直前にならないとわからないタイプのレンタルスペースだったため事前に送ることができずに送り忘れたところ、翌日朝になると膨大な量の着信が。
執着に恐くなり無視していたところ、なぜか止んだと思ったら回線が切れていました。なお、当時未成年だったため、自分で携帯回線を契約することは不可能、つまりインフラの一つを完全に失う形になりました。

高校、大学時代のこうした親の行動から、親に対する不信感と怒りが強くなっている中、コロナ禍に突入し、家から出られない日々が続きました。
そんな中、とある芸能人の訃報が飛び込んできました。生前追いかけていたわけではなかったのですが、状況も相まってか感情移入をしてしまい、死にたいと涙が止まらない日々を過ごしました。
そこから、少しずつ規制が緩和され、サークル活動も解禁されていくようになって、少しずつ外の世界が広がったことで、落ち込んでいた時代は一旦終わりました。

次に身体がダメージを受け始めたのは、入社してからです。
入社と同時に、会社が用意してくれているマンションに入りました。新築だしオートロックもついているし、と、中身だけで言えば申し分ない家でしたが、交通量が常に多いような大きな通りに面していて、眠れなくなりました。
また、会社には本当にいろんな考え方をもったいろんな人がいるのに順応できず、もやもやとした日々を送っていました。
特に受け入れられなかったのが「あなたは女性だから、すぐ昇進するよ」の一言。自分の上長からも言われました。
私はこの言葉に、私がいくら成果を上げても、女性だからというそれだけでそのままには見てもらえないんだ、と軽く絶望を覚えました。
自分の能力やグレードに合ってない(はるかに上)の業務を渡されたり、
同じチームにいるお局さんからいびられたり、
言われたことに対して用意すると、言われたことと180度真逆のことを指示されたりと、
嫌なことが積み重なり、そして自分自身が何も生み出せてないと自責する日々が積み重なりました。
決定打は、全国の方々が集まる場で、全国の人たちの前で叱責され、チームメンバーからのフォローもなかったことでした。この経験で、もう私はここにいれないと、涙が止まらなくなり、おかしいと病院に行ったところ、適応障害と過敏性腸症候群ということで、休職が決定しました。

そして10月から休んでいたのですが、1月になり突然。同棲している彼から、「頑張っている姿が見られなくなって好きじゃなくなった」その一つの理由で、振られました。休職中で、精神的にも、金銭的にも、余裕がない状況です。それを一番近くで見てきてわかっているはずの人が、その決断を非情にも下しました。
そこから、これまで家族の中でも、仕事の中でも、そして同棲するほどの仲の恋人にも愛されないんだ、と思い、自傷行為も出るようになりました。(今は、もうちょっと愛してくれてる人がいるなと思えて止まっています)
費用精算をする中で、家族や仕事が私に対してしたことは悪だけど、僕がしたことは悪じゃないとも言われ、なんて無責任な奴なんだと心から軽蔑しています。

でも、最近気がついた悲しい事実なのですが、私をボロボロにしてきた人たちは、どこかで何かしらの形で、彼らなりの幸せを掴むんです。家族も、仕事の人たちも。元彼も掴むのかなと思います。
また、辛い経験もそんなにせず、のうのうと結婚して精進して、という友人たちを見ているのさえも苦しいです。
なんで頑張っても報われない人がいて、頑張ってなくてと幸せになる人がいるんだろう。こんなことが起きている世界が本当に許せないのです。
私はこれまで、苦しい中頑張って生きてきて、幸せをつかもうとしても掴めなくて。次に希望があるわけでもない。そんなだったら、別にこの世界で生きている意味なんてあるのかしら?ないんじゃないのかしら。と思います。
死ぬのも怖いから自分で手を下そうとは思いませんが、明日が来なければいいのになって思います。

