経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

今の自分は安住の地がない気がする

発達障害(ASD・ADHD)を持っていて、現在はA型就労移行施設で働いています。
家族は親と認知症の祖母と4人暮らしです。

ここ最近、会社とか家でも八方美人に生きている事にしんどさを感じる時があります。
いつも何を言われるか分からずビクビクと生きていることが多く、自分は怒った時の表情とか怒鳴り声や愚痴が生理的に嫌いです。
自分は発達障害ということで誰にも話してくれる存在が無く、誰も慰めたり相談をしてくれる相手が居なくて本当に辛い時は「生きててもいいのか?」と思ってしまう事があります。

たまに自分の行き場なんてどこにあるの?って思えてくる事もよくあります。
それでも誰も心底から相談に乗ってくれる人もいませんし、誰か励ましてくれるような人もいないので時々自分の生きづらさを感じてしまいます。
こんな自分に生きている価値なんてあるんでしょうか?

感想1

何だかいつも気が休まらず、孤独の中にいるあなたを想像しました。どんな職場にも、働いている人たちの相談に乗ることが業務のひとつとして、上司や先輩、支援員に充てられているはずです。あなたが相談に乗ってもらえないと感じるのは、会社のシステムが機能していない可能性もあるように思います。人が怒った時の表情や怒鳴り声、愚痴が好きな人は、多くは無いはずです。そんな場面に出くわすことが頻繁にあるのだとしたら、あなたに何か原因があるのではなく、職場自体に改善点があるのかもしれません。あなたが八方美人にしたいからしているのではなく、自分を守るために自分の言いたいことや思ったことを、周囲の様子を伺いながら言葉を変えている。何でもかんでも個人の責任にしたがる社会がありますが、働いている人の不安に配慮するのは、どんな会社でも必要なことです。あなたに非があることは無い、きっぱりと言いたい私がいました。投稿いただき、ありがとうございました。

感想2

「今の自分は安住の地がない気がする」というタイトルを読んで、ああ、その感覚はすこしわかる気がする……と思いながら読み始めました。私もADHDやトラウマ的なことがあり、怒鳴り声や怒った表情は私も嫌いというかとても苦手で、街中でも怒鳴り声を聞くと急に具合が悪くなってしまうことがあります。あなたにとっては職場も家も、「なにか起こるかもしれない」という不安を感じながら気を張って生活する場所なのかな、と思いました。あなた自身の自室はあるのでしょうか。どこか落ち着ける場所がないと疲れてしまうのも無理はないように感じます。また、だれか他者との近しい関わりを求める気持ちはありつつも、実際のコミュニケーションや人間関係の中では苦しさを感じることも多いのかなと想像しました。
危機的な状況の中では「戦う」「逃げる」「固まる」などの反応パターンがあるそうです。私は行き場がない感覚になると闇雲に飛び出して逃げてしまうので、これまでそれでトラブルになるパターンが多かったのですが、あなたはどんなふうに過ごしてきたのだろう、「耐える」ことが続いていたのかなと考えていました。
私も安住の地は見つけられたことがないまま生きていますが、あなたがひとときでも安心して過ごせる場所があなたの身近にいくつか増えていったらいいのかな…と思いました。

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