経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

無題

なんで生まれてきてしまったんだろう。不登校にもなってしまったんだろう。消えてしまいたい。いなくなってしまいたい。学校なんか行きたくない。でも戻らなきゃ。家族にも学校にも迷惑かけてるんだから。辛くても苦しくても自分さえ我慢していれば済むことなんだから。周りに迷惑かけて自分なんか生きる価値もないし、生きているだけで邪魔になるんだから。生まれてこなければ良かった。生きている価値も意味もないなら。なんで存在してしまったんだろう。僕さえいなければ。家族だってもっと楽ができた。学校だって一人分いないだけで少しは楽になった。友達だって、僕がいなければ悪口だって言われることもなかった。いなくなってしまえば楽になれるのかな。消えたら何も言われなくて済むのかな。生まれてきてごめんなさい。生きててごめんなさい。

感想1

私は、辛く苦しい時は我慢せずに吐き出しなさい、と言われることが多かったですが、行動に移すことの大変さ、誰に、どこに吐き出せば良いのか分からず余計に苦しくなってしまい吐き出すことを諦める。我慢すればするほど、我慢することに慣れてしまい感覚が麻痺していく。そんな状況で何十年と過ごしていました。そんな私にも話せる、吐き出せる人に出会えたことで、時間はかかりましたが今の自分で良いんだと思えるようになりました。
誰もが話す、吐き出すことで気持ちが楽になる、今までの辛さ、苦しみから解放されるわけではない。出会いやタイミングなども大切だと思います。
少しづつでも、周りや自分に対するごめんなさいが薄まるといいなと思い感想を書かせていただきました。

感想2

学校へ行けないことで自分を責めて、追い詰められている様子が伝わってくる文章だと思いました。「学校に行きたくない」という気持ちと「でも戻らなきゃ」という気持ちの衝突、自分さえ辛さや苦しさを我慢すれば済むはずなのにと自分を抑圧して、自分の存在まで否定している状態を読み取ることができました。学校がしんどい理由については詳しく書かれていませんが、友達があなたといることで悪口を言われる、ということから、あなた自身も相当理不尽な目に遭わされてきたのではないかと勝手に想像しました。ともかく、あなたにとって学校は辛くて苦しい場所なのだろうと思います。

私も不登校だったとき、「どうして自分の気持ちを押し殺して学校に行けないんだろう」「周りに迷惑をかけている」と毎日毎日自分を責めていました。けれど、今になって思うのは、「学校に行くべき」という気持ちに従えなかったのは、学校で感じるしんどさから自分を守るためだったのではないか?ということです。また、周囲に迷惑をかけることについて、あれほどまで自責する必要はなかったのではないか?ということも思います。この社会は、たった一人では生きていけないようになっていて、生きていく上では、周囲を頼ったり「迷惑をかけてしまった」という思いをたくさんしなければならないと感じます。けれど、多分それはみんな同じな気がしていて、それで良いのだと思います。
そのはずなのに、どうして「自分さえいなければ」「自分には生きている価値がない」「生きているだけで邪魔」と考えてしまうほど追い詰められなければならないのでしょうか。どのみち迷惑をかけねば生きていけないのに、感謝より謝罪し続けなければならないような気持ちにさせられるのは何故なのでしょう。

私は、あなたがここに気持ちを吐き出しに来てくれて嬉しいと思いました。ここを頼ってくれたことに喜びを感じました。もしかして、「迷惑」と感じることは、実は「迷惑」ではないのかもしれませんし、むしろ誰かに存在意義を与えたり、喜ばせたりするものだったのかもしれません。迷惑をかけることを過度に自責せず、互いに迷惑をかけあいながら共に生きていく世界であればいいな、と考えました。

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