言葉は時として刃物になる
こんな言葉をよく聞くのではないでしょうか。
私は刃物以上に、人を呪う力もあると思っています。
私は聴覚障害があります。
私の場合4歳の頃、原因不明の突発性難聴と診断されました。
そして私は平成初期という、昭和の風潮が根強く残る時代に産まれました。
そんな中で「障害」を持つことは「恥」とされてきました。外で手話を使えば「みっともない」「恥ずかしいからやめなさい」
女である事に対しても「女は頭が良くても可愛げがない」「障害を持った女なんて金持ちのジジイに嫁がせるしか脳がない。」と、父親に言われて育ちました。
いつからか、私の家族は荒れて行き
父によるDV、暴言、そして兄による性的DV……。
母は仕事をしない父の代わりに、一日中仕事で居ませんでした。
そんな私の居場所はどこにもなく、学校では今では考えられないほどの苛烈ないじめ、教師は見て見ぬふり。
中には「あなた一人が死んだところで学生の本分は勉強だ」と鼻で笑う教師もいた。私の心は既にここで限界だったのだろう。自傷行為を繰り返すようになった。
やがて親が離婚した。兄弟もバラバラになった。そうすると今まで家にいなかった母の本性が出てくるようになる。
ー私は搾取子になった。
さて、タイトルの「呪い」だが
親、兄弟、元夫(私はバツイチです)、かつての同級生から一貫して同じ言葉を言われたことがある。
「なんのために生きてるの」
そんなもの、私が聞きたい。
望んで生まれ落ちた訳ではない。
生まれ落ちたからには生きるしかない。
私は普通じゃないという感覚から
普通、ということに強く憧れ、なんとか普通になろうとした。
でも、努力をしようが、いい会社に入ろうが辞めようが、結婚しようが離婚しようが、ずーーっと私の脳裏にこびりついて離れない。
「なんのために生きてるの」
幸せを感じた時も。
今私は、PTSDで通院している。
家事も何も出来ない。仕事ももうすぐ辞める。そんな中、現在の恋人に
「辞めるまでにきちんと仕事に行かなかったら、俺は1ヶ月くらいこの家に帰ってこない」と言われた。
やっと、家族と絶縁状態に持っていけたのに。頼るものがなくなったのに。
仕事中、気を失うように眠ってしまうとか、吐き気や胃の痛みなどを訴えているのに。
私、もう生きていける自信が無い。
そしてここにたどり着きました。
苦節30年。
裏切り、絶望、人権のない人生。
そして、言葉の呪い。
それでも上手くやる人は上手くやるんだろうな。私が馬鹿なだけで。
語りたいことは多くあるけれど、またどこかで話そうと思います。
ここまで読んでくれてありがとう。
感想1
呪いの言葉を「言葉にする」ことは、あなたにとってとても辛いことだったのだはないだろうか。心配になる気持ちと同時に、ここに少しずつ置いていってくれたら、と願うような私もいました。昭和の風潮が残る平成初期という言葉にドキっとし、「ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン」というフレーズを思い出しました。「みんな同じや一緒」に疲れた世の中が願いをこめたようですが、往復ビンタで起こされるような朝が来るそんな時代だった気がします。「女」や「子ども」「障害」など、自分自身に選択肢の無い属性をひとくくりに、優劣の道具に使われ排除の対象とみなされ傷つけられる。理由や理屈はあってないようなもので、あなたが言うように人権は奪われる。「私が馬鹿なだけで。」、そんなことは決してなく、あなたには何の非も罪もひとつもない。呪いの言葉は、いつの間にか呪縛となりあなた自身を縛っていく。苦節30年、抵抗してきた腕や足も痺れきっているはずです。「普通、ということに強く憧れ、なんとか普通になろうとした。」どれだけの気力を使い、一人踏ん張ってきたのだろうか。あなただけの努力に頼りきってきた社会を許したくない気持ちです。きちんともちゃんとも、もうこれまで散々考え続けてきているあなた。「どうすればいいのか?」と、あなたの代わりに社会に問いたい気持ちです。投稿、ありがとうございました。