感想1

経験談の投稿ありがとうございます。読み終えた後に、「どうしてここまで積み重なってしまうのか…」という気持ちに思わずなってしまいました。消耗するようなあらゆることが切れ目なく続いて、逃げ場のない状況の中であなたなりに生き抜いてきて、その中で身体にドクターストップがかかったことは、限界がようやく表に出てきた瞬間でもあったのではないか、と思いました。
中学受験の頃からすでに、“期待される存在”として扱われながら、その中身のあなた自身はあまり見られていなかったのだろうと感じました。誰かと比べられたり、価値を外側から決められたりする環境の中では、“何をしたいか”よりも“どう見られるか”が優先されていくものだと思います。趣味すら否定される中で、自分の輪郭を保つのは難しかったはずです。シャワーの中で静かに泣いていた時間は、外に出せない感情をどうにか処理しようとする、自分を守るための唯一の方法だったのだと思います。
大学以降も、親御さんとの関係は距離の問題ではなく、生活基盤を握られる形で続いているところに、支配の恐ろしさというのか…ずっと残り続けてしまう影響力の強さを考えさせられています。通信手段(ライフラインの一つ)を断たれるというのは、罰とかそういう以前に“社会から切り離される感覚”を伴うものですし、それが信頼関係をさらに壊していったのだと感じました。コロナ禍で物理的にも閉じ込められた状況と重なって、不安や孤独が強まっていったのも無理もないよ…と思わず心の中で呟いてしまいました。
社会に出てからの苦しさも、個人の適性だけでは説明しきれないものが多く含まれているように感じました。騒音で眠れない住環境、価値観の異なる人間関係、そして「女性だから」という理由で評価されることへの違和感…本人の努力や能力とは別のところで揺さぶられる問題だと思います。過剰な業務や理不尽な指示、公開の場での叱責といった出来事が重なれば、心身が耐えきれなくなるのは自然なことですし、むしろよく耐えたのではないかと私は思います。
「自分を傷つけてきた人たちが、それぞれの幸せを掴んでいく」という視点が印象的で、何だか本当にやりきれない思いがひしひしと伝わってきました。理不尽に傷つけられた側が立ち止まっている間にも、傷つけた側はそれぞれの人生を進めていく…その差が、「この世界は許せない」という思いにつながっているのだろうと感じました。努力や誠実さが必ずしも報われるわけではない現実を前にすると、「生きる意味」という問いが浮かぶものだよな…と私自身もどこか感じる部分はあるので勝手ながら共感を覚えていました。
それでも文章の中には、「今は、もうちょっと愛してくれてる人がいるなと思えて止まっています」という一文があって、確信というよりは、かすかな手応えのような言い方ですが、それでも完全に断ち切られてはいない関係がどこかに残っていることを示しているようで、そうした繋がりをたくさんとまではいかなくても、あなたが安心の持てる範囲で少しずつ増やしていってほしいな…という気持ちにもなりました。
“頑張ってきたのに報われない”という感覚と、“それでもまだ完全には諦めきれていない”という揺れがこれからも続いていくのでしょうし、生きる意味という問いに対して、明確な答えが見つからないまま、それでも一日一日をやり過ごしていくしかない現実に打ちのめされてしまうような感覚にもなるかもしれませんが、こうして自分の心の内を言葉にすることで多少でも何か違うのであれば、またいつでもこちらに声を届けてほしいです。

感想2

この経験談を読んで、大きく2つのことを私は感じ取りました。
1つ目は、「私のことをちゃんと見てほしい」というあなたの気持ちです。親からは「私を使ってマウンティングをしたい」んだろうと感じるようなことをされたり(言い換えると、「私を自慢欲や承認欲求を満たす道具にしないでほしい」ということですかね…)、職場では性別のフィルターを通されたり、交際していた人には「頑張らないあなたは好きじゃない」と言われたり…。周囲の人からのそのような扱いにしんどくなっている様子を想像しました。
2つ目は、「頑張っているはずの自分が報われない…そんな理不尽な世の中は嫌だし、生きている意味がない」というあなたの気持ちです。「頑張る」ということをし続けたあなたの叫びのようにも思えました。

私も親に対しては複雑な気持ちを持っています。「偏差値の高い大学に進学しなさい」と暗に言われ続け、「自分の価値観を私に押し付けているのでは」「私を自慢の道具にしたいのでは」と思っていました。親も未熟なんだろうな、と今は親のこともまた1人の人間としてかなり俯瞰して見られるようになりました。でもそれは辛い時期を過ぎているからというのもあるのかもしれません。
いくら未熟とはいえ、人を支配してたくさん傷つけたり人が嫌がっていることをしたりしていいわけではないということは明記しておきたいと思います。親に自分の生活を支配されたり否定されたりといった経験は、今でもあなたの頭の中に浮かぶ強烈な出来事だったんだろうなと私は感じています。
また、「女性だからすぐに出世できる」という言葉も自分の頑張りを正当に評価してもらえない苦しさを象徴する言葉だったのかなと思います。自分の知り合いに(詳細は省きますが)理系の方が多いであろう某メーカーに文系営業職として入社し、ある事業所に配属になったものの、女性だからという理由で男性が多いその事業所では出世は難しいらしいという話を聞いてしまった人がいて、辛そうにしていました。
性別を理由に出世できると聞いて「楽できてラッキー!」と思う人も中にはいるかもしれませんが、きっとあなたは「頑張る」ということを大事にされてきたからこそ、正当な評価を求めているのかなと感じました。経験談からあなたの人柄を窺い知れるように思えました。
元交際相手の方は「頑張っている姿が見られなくなって好きじゃなくなった」と言っていたみたいですが、そもそも人間って辛いときには「頑張る」とやらはできなくない?と思います。生きているだけで精一杯なのにこれ以上頑張るなんて…という気持ちにもなるんじゃないかなと、私だったら思います。辛いときにパートナーとして支え合うことを覚悟するために、結婚式では「病めるときも健やかなるときも」と誓うのかなと私は思っています。

長いこと、身体の不調も感じながら、理不尽にも耐え「頑張る」ということをし続けてきたのかなと思います。どうか今は心と体をゆっくり休めてほしいと勝手ながら私は思いました。また投稿したくなったら、ぜひここに来てあなたの心の声を聞かせてください。

